第4話 いざ、アルビオン王国へ
ギルバートの転移魔法で葵達がゲートを潜り抜けた先は、領都ジルベルトランドの貴賓室だった。
転移ゲートの向こうに残ったパウエルが軽く会釈をした。
「わたしにはペトロが散らかした後片付けがあります。執事たちには言い含めていますので、何かあれば申し付けてやってください」
「ありがとうございます」
葵が頭を下げるのを見届けたギルバートは転移ゲートを閉じた。
「軍師殿。待ちかねたよ」
五日前ビンセントと一緒に来ていたリンダが出迎えた。
「わたしを置いてきぼりのするのかと、正直焦ったよ」
「ビンセントはどうしたんだ?」
とギルバートが尋ねた。
「ああ。あいつなら、和睦の使者に立った際、お迎えと一緒に王都に帰ったよ」
「何だって! アイツはここのはいないのかよ?!」
「拉致から解放されて、久しぶりに帰郷するんだよ。止める理由があるのか?」
「それを言われたら返す言葉はないけどよぉ……」
「何か問題でもあるのか?」
リンダの言っていることは正論だが、ギルバートの言わんとする所も葵には理解できた。
ギルバートは、アルビオン出身のビンセントの思念を借り、転移魔法で移動しようと考えていたのだろう。アナスタシアを早く見つけるために。
「成程ね、そう言う事を言っていたのか」
葵の説明にリンダは頷いた。
「でもな、それを知っていてもわたしには、やっぱり止められなかったと思うよ」
「そんなのおれにだって分かっているさ」
ギルバートもビンセントと共にバレッタ王女に無理矢理従属させられていた身である。
「確かに、マリーを探す旅になってしまったけど、ぼくはどの道、違う目的を持って旅に出るつもりだったんだよ」
葵はリンダとギルバートを見ながら皆にも告げていた。
「ぼくが最初にこの旅を決めた時、クロノスの世界を救済するのが目的だったんだよ。戦争を無くし貧困を解消し、皆が笑顔で暮らせるマリーが願った世界に、少しでも近づけようと思っていたんだ」
「スルーズと二人で旅立つつもりだったんだろ?」
リンダもやはり気付いていたようだ。
葵は苦笑いを浮かべた。
「だから今回の旅の主旨は変わっても、道で倒れている人を見捨てるようなことはしたくないんだ。早くマリーと再会したい気持ちはあるけど、困っている人を見捨ててそれが実現しても、マリーは決して喜ばないと思う。助けるべき人はちゃんと助けた上で、ぼくはマリーを目指したい。彼女と再会した時に、マリーのあの真っ直ぐな瞳を、屈託のない笑顔で受け止められる自分でありたいんだ」
スルーズやハモンド達一同は神妙な顔で葵の言葉に頷いていたが、ただ一人ギルバートが笑いを堪えているようだった。
「葵、おまえそんな臭いセリフ……よくもまあ真顔で……言えるよな」
「ギルバート!」
リンダがギルバートの頭を小突いた。
「おまえはいい加減空気を読めよ。おまえのようなチャランポランな奴なら笑えるけど、軍師殿はいつだって真面目なんだよ」
この二人を見ていると、存外いいコンビなのかもしれないと思った。ビンセントには悪いが。
「あの」
と初老の域に入った執事の一人が声を掛けて来た。
「わたしは執事長のガゼフ・ローレンスと申します。何かお困りでしたら何なりとお申し付けくださいませ」
と丁寧に頭を下げた。
「ガゼフ殿。どなたかアルビオンに地理に詳しい人はいらっしゃいませんか?」
スルーズがガゼフに尋ねた。
「そうですね。アルビオンとは国交が開かれてないですからね。必要最小限のものしか輸入しないから、出入りする商人も月に一度か二度くらいですかね……。少し前に来たから、次に来るのは一週間くらい
ガゼフはしばらく試案顔で中空を仰いでいたが、何かを思いついたように、右の拳で左の掌をポンと叩いた。
「アルビオンからの難民が時々入国してきます」
「難民?」
とスルーズ。
「はい。アナスタシア様の母君・アマンダ様もここを通って帝国に入られたのですよ。記録によると、アマンダ様とそのご両親の審査を行ったのは十代の頃のわたしらしいのですが、わたしは全く記憶にないのですよ。恐れ多いことです」
若い頃ガゼフは入国審査官をしていたようだ。
「人材不足の帝国は、当時は来る者は拒まずで、すんなり入国を許していたのですが、今は大変厳しくなっております」
「ルシファーが原因なのですね」
「その通りです」
「でも今は、葵様のお薬・ビブラマイシンと、感染完全予防になるメテオラ鉱石があるから問題はない筈なんですが」
マリータウンの薬局の売り上げの二十パーセントはジルベルトランドだった。特にシルファーに効くビブラマイシンの購入額は三十パーセントを超えていた。
だが最近はルシファーの脅威が終息して、ビブラマイシンのストックは飽和状態になっていると聞き及んでいる。
「そのことが問題なんですよ」
とガゼフは顔をしかめた。
「ジルベルトランドに来れば処方箋をもらえると聞いた感染者たちが後を絶たなくなったなんです。パウエル公爵……いえ、大公閣下はあの通りお優しい方ですから、感染した者には薬と食料と仮設宿泊所を用意して無償で対応されています。ですが、それらの費用は全てジルベルトランドで賄っているのです。以前はいつか覚醒するであろうと、魔力マナの弱い者でも入国させていたのですが、現在は生活魔法しか持たない者は入国させない決まりになっているんです。もちろん、感染者は完治せた上で退去させてはいますが、項垂れるその背中を見ていると……やるせなくなるのです」
「費用の捻出が問題なんですか?」
葵が尋ねた。
「その通りにございます。皇帝陛下」
深々と
「止めてください、陛下は。即位式も行っていないし、まだ保留しています。ともかくその費用に関しては、宰相となられたパウエル大公の裁量で公費として行える範囲です」
「問題はそれだけではないのです」
「お金以外に何かあるのですね」
「はい。アルビオンからここに根付いた者達が不穏な動きを見せるのです。ペトロ大公のクーデターの折にも、領都ジルベルトランドの内側でアルビオンの出身者を扇動してクーデターに内応しようとしたのす。賛同する者は少なかったこともあり、直ぐに鎮圧出来たのですが、これからもそう言ったことが起こる可能性を見せつけられては、わたしどもとしては、臆病にならざるを得ません」
「成程。そう言った事情で入国審査を厳正にしたという訳ですね」
「左様にございます」
ロマノフ帝国に移籍したアルビオン人の内通は、ペトロの遠謀の内だったのだろうか。
とにかくペトロと言う男は、底知れない謀略家だったと葵は改めて思った。
(ぼくはあの男に勝ったわけではない)
葵は腰に据えるメテオライガーと身に着けているパワースーツにそれぞれ手を置いた。
(この二つの未知の力があったからペトロを葬ることで出来ただけなのだ。決してぼくの策略で勝った訳ではない)
己の未熟さでマリーを死なせてしまった事実は変えられなかった。
「葵様」
スルーズの手が、そっと葵の手に触れた。
「行きましょう。マリー様がおられるその先まで」
「ありがとう。ロゼ」
葵が心に闇を抱えそうになると、必ず手を差し伸べてくれるロゼだった。
「とにかく、アルビオンからの流浪民に会ってみよう」
聞き出せる情報があるかもしれないし、転移魔法を行使できるかもしれない。
どちらにしてもこれから向かうアルビオンには、ルシファーがまだ蔓延しているようだ。
マリーを探し出す事。クロノスの世界を救済する事。それらを掲げてまずやらねばならないのは、アルビオンでのルシファーの根絶だった。
葵はガゼフに一礼すると貴賓室を退出した。
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