第二大橋建設工事
乃木重獏久
第二大橋建設工事
せやから俺、怖い話なんか知らへんって! さっきから言うとるやん!
いくら心霊スポットに行くムード作りって言うたかて、知らんもんは知らんねんから、しゃあないやん。そないに言うんやったら、お前が先にしてみいや、怖い話。
くだらん話しか知らへんって? 何やそら。自分から振っといてからに。ええから話してみいや、ええから。なんも言わんと聞いたるから。その代わり、もうちょっとしたら運転代わってくれや。ええ加減疲れてきたわ。さっきみたいに、事故りかけても知らんで。
なんやて? おまえんちのトイレの話? ああ、普通の洋式やったな。そんで? 夜中起きて小便してたら? 便器の水面に映ってるお前の頭の後ろから、なんか手ぇみたいなんが出てきて、すぐに引っ込むのが見えた?
……。それだけかいな。
ほんっま、しょうもな! 怖いムード作りどころか、ギャグやんそれ。夜中起きて小便って、
そんな話やったら、俺でもできるわ。あほらし。
え? そんなん言うんやったら、してみいって?
せやから言うてるやん。俺、怖い話知らへんって!
――あ、そうや。今思い出した。怖い話は知らんけど、ちょっと不思議な話やったら、一回だけ経験したことあるわ。
それでええから、話せて? 別にええけど、全然怖ないで? まあ、心霊スポットに着くまでの暇つぶしには、なるかもしれんわな。
せやな、あれは二年前の夏休みン時の話やわ。せや、大学入ってすぐの。
ほら、前にタカちゃんが事故って死におったやろ。あのうるさいバイクで峠攻めとって、お巡りに追っかけられて崖から落ちて。パトカーも一緒に落ちてお巡りも死んで、えらい騒ぎになった。あの夏やわ。
あんときの夏休み、ちょっと金がいったんで、割のいいバイトを探しとってん。そやねん、工事のバイト。
ネットの掲示板で、たまたま見つけてん、それ。時給三千円やで、三千円! 飯場住み込みなんが引っかかってんけど、考えようによったら、街で金使わへんから金貯まるんちゃうかって思て。
ほんで、なんか日雇いのおっちゃんらと一緒にマイクロバス押し込められて現場へ行ったらな、飯場の宿泊代が一日一万円、洗濯一回五千円、食事代一日三食三千円やて。食事代は、まあええわな。せやけど他のモン、ボリ過ぎやろ!
宿泊代かて一泊一万円ちゃうで、一日一万円やで! その日一歩でも宿に足踏み入れたら一万円かかってくるねん。それで、どんな部屋かっていうたら、えらい広い座敷に三十人ぐらい詰め込んだ相部屋で雑魚寝やで! そんな部屋が
ほんで、嫌やったら野宿せい言いよんねん。せやけど、野宿は禁止やから、罰金二万円取るっちゅうねん。ほんま、滅茶苦茶やろ?
俺、そこで二週間働いたから、十三泊で済むところが十四日分になってもて、その上前日入りさせられたから、十五日分も取られてんで! 給料もらうときに差っ引かれとってん! 信じられへんわ!
週に一回洗濯せなしゃあなかったから、通しで二十万円以上かかんねんで! そのうえ、食堂で売っとるビール、一本五千円もしおんねん。あんパン一個千円、コーラ一本三千円みたいに、酒や菓子は軒並み暴利なんや。そんな高いもん買えるかいな。
それを、おっちゃんら、ホイホイ
せやけど、一日十二時間働いたら日給三万六千円もらえんねん。税金やらなんかの保険料やら手数料やら引かれて、二週間で二十五万円もらえたから、まあええねんけどな。明細はくれへんかったから、詳しゅうは知らんけど。
俺は予定より早めに戻って来てんけど、
な、結構怖い話やろ? って、そういう話とちゃうねん、俺の話は。
その工事現場ではな、飯場と現場の間は歩いて移動なんやけど、工事関係者以外と絶対口きいたらあかん言いよんねん。別に工事に反対する住民が
ん? 何の工事かて? そやった、言うてなかったわな。俺もよう知らんけど、何ちゃら第二大橋っちゅう大きな橋こさえとったわ。いっつも霧に包まれとって、めっちゃ涼しいとこやってん。夏のバイトにうってつけやったで。
その橋の少し離れた右側に、第一大橋ちゅうのがあってん。霧に隠れて、かすかな影しか見えへんかったけど、いつも車の走る音がしとって、結構な交通量やったみたいやで。せやから、橋をもう一本増やす工事やったんやろな、その工事。
え? 右側ってどっちから見た右側やて? 右側言うたら右側やん。わからんやっちゃな。
まあええわって、どっちがまあええねん、ほんまに! ほんなら聞くなや。
まあええわ、ほんで、橋自体はほとんど完成しとって、車道のアスファルト舗装工事と電気配線工事がメインやってん。それと道路の標識とかも取り付けとった。他にもいろいろやっとったみたいやけど、俺はよう知らんわ。
ほんで俺は、現場で資材を運んだりしとってん。電気工事士とかの資格持ってへんからな。どっかから運ばれてきた電線みたいなんを巻いたん運んだり、セメントかなんかの袋を担いだりな。そんなん、それまでしたことあらへんから、すぐ疲れてもうて、よう怒鳴られたわ。
飯場は、その橋のたもとにある河原にあってな、昼食はそこでおにぎりが四個支給されるねん。飯場の奴ら、支給って言っとったけど、結局一日の食費に含まれとるねんで、三千円の。せやからおにぎり一個二百五十円やん。高すぎるわ。何が支給やねん、ホンマ。まあ、あんパンに比べたら可愛いもんやけど。
それに、朝配ってくれたら弁当に持って行って、作業現場で食えるねんけどな、絶対橋の上で食べもん食ったらあかんって言いよんねん。せやからみんな、めんどくさいけど飯場に戻って昼飯食うねん。
そん時も、おっちゃんら、さすがに昼には酒は出えへんけど、例のごとく、
でもな、飯場の近くの河原に小さなボート乗り場があってな、そこに休憩所みたいなところがあったから、おにぎり持って飯場をそっと抜け出して、そこで食っとってん。おっちゃんらが菓子食うとこ見んですむからな。ホンマは朝も晩もそうしたかってんけど、さすがに定食を持ち出すわけにはいかんからな。ショボい定食やったけど。
そんなんしてたら、いつの間にか、そこのジイさんバアさんと仲良うなってん。おにぎりに付いとる四切れのタクアンをやると、抜け歯だらけの口でうまそうに食いよんねん。代わりに温かいお茶入れてもろて、いろんな話聞かせてくれんねん。
昼休みはちょっとしかあらへんから、あんまりそこには
ジイさんは店の裏でなんか大量の白い服みたいなんをよく洗濯しとって、あんまり話す機会なかってんけど、バアさんは普段話し相手が居らへんみたいで、楽しそうに話しとったわ。
なんや、ジイさんと渡し舟の仕事してはるらしくて、いつも霧に隠れて見えへん向こう岸を眺めながら話してくれよってん。
偽札で舟に乗ろうとする
その偽札、何枚か見せてもうたけど、白い紙に『六文銭』て書いてるだけのモンやったわ。筆で書いたもんもあったし、印刷みたいなんもあってん。あんなん
六文銭ってなんやねんってバアさんに聞いたら、昔の金なんやて。バアさんは、釣銭を用意しとるから、五百円玉でも千円札でも、ちゃんとした金持ってきたら舟乗せたんのに、なんでこんなバレバレのもんで払おうとするんかわからんわ、って言っとった。ホンマ、俺もそない思うわ。
偽札ばっかりで商売にならんのに、橋が二本もできて、やっていけるんかって聞いたら、別に利益出えへんでええねんて。無形文化財やらなんやらみたいに、存在することに価値があるって言っとったわ。あそこでの楽しい思い出ゆうたら、バアさんとの昼休みぐらいやったかな。
ある日な、バアさんとこから飯場に戻る最中に、橋の下辺りに人影が見えてん。ジイさんバアさん以外の近所の人間に会うたことあれへんから、何やってんねやろって思うて行ってみてん。
そしたら、小さな子供が何人かおって、河原の丸い石積み上げて遊んどんねん。お城かなんか作ってたんやろな。近所の幼稚園かどっかのガキやったんやろけど、工事現場の近くで遊んどんのは危ないやろ。せやから注意しよう思て近づいてん。
ほんなら、向こうの方からきた、上半身裸のごっついおっさんが、ガキんちょらの積み上げた石を蹴飛ばして壊して
警備員か何か知らんけど、ガキ追い出すにしては意地悪すぎるやろ。ええ加減腹立ったから、食ってかかったら、おっさんキレて、なんか棒みたいなん振り回して殴りかかってきよってん。
こいつヤバいヤツや、思て飯場へ走ったら、そいつ足遅うて追いついて
その週末に給料もろて、追ん出されるようにマイクロバスで戻ってきてん。まあまあ手許に金入ったから、欲しかったバイク買うてんけどな、ジイさんバアさんに挨拶でけへんかったんが、ちょっと心残りやねん。
ん? 確かに変わった話やけど、どこが不思議やねんて?
いや、それがな、現場での最後の日に、橋の行き先が書いたある、えらい大きな標識を上の方に取り付けとった時のことやけどな、霧で見えへん第一大橋の方から、タカちゃんのバイクみたいな音と、パトカーの音が聞こえてきてん。あれ、タカちゃんが死んだ日やとおもうねん、たしか。
な、不思議やろ。俺に挨拶しにきたんやろかって、あとからタカちゃん死んだん聞いて、そない思たんや。
それと、もう一つあんねん。その橋のこと、結局どこの工事かわからんままやねん。あとからネットで調べてんけど、どこにもそんな橋、あらへんねん。その橋、向こう岸も見えへんくらい幅の広い川にかかる大きな橋やし、第一と第二が並んでるのも珍しいやろ。せやのに、全然見つからへん。そのうち、どうでもようなってきて、今まですっかり忘れとったわ。
せやけどな、今思い出してん。さっき見た標識に、その橋の名前書いたあってん。第一、第二ともな。
俺、今の今まで気付かんかったけど、どうやらこの道、工事現場までマイクロバスで通った道みたいやねん。
ほら、見てみぃ! あれや、あれ! 見えてきおった。おっきい橋やろ、これ。
この橋、俺が造ってんで! ほら見てみ! 向こうに案内標識見えてきたやろ、おっきいヤツ!
あの『彼岸方面 三途川第二大橋』って書いとる標識、俺が取り付けてんで! 凄いやろ!!
この先、霧が濃くなるよって、運転には気ぃつけんとな。せやけど、この橋の先、初めて行くねん。楽しみやわ。
そや! 帰りにでも、あの船着き場へ寄ってみよ。ジイさんバアさん、元気にしとるかな。
第二大橋建設工事 乃木重獏久 @nogishige
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます