第34話 ざまぁ

 翌日の夕暮れ。

 僕と美心、細野は会社の会議室にいた。

 なお、僕たちの前には、社長もいる。おっさんは仏頂面で見るからに機嫌が悪い。


「越智さん、あなた、ずいぶんとキャバクラに入れ込んでいるようですね」


 細野さん、渋い顔で、容疑者を問い詰めている。刑事ドラマのおじさん俳優みたい。


日和ひよりちゃん、何を言っているのかな?」


 容疑者である、ドルチェの運営会社マナブル興業の社長はシラを切ろうとする。


「今日のわたしは、父から権限を委譲されてます。舐めた態度を取ったら、父に報告しますよ~」


 陽キャ特有のにこやかな笑みを浮かべているのに、細野さんが妙に怖い。


(なんで、こうなったし?)


   ○


 きっかけは、昨日にさかのぼる。

 星空シャンテ、いや、青葉萌歌から炎上の真相を聞いた後。

 細野は内部で話したいことがあると言い、青葉が喫茶店から出て行った。


『明日、社長を○すから~よかったら同席して~』と、マネちゃんはのたまう。

『○すって、大丈夫なのか?』


 女子高生マネージャが物騒なことを言い出したので、不安になった。


 相手は大人の男。零細企業とはいえ、社長。社会的な地位もある。女子高生が刃向かうには相手が悪い。

 それに、細野は大変にエロい体をしている。遠い親戚とはいえ、危ない。


『心配なんだったら、詩音ちゃんボディガードになってよ~?』

『インドア派だけど、僕でよければ』


 万が一に備えて僕は立ち会うことにした。


『あたしだけ仲間外れずるい』


 なぜか美心が唇を尖らせる。

 というわけで、僕と美心は細野に付き合って、社長を追及していた。


   ○


 2人を守りながら戦えるのか心配していたのだが。

 開始早々、女子高生マネージャが完全に場を支配している。


「お姫様。それだけはやめていただけますか。娘が大学受験なんです。稼がないといけなくて――」


 すごい。

 細野が父親の威光をかざしただけで、社長の態度が180度変わる。

 普段は実感ないんだけど、本当にお嬢様らしい。


「安心して~奥さんと離婚してもね~奥さんと娘さんの面倒はうちで見るから~。快適に暮らせるよう保証するわ」


(細野さんを怒らせないようにしよう)


 なお、さっきから美心さんは僕の腕にしがみついている。柔らかいブツが当たっているおかげで、僕は恐怖に耐えられていた。


「わたしが、あんたみたいな汚いおっさんと仕事してるの、なんのためだと思う?」


 細野さん、癒やし系爆乳お姉さんから怖い人にジョブ・チェンジしてしまった。


「それは、君のお父さんが、『娘に社会経験を積ませてやってくれ』と、俺に頼んできたからだろ」

「もちろん、あなたの会社がVTuber事業を立ち上げるというから、社会経験のために参加させてもらったの~。でも~」

「他になにか、おありになられまするか?」


 緊張か恐怖か知らないが、社長の敬語がおかしい。


「半分当たりで、半分外れね」


 僕も細野自身から同じ説明を受けていた。

 まさか、別の理由があったとは。


「親戚のよしみで、うちの父が会社に出資してるわよね~」

「え、ええ」

「しかも、2000万円。筆頭株主でもあるわ~」

「お父上には大変お世話になっております」

「あんたの奥さんは、父と同じ高校の後輩であり、母の親友でもある。わたしの母とあんたの奥さんのために、父はあんたを助けてたのよね~」

「おそれいります」


 越智社長は思いっきり頭を下げる。


「VTuber事業の件では、わたくしが未熟で申し訳ありませんでした」


 ざまあみろ、と少しだけ言いたくなる。


「まあ、杜撰なのは零細企業あるあるだし~どうでもいいっていうか~」

「え、ええ」

「キャバクラで遊ぶ金に困って、会社の金に手をつけたのは別」

「なんのことでしょうか?」

「ネタは上がってるのよ」


 細野が書類の束を社長に突きつける。数字がびっしり印字されているが、内容はよくわからない。


「前期の帳簿を調べたの~そしたら、交際費が300万円を超えてるじゃない~。うちは中小企業だし、800万円までは損金扱いされるから問題ないわ~。けれど、うちの売上を考えたら高すぎるし、気になったの~」


 意味不明な言葉が同級生の口から出てくる。


「で、調べてみたら、交際費はあんたがキャバクラで遊んだお金だった~」

「べ、別にいいじゃないか。会計上なんの問題もないし、お金を使えば節税にもなる」

「ふーん、自分が女遊びしたいから~カラ出張するのが節税なんだ~?」


 社長の額から冷や汗が出ている。汚い。


「節税をして利益を最大化したい。それは経営者として理解できるけど~。出張してもないのに出張したことにして、実際はキャバクラに使っていたなんて~ずいぶんお楽しみだったのね~」


 細野は思いっきり眉間に皺を寄せ。


「不正はダメ、絶対!」


 人差し指で社長を指さす。


「カラ出張は立派な脱税だし~よく税務署の査察が来なかったわね~」

「…………どうして?」


 社長が目を見開いている。


「どうして、わかったんだ?」

「それが、2つめの理由だから~」


 細野先輩はしてやったりといった笑みを浮かべる。


「この会社ヤバいし、父の命令で内偵してたんだ~」


 うわっ。そんなことしてたのか。

 癒やし系爆乳女子高生マネージャの裏の顔に驚いた。


「そしたら、いろいろ出るわ出るわ~。まあ、確定的な証拠が揃ったのは、昨日なんだけど~」

「……うっ」


 社長がうめき声をあげる。


「だって、キャバクラはロマンなんだ。リアルでは冴えないおっさんでも金さえ払えば、女の子に優しくしてもらえる。まさに、現実でバーチャルの癒しが楽しめる理想の世界である」


 唐突に、犯人は動機を告白した。

 

「初めて、2000円のウーロン茶を女の子にプレゼントしたとき、すごく喜んでくれたんだ。家では娘にケーキを買っても、ばい菌扱いされるのに、キャバ嬢は俺を認めてくれる。キャバ嬢だけは俺を受け入れてくれる」


 なんだか哀れに思えてきた。


「だから、俺はキャバクラに課金した。若者言葉でいう、重課金兵になった。交際費にすれば、法人税も節約できる。そう思って、どんどん使っていった。止まらなくなった。不正に手を染めてまで、会社の金で遊んだ」

「「「……」」」

「経営者とはいえ、使い込みが発覚したら大変なことになるのよね~」


 おっさんの瞳から涙がこぼれる。


「だから、VTuberで成功して、チャラにしようと思ったんだ。知り合いの経営者に、VTuberは儲かると言われてな」


 そこから先の展開は僕でも読めた。


「なのに、初期投資はかかるし、収益化してもなかなか利益にならなかった」


 社長は恨み節をぶつける。


「撤退したいと思っていたときに、イルミネイトの若造が連絡してきた。チャンスだ。自前でVTuberをやるのは難しくても、大手から仕事がもらえれば。そう思って、お気に入りのキャバクラで彼を接待した」


 シャンテから聞いた話とも整合性が取れる。


「数日後、例の炎上があって、舞姫ひびきの移籍の話が来た。充分な移籍金ももらえるというし……」


 おっさんはうつむいて、テーブルを拳で軽く叩く。


「甘かったわね~。あんたの動きはチェックしてたから~さすがに、キャバクラでイルミネイトのマネージャと話した内容までは知らなかったけど~」


 犯人の自供が終わる。


 事の顛末を知った僕は、虚しく思った。


 結局、僕たちは振り回されていたのか。


 社長の勝手な理由で、マネブル興業はVTuber事業を立ち上げて。

 細野が美心をスカートして。

 美心が僕の参加を要望して。

 そうして、僕たちの活動は始まった。


 社長と、シャンテのマネージャによって、ドルチェは解散の危機に陥った。


 しかも、その裏では、信頼していた同級生が暗躍していた。

 細野に恨みはない。むしろ、感謝している。

 彼女がいなかったら、僕は美心と一緒にVTuberできなかったから。


 大人に対しての怒りと。

 自分の無力さと。

 翻弄された疲労と。

 ある意味では、社長も被害者かもしれなくて。


 さまざまな感情が湧いては消えていく。

 ただ、モヤモヤだけが募っていく。


 やるせなさを噛みしめていると。


「ざまあみろ」


 細野が思いも寄らぬ言葉を口にする。

 たった5文字に、僕が言いたかった気持ちが乗っていた。


「最後に言っておくわ」


 同級生マネージャは、顔を真っ赤にして。


「あなたに若者の夢を潰す資格はないから!」


 言い放つ。

 スカッとした。


 すぐに、細野はお姉さん然とした落ち着きを取り戻す。


「今回の件は、父に報告してあるわ~。追って沙汰あるまで、出社しないでください」

「そ、そんなぁ」


 社長はがっくりとうなだれると、しばらくして会議室を出ていく。

 社長がいなくなると。


「ふぅ、これで会社の件は解決ね~」


 細野は大きくため息を吐く。


「すごかったな」

「日和さん、かっこよかった」

「ふたりとも安心して~運営のゴミ掃除は終わったから~」


 笑顔で言うと、逆に怖い。


「というと?」

「ドルチェは存続させるわ~」

「「えっ?」」


 美心と声が揃った。


「だから、詩音ちゃんと美心ちゃんにはこれまでどおり、ドルチェで活動してもらうから~」


 まさかの展開だった。


「……あたし、移籍話は断っていいの?」

「もちろんよ~美心ちゃんの意思を尊重するから~」


 思わず鳥肌が立った。

 美心もうれしそうに頬を緩ませる。


「でも、どうやって、存続を決めたんだ?」

「父を説得したの~許可は下りたから安心して~」

「ありがとな。僕たちのことで交渉してくれて」

「わたしにとっても社会勉強のためなんだし~気にしないで」


 これにて、一件落着。

 終わったと思ったら、力が抜けた。


 でも、まだ僕にはしないといけないことが残っている。

 気持ちを奮い立たせようとしたら。


「詩音くん、美心ちゃん、手を出して~」


 まず、細野が手を伸ばし、そのうえから美心が手のひらを重ねる。

 僕は上下から彼女たちを包み込んだ。


 ふたりの温もりが伝わってくると同時に、無限の勇気が湧いてきた。


 さあ、ここからは僕の戦いだ。

 あとは自分次第。道は開かれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る