第33話 同級生VTuber

 大人向けのクラシックな喫茶店。

 僕と美心の会話に割り込んできたのは、同じクラスのギャル青葉あおば萌歌もかだった。


 しかも、青葉の横に細野までいる。

 細野はこの喫茶店で僕が美心を会うことを知っている。

 きっと細野が青葉を連れてきたのだろう。

 が、青葉は僕たちのVTuber活動に無関係である。理由がわからない。


 僕が首をひねっていると、細野が苦笑いを浮かべた。


「ごめんね~大事な話があって、マネージャわたしの判断で彼女を呼んだの~」

「……とりあえず、座れば」


 幸い、僕たちは広めの4人席にいる。

 青葉は美心の隣に座った。

 すると。


「まさか、あんたがバ美肉してたなんて、びっくりじゃん」


 いきなり爆弾を投げてきた。


「ぶはぁぁぁっっ!」


 さすがに驚く。

(どうしてバレたんだ⁉)

 衝撃から立ち直る間もなく。


「あーし、星空シャンテなんじゃん」


 もはや頭がついていけない。


 真正面にいた神楽もポカンと口を開けている。

 一方、横目で細野を確認すると、平然とメニューを見ていた。


(その反応は知ってたのか?)


「どういうことなのか説明してくれ?」


 ギャルは苦手だし、僕は細野に尋ねる。


「詩音ちゃんと別れた後に、星空シャンテからボイスチャットが来たの~」

「『夢咲かなでと舞姫ひびきにリアルで会わせてほしい』って、ボクは頼んだんだじぇ」


 青葉は星空シャンテの話し方で言う。


 配信で聞く星空シャンテの声とは少しちがう。

 でも、独特な話し方でわかった。間違いなく、本人だと。

 たぶん、配信ではボイスチェンジャーで補正しているのだろう。


「でも~いきなりリアルで会わせろはさすがにね~」

「だから、あーし、LIMEでヒヨリッチに連絡したってわけ」


 細野がスマホを見せてくる。


『爆乳JKマネージャさん。シャンテの魂が呼びかけるじぇ。ボクを彼と彼女に会わせたまえ』


 送信者は青葉萌歌だった。


「シャンテさんと話してる最中だし~わたしのことをマネージャだと呼ぶだなんて~。まさかと思って聞いてみたの~」

「『ボクの真名は青葉萌歌じゃん』と答えたじぇ」


 さすがの美心も目を丸くしている。


「『大事な話がある』って言われたから~悪いと思ったけど、お邪魔させてもらったの~」

「とりあえず、事情は飲み込めた」


 僕はうなずいてから、青葉をじっと見つめ。


「炎上の件で、なにかあるのか?」


 単刀直入に聞いた。


「かなでちゃん、なんだじぇ」

「別に名探偵じゃないし」


 ギャルに調子が狂わされないように、まず否定すると、青葉は唇を尖らせる。


「青葉は僕たちの活動に気づいていたんだろ?」

「詳しくは、あとで話すけど、まあね」

「僕たちの正体を知ってる人間が、このタイミングで会いたいと言ってきた。炎上との関係性を疑いたくなる」


 もしかしたら、青葉が火を着けた可能性もある。

 そもそも、炎上のきっかけは、夢咲かなでの演者が男で、元ボーイソプラノの少年だとバレたこと。

 青葉なら僕を炎上させられる。


 青葉には美心をいじめた前科もある。

 和解したとはいっても、油断はできない。口には出さないが、警戒していた。


「ご名答じゃん」


 青葉は胸を張る。

 美心が隣にいると、胸囲の格差社会を感じた。


「じゃあ、ここからは解答編だじぇ」


 青葉はシャンテの口調で言う。


「まえに、昼休みに話したじゃん。あのとき、陰キャちゃんの声を聞いて、舞姫ひびきクリソツだなって思ったんだじぇ。最近は睡眠魔法の威力も落ちてるし、絶対になんかあると、引っかかってさぁ」


 デビュー直後だったか。星空シャンテが舞姫ひびきに配信で言及し、美心や細野と軽く騒いだ。それを青葉が聞きつけて、話しかけられた。そのときのことを言っているのだろう。


「でもさ、陰キャちゃんがVTuberなんて性格的に無理っしょ。そのときは、ありえないと思って放置してたんだじぇ」


 まあ、わかる。

 僕もオーディションのときに、びっくりしたわけだし。


「で、しばらくして、ひびきが収益化したじゃん。せっかくだし、話してみたくなったんだじぇ」


 ギャルっぽい話し方と、シャンテ口調が混じっていて、軽く混乱する。


「ボイスチャットでマネちゃんと話してさあ。爆乳声だし、名字も一緒だし、すぐにヒヨリッチだと気づいたじゃん」


 そういうことだったか。

 ボイスチャットのとき、『細野ちゃんが爆乳お姉さんJKだって、知ってるんだぞ』と、シャンテは言っていた。てっきり、適当な発言だと思っていたのだが。


 なお、爆乳声というより、間延びしたしゃべり方でバレた気がする。


「さらに、あのとき、ひびきちゃんが自己否定したじゃん。あれが、陰キャちゃんそっくりで確信したってわけ」


 モールで青葉と出会ったときと、ボイスチャットのとき。美心は簡単に謝って、青葉とシャンテに怒られていた。青葉とシャンテも美心に対して、同じような反応をした。


 いや、他にもある。


 例の昼休みのとき。美心にシャンテを褒められて、なぜか青葉がうれしそうにしていた。

 あのときは、シャンテ推しで、推しを認められて機嫌が良くなったと考えていた。

 やけにオーバーだったのは、自分が褒められたからだったのか。


(まさか、人気VTuberが同じクラスにいたとは……)


 とりあえず、ここまでは理解できた。


「ボイチャのあとに、ボク、うちの青年マネージャと話したんだじぇ。そのとき、感動のあまり、同じクラスにVTuberがいると言っちゃったんだよねぇ」


 青葉は楽しそうだった。


「ボクがひびきちゃんとコラボしたい言ったからさあ。マネちゃんが御社の社長にコンタクトを取ったのさ。正式にコラボするんだったら、コラボ相手がどんな会社の子なのか知っておきたいってわけよ。で、一緒にキャバクラに行ったらしいじゃん」


(おっさん、ホントに好きだなぁ)


「そんときにさぁ、ドルチェの社長が言ったらしいよ。『VTuberはキャバクラ嬢』だとか、『VTuberは金のなる木』だとか」

「……す、すいません~」


 細野が嘆息まじりに頭を下げる。

 僕も恥ずかしくなる。


「マネちゃん、酒に酔ったまま、ボクのところに電話をかけてきてさぁ。『シャンテちゃん、ひびきちゃんがイルミネイトに来たら、どう?』って言うわけ」


 臨場感ある語りは、さすがプロのVTuber。


「ボクは言ったさ。『もち、楽しみだじぇ。ボクの前で卑屈な態度は許さないけど』と、答えたんだじぇ。そしたら、『シャンテちゃんの友だち、あんな運営でかわいそうだね』と言われたわけ」

「「「……」」」

「『同級生なんだし、友だちのこと詳しく教えてくれるかな?』って話になってさぁ。舞姫ひびきは陰キャで目立たないとか言ったじゃん」


 急に青葉は声を低くし。


「ついでに、夢咲かなでは男で、元ボーイソプラノだと教えたんだじぇ」


 眉間に皺を寄せる。


「そしたら、数日後にネットで出回ってるじゃん。びっくりしたし」


 青葉以外の3人が揃って、ため息を吐く。


「おまえが犯人なのか?」

「ちがうって。ボク炎上させたわけじゃない」

「なら、マネージャか?」

「そうなんだじぇ。ボク、マネちゃんを問い詰めたのさ。すると、あっさり白状したんだじぇ」


 やるせない。が、話を進めねば。


「動機はなんだ?」

「『あんな社長がVTuberを運営するなんて、世の中舐めてる。というか、VTuber業界全体のためにも存在しちゃいけない。だから、彼には悪いけど、犠牲になってもらった。正義のための犠牲は仕方がないだろ』ってな。青年らしい正義感の発露という奴?」


(こっちは迷惑してるんですけど⁉)


 文句を言いたいが、我慢する。


「『ドルチェの運営会社はVTuberから撤退するから、ひびきちゃんがイルミネイトに入るよ。よかったね』と言われたまである」


 僕と神楽は絶句する。

 一方、例によって細野は驚いた気配を見せない。


「青葉さんの言うことはホントよ~」

「根拠は?」

「……詳しい理由は後で話すけど~うちの社長と青年マネージャが話した内容は押さえてるから~」

「そ、そうなんだ」


 必要があれば、後から詳細を聞けばいい。いったん細野の言うことを受け入れた。


「炎上の真相は以上なんだじぇ」


 青葉は口を閉じる。


「うーん、理解はできても、納得はできないんだが」

「無理もないじぇ。うちのマネージャがかなでたんを被害者にして、ひびきちゃんを引き抜こうとした。結局は、そういうことなんだし」


 青葉が今回の件の要点をまとめる。

 青葉、こう見えて成績は学年トップだ。的を射ている。


「ホントにうちのマネージャがごめん」


 なんとギャルが僕に頭を下げてきた。


「こんなのロックじゃねえっての」


 青葉は悔しげに唇を噛みしめ、目に涙を浮かべている。

 演技派でもないし、本心からの謝罪としか思えない。


 元はといえば、青葉の軽率な行動が炎上のきっかけだ。

 当然、わだかまりはある。

 しかし、怒りをぶつける気にはなれなかった。


「とりあえず、話はわかった」


 ある意味、関係者が自分なりの動機で動いただけかもしれない。


 青葉はシャンテとして配信にまっすぐで。

 シャンテのマネージャは正義感に忠実で。

 うちの社長は経営者として利益を最優先に。

 細野は僕たちを裏から支えて。

 僕はバ美肉で、女声を演じたくて。

 美心は僕と一緒に活動することが、なによりも大事で。


 誰もが特別な悪意を持たないのに、いまの僕たちは難しい状況に置かれている。

 たんに、巡り合わせの問題。

 ただ、それだけ。

 すべての現実は、偶然が導き出したものにすぎない。


「まあ、青葉は気にすんな」


 僕が青葉に声をかけると、青葉は目を見開く。


「あーしを怒らないの?」


 美心とのやり取りを見て、僕は青葉を多少は理解している。

 直情径行なだけで、悪気がないのだろう。


「いまさら、どうにもならないし、謝罪だけで充分だ」

「……くっ」

「それに、美心と和解できれば、他になにもいらないから」


 美心はうれしそうに微笑む。


「ロックだじぇ」


 青葉の瞳から涙がこぼれる。


「あんたとは、一緒に歌いたいじぇ」

「いつかな」


 そう答えると。


「そのときは、あたしも混ぜてね」


 美心が言う。


「もちろんだじぇ」


 静かな喫茶店、僕たちのテーブルに笑いが訪れる。

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