第27話 炎
「よくわからんが、緊急事態らしいから電話かけてみる」
「詩音くん、お願い」
僕がマネージャに電話すると。
『大変なの!』
珍しく、細野の声は急いでいた。
「なにがあった?」
『……炎上してるの』
「炎上?」
そのとき、夜空に炎の花が咲く。
花火大会もクライマックスに突入したようだ。
僕たちが花火大会に来ているから、ネタを狙ってきた……とは思えない。電話口を通してでも、緊迫した雰囲気が伝わってくる。
(だとしたら、ネットスラング的な意味でか?)
かりに、ネットで炎上が起きたとしても、もはや日常茶飯事の出来事だ。
わざわざ緊急で連絡を取ってくるとしたら……。
「もしかして、僕たちが?」
『……ええ。SNSのトレンドに乗っちゃってる。わたしたちの規模から考えると信じられないとしか』
(ウソだろ……?)
そう言いたくなる。
が、冷静さを欠いても、ロクなことはない。
軽く深呼吸してから、いつもよりもゆっくりめに声を出す。
「詳しいことを教えてくれ」
「わかったわ~」
僕につられたのか、細野も普段どおりの口調になった。
電話口の向こうで、細野が咳払いをする。
その間に、僕は目で美心に合図を送った。
僕の意図に気づいた美心は、自分のスマホをいじり始める。
『かなでが男だってバレたの』
「…………そうか」
『それで、リスナーさんたちが騙されたって~SNSで叩き始めて~なぜかバズっちゃったわけ』
「事情はわかった」
落ち着いて答えられたのは理由がわかったから。
先日も、細野と僕の性別問題については話した。
そのとき、マネージャは『運営の問題だから、運営の責任』と答えている。
別に、僕に責任がないから無関係と言うつもりはない。
運営とVTuberは運命共同体。
運営の責任だろうが、トラブルが起これば、VTuberが被害を被る。
逆もまたしかり。
VTuberの個人的な資質で炎上して活動休止になったら、その分のウルチャ収入は運営も得られない。
運営も僕も、炎上は痛いのだが。
既知の問題であからじめ予測していた分、それほどメンタルのダメージを受けないで済んだのだろう。
とはいえ、リスナーさんを騙すような結果になってしまったのは事実である。
VTuberはバーチャルな存在。リアルが見えないことで、リスナーは自分の妄想を膨らませることができる。
夢咲かなでというバーチャル美少女は、「ですの」口調の金髪爆乳お嬢様。どうしてもアバターの見た目や演者の声に引っ張られる。
リスナーさんは夢咲かなでを応援してくれたのだ。なのに、中身は男だった。裏切られたと感じても無理はない。
事実を公表するかどうかは運営との相談になるが、これからの配信で罪を償っていこう。
前向きな気持ちになりかけたときだった。
『それが、舞姫ひびきも巻き込まれちゃって』
想定外の発言を受け。
「どういうことだ?」
僕の声が震えてしまった。
『舞姫ひびきのファンが怒ったの~。かなでが男だから、ひびきが男とイチャついてたってことで~』
「あっ!」
思わず叫んでしまった。
かなでとひびきは、てぇてぇ関係で売り出していた。
女同士で仲睦まじく遊びに行ったり、かなでがひびきの下着を選びに付き合ったり。同性だから尊いが成り立つ関係なわけで。
ところが、一方が男だった。『男がひびきちゃんとイチャつきやがってぇ』と怒り出す人がいても不思議ではない。
前から恐れていたのに、いざ起きてみると、自分のことしか考えられていなかった。
美心への申し訳なさで、穴があったら入りたくなる。
「マジで最悪だな。なんで、こうなったし?」
マネージャに愚痴をこぼしてしまう。
今回の件については、疑問が残る。
そもそも、誰がどういう経緯で、夢咲かなでの演者が男だと気づいたのか?
チャンネル登録者数1000人ちょいの弱小VTuberの秘密が、なぜ拡散してしまったのか?
『ごめんね~わたしのネットスキルじゃ調べきれなくて』
「いや、後の祭りだし。僕の方こそ、ごめん」
冷静なつもりでいて、感情が出てしまった。反省する。
「他に、なにかあるか?」
『……SNSを見てるけど、悪い反応だけじゃないの~』
「どういうこと?」
『あの声で男は、むしろ萌える。こんなかわいい女の子が男子高校生なわけがない。そう擁護する反応もあったわ~』
そういう人もいるんだ。
少しは安心した。
そもそも、不謹慎な発言をしたわけでも、センシティブな話題に触れてしまったわけでもない。
ファンの期待に添わない事実が明らかになっただけ。いわば、マーケティング政策のミスなわけで。
ファンは減るだろうが、炎上と呼んでいいのかすら怪しい。
美心にしてみれば、完全にとばっちりだし。
「……ホントだ。すごい拡散されちゃってる。VTuber情報のニュースサイトでも話題になってた」
美心がスマホを見ながら言う。
僕が細野と話している間に、美心の方でも調べていたのだ。
「そんなに広まってるのか?」
思わず苦笑いがこぼれる。
デビュー直後。どうやって知名度を上げていくのかが課題だった。
いろんな幸運が重なって、割と早く収益化できた。しかし、お小遣い程度の稼ぎしかしかできていない。企業活動の一環で活動している身としては肩身が狭かった。
なのに、バズったとたんに、SNSのトピックに入り、ニュースサイトでも取り上げられたわけで。
(炎上すると宣伝楽なんだな)
世の中なら炎上商法がなくならない理由がわかった気がする。
まあ、ぼやいていても仕方がない。
「あたしが調べたことを伝えるね」
「美心、頼む」
「きっかけの投稿なんだけど……」
美心が自分のスマホを差し出してきた。
『新人女性VTuberは、元ボーイソプラノの少年Aだった』
SNSアプリの画面に、そう書かれていた。
思わず目を見開く。
さすがに、元ボーイソプラノとまで見破られるとは思ってなかったから。
続きを読む。
『オレ、耳には自信あるんだけど、歌い方のクセが少年Aとそっくりなんだ。本人の可能性高いぞ』
その後、根拠が述べられていると思いきや。
なかった。
投稿者が自信満々に語っているだけで、中身がない。
てっきり歌声を分析して、声紋が一致したとか根拠があると予想していたのに。
証拠もなく適当な発言をするのがSNSあるあるかもしれないが。
『美心ちゃん、身バレの危険は?』
「……いまのところ、特定班は動いていなさそう」
特定班。SNSなどの発信情報をもとに個人を特定する人を指すネットスラングだ。名前や住所、学校まで特定してくる厄介な人たちである。
とりあえず、胸をなで下ろす。
まあ、夢咲かなで=秦詩音だとバレても、たいして実害はない。もともと本名で活動していたわけだし、エゴサすると普通に見かけるし。
それでも、個人情報が晒されるのは気分が悪い。
学校でバ美肉VTuberをネタに笑われるのも地味に嫌か。
「とにかく、事情はわかった」
状況を把握したら、原因を考えるのが本来だと思う。が、今回に限っては有効ではない。
いまさら炎上の発生理由を知ったところで、火は消せないのだ。
幸い、炎上の事例なんて、腐るほどある。
ある程度、今後の対処法も見えている。
「で、これからのことなんだけど――」
『それだけじゃないの』
僕の提案を遮って、細野が暗い声を出す。
僕は見落としていた。電話をかけてきたとき、細野が動揺していたことを。
技術に疎いのを除いて、マネージャは優秀だ。僕と同じ答えに気づかなかったはずがない。
そのうえで、細野は困っていた。なにか特別な事情があったのだ。
「なにがあった?」
『なぜか社長が炎上のこと知ってさ~』
嫌な予感しかしない。
『今後のことで話し合いたいから、明日、会社に来てほしいって』
打ち上がった花火が砕け散る。一瞬だけ輝いていた空は、深い闇に落ちていく。
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