第24話 Vのおしごと
打ち合わせに乱入してきた社長は、僕と美心を一瞥し。
「まずは、収益化おめでとう。そして、ありがとう」
なんと感謝の言葉を述べてきた。
(真夏だけど雪でも降るんじゃね?)
と思いかけ、すぐに納得した。
この人は金がすべてである。
今までとは違い、これからの僕たちは会社の利益に貢献できるわけで。
対応が変わっても不思議ではない。
3ヵ月近く前。予算切れを告げられたときには困った。
けれど、諦めないで活動してきてよかった。
収益化したからは僕たちの活動もしやすくなる。
胸をなで下ろしたところ。
「だが、ここ数日の数字は見せてもらった」
社長の声が低くなり、眉間に皺が寄った。嫌な空気だ。
「動画の途中に流れる広告、あれ、単価が安すぎる。こんなの聞いてないぞ」
「最近は社会事情もあって、広告の単価が下がってるんですよ~」
細野が社長に説明する。
「1時間のアーカイブ動画が1回再生されて、広告収入は0.1円。これじゃ、2Dモデルの投資を回収するのに、時間がかかりすぎる。やってられん」
さぞ自分が被害者みたいな顔をしている。
ホントに金しか考えてないらしい。
(なら、なんでVTuberを始める前に調査しなかった?)
僕たちを巻き込んでおいて、この態度である。
「やっぱり、時代はウルチャだな」
おっさん、僕と美心にエロい目を向け。
「女の武器で稼ぎたまえ」
時代錯誤な発言をする。
いま令和なんです。コンプライアンスの問題もあるような。
細野は露骨に眉をひそめ、美心は苦笑いを噛みつぶしている。
「なのに、一昨日の配信じゃ、3000円しかウルチャをもらえなかったよな?」
僕の配信だ。
「1時間の配信で3000円だ。時給にすると、3000円」
「そ、そうですね~」
細野が僕の代わりに相づちを打つ。助かった。
「だがしかし、手数料として配信サイトに900円も持って行かれる。残りの2100円を君と山分けだ。うちの利益は1050円しかない。割に合わん」
ハゲ親父は不機嫌そうに鼻を鳴らす。
(割に合わん……か)
不本意だが、社長の言葉で考えさせられた。
ウルチャを会社と山分けしている以上、僕の時給も1050円である。
ただし、それはあくまでも1時間の配信をしたときの表に見える時給にすぎない。
実際、1時間の配信をするための作業を考えてみる。
まずは、配信のネタを考えて、ざっくりした内容も決めないといけない。
次に、コンテンツごとの準備もある。
ゲーム配信ではタイトルごとに権利関係を調べて、ゲームを入手して、基本的な操作も最低限は知っておかないといけない。許可されてないタイトルを配信してトラブルになったり、操作にまごついていたりしたら問題外だから。
幸い、歌の場合は大手配信サイトは著作権の管理団体と契約を結んでくれている。なので、配信者が歌詞の問題を気にする必要はない。
ただ、音源によっては著作権の問題も起こりうる。僕たちはカラオケ会社のサービスを利用しているので、クリアできているけれど。
そういった著作権に加えて、リスナーさんを不快にさせないかといった観点も求められる。
迷惑行為で逮捕された配信者もいる。法的な問題はなくても、炎上はしばしばあるし。
楽しんでもらえて、問題にもならない配信を考えないといけない。
ネタが決まったらスケジュールを組んで、SNSで宣伝して、サムネを作って。
SNSでのコミュニケーション能力に加えて、PCやデザインのスキルも要求される。
さらには、美心や細野と打ち合わせもしている。
最近は慣れてきて、多少は早くなってきた。
それでも、1回の配信のために、裏では数時間を使っている。
(時給にしたら、200円ぐらいかな)
高校生のバイトでも最低賃金が適用される。
いまどき、最低賃金が200円の地域なんてない。
ところが、僕たちの場合は合法である。
個人事業主だから、最低賃金法は適用されない悲しさ。
(高校生だから問題ないけど、VTuberを本業にするのは厳しいな)
「おまえら、バーチャルキャバ嬢なんだろ? だったら、本物のキャバ嬢に学びたまえ」
社長は僕たちの苦労も知らず、とんでもないことを言う。
高校生3人は唖然とする。
なお、美心はキャバクラの意味を調べたらしく、今度は真っ赤になっていた。
「女の子のためにお金を払いたい。男とはそういう生き物なんだ。徹底的に媚びを売れ」
言い方はアレだけど、間違ったことを言っているわけではない。
リスナーさんを喜ばせるのが大事。エンターテインメントの基本である。
頭ではわかるが。
「少年よ、さてはキャバクラに行ったことないな?」
「……ええ、18歳未満ですし」
「なら、今度、みんなをキャバクラに連れていってやろうか……もちろん、金は出さん」
(自腹なのかよ⁉)
「社長~セクハラですよ~」
いつもの間延びした声で、細野がやんわり注意する。正直、助かった。
「売れれば、なんでもあり。いっそのこと、脱げ!」
「あの社長、あんまりやりすぎると、BANされますよ~」
動画配信サイトはエロに厳しい。
下手したら、二度とVTuberとして活動できなくなる。
まあ、実はエロ系のVTuber事務所もある。ギリギリな線を狙って、ASMR配信などをしているらしい。
なお、パンツやおっぱいを連呼する程度はセーフな模様。大手の子でも、普通にネタにするし。コラボ相手に、パンツ歴を聞いた清純担当VTuberもいる。
「もちろん、収益を増やす努力はしますが~わたしたちは未成年ですし~エッチなのは路線もちがうので~」
細野がきっぱり断ると。
「利益が出れば、なんでもいい。せいぜい、精進したまえ」
社長は気にしていないようだった。まさに金の亡者だ。
「じゃあ、俺はそろそろ推し事に行く。キャバクラは夜の推し事だ」
僕たちが困惑するなか、社長は出て行った。
「ごめんね~」
「……細野も大変だな」
「……うちも会社をやってるから、社長さんの言いたいこともわかるかも」
三者三様の反応を示す。
(美心、バカ社長にも優しくて、マジで天使すぎる)
話を聞くだけで疲れた。
ストレスが溜まると腹が減る。
愚痴りたいのもあって。
「このあと、どっかで飯でもしないか?」
提案すると、女子2名の顔が明るくなった。
「いいわね~。バカの相手してたら、おなかすいたし~」
マネージャがお腹を押さえる。
「美心ちゃん、なにが食べたい?」
「……あたし、ハンバーガーがいいな」
僕と細野はすかさずうなずいた。
「友だちとハンバーガー。また夢が叶ったかも」
美心の大げさな言い方に、しんみりした。
「じゃあ、わたしは帰る前にメールとSNSをチェックするから~ちょっと待ってて」
細野が会議室を出ていく。
手持ち無沙汰になった。
「とりあえず、僕はSNSをするから。美心も僕に合わせてくれると助かる」
僕はスマホで、SNSアプリを開く。
『事務所で打ち合わせ終わりましたわ。これから、ひびきちゃんと遊びに行きますですの!!!!』と投稿する。数秒で『いいね』がついた。
美心の返しを期待したところ。
「ふぇぇぇぇっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!」
おとなしい彼女が、思わぬ悲鳴を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます