第6章 収益化

第23話 VTuberの夏休み

 夏休みに入って、数日後。

 今年も猛暑がハンパなかった。もはや東京は燃えている。VTuber的には炎上をイメージさせる言葉なので、夏そのものを○したい。


 暑いといえば、今、僕がいる事務所の会議室、空調が残念すぎる。

 さらには、狭い会議室に細野や美心と一緒にいる。軽く密だ。


(夏の午後3時から打ち合わせ入れないでほしかったなあ)


 心の中でボヤいていたが、隣に座る美心のおかげで、気が変わった。

 首筋から汗を垂らし、麦茶を飲む仕草が艶っぽいのだ。今日も淡い色のワンピースで清涼感ある。ドルチェの清純担当に圧倒的大感謝!


 もうちょっと胸元が開いていれば理想なんだが、変な男に目をつけられても困る。今日も僕がプレゼントしたかんざしをつけて、美少女モードだし。

 やっぱ、美心には安全でいてもらいたい。


 かわりに、エロス担当はお姉さん系同級生にお願いするとしよう。

 いまもブラウスのボタンが弾け飛びそう。

 まあ、いくら細野がコミュ力あるからといって、変な男に絡まれたらマズいのだが。

 

 それにしても、暑い。

 頭が働かない。


「ちょっと、詩音ちゃん、話を聞いてるの?」

「えっ? あぁ、ごめん」


 言えない。暑いのを誤魔化そうとしていたら、エッチなことを考えてしまったなんて。


「しっかりしてよね~」

「気をつける」

「無事に収益化の申請も通ったうえに、夏休み。いまが攻めるチャンスなんだよ~」


 細野が目で訴えてくる。もっと気合いを入れろ、と。

 僕は目に力を込めて、うなずいた。


「人気獲得に向けて、これからどうするか話し合いましょ~。そのための作戦会議をしたくて、わざわざ来てもらったの~」

「そうだな」


 僕はマネージャの言葉をいったん受け入れてから。


「そのまえに最近の配信を振り返っていいか?」

「もちろんだよ~未来に向かうために、過去を見るのも大事だしね~」

「このまえのオフコラボの出来事を雑談枠で話したら、みんな喜んでくれたんだよな」

「うん……あたし、『助かる』と言われた」


 美心は思いっきり真っ赤になる。

 というのも。


「夢咲かなでが舞姫ひびきの下着を選んで~それが紐の下着で~ひびきはうれしさと恥ずかしさを暴走させて~ひびき民をキュン死させたんだよね~」


 例のランジェリーショップでの話なのだから。

 

「それな。女子同士で楽しんだと勘違いさせてしまって、後ろめたいんだが」

「詩音ちゃんが気にすることないわ~。運営が承知したうえで運営判断で、男子を女子のアバターでデビューさせたんだから~」

「そうだけどさ」

「というか、プロだったら、かなでを演じてるときだけでも、身も心も女の子でいてもらいたいわね~」


 手厳しいが、僕としては非常に納得できる。

 プロの世界に、年齢や性別は関係ない。もちろん、物理的な限界はどうしても存在する。それでも、自分のベストを尽くして、聴衆に喜んでもらえるよう振る舞う。それが、プロの仕事だ。


「わかった。今まで以上に僕は女子になる」


 僕は女子。そのつもりでがんばる。


 しかし――。

 ふと思ってしまった。

 魂が男だとバレたらどうなるんだろうか?


(いや、細野も言ってただろ。女子になりきらないと)


 変なことを想像して、集中できなかったら、それこそプロ失格だ。

 万が一のケースを僕は頭から追い出した。


 リスク管理は大事かもしれないが、細野も言うように事務所の責任である。

 演者である僕は自分の役割に集中しよう。


「かなでとひびき~個性ある子が紡ぎ出す、てぇてぇ関係。そこをウリにしたいかな~」


 美心もうなずく。

 どうやら下着事件の恥ずかしさを乗り越えたらしい。


「運営的には~夏休みもオフコラボをお願いしたいんだけど~」

「そうだな。夏休み定番のイベントもあるし」

「……あたしもしたい」


 美心は目を輝かせる。


「海に、夏祭りに、キャンプに、プール。陰キャには無理なイベントだけど……詩音くんが付き合ってくれるなら……うれしいかな」


 上目遣いの破壊力はハンパない。


 それに、という言葉も刺激が強すぎる。

 遊びに付き合う意味だとわかっていても。


「僕も美心と行けたら、うれしいぞ」


 僕がドキドキしながら答えると、マネージャが咳払いして。


「おふたりさん、仲がいいのは助かるけど~夢咲かなでと舞姫ひびきとしてなのよね~?」


 釘を刺されてしまった。

 あくまでも、オフコラボはVTuberとしての活動だ。プライベートで遊ぶのとはちがう。頭ではわかっている。


 けれど。


 僕たちは同級生でもあって。

 リアルとバーチャルを、完全に切り離せない。


 あくまでも僕は男であって、完全な女にはなれない。

 どうしても、異性としての神楽美心を意識してしまう。


 僕たちは高校生で、揃って友だちと遊んだ経験も少ない。

 ようは、僕たちは未熟すぎる。欠点だらけだ。


 それでも、僕たちはプロである以上は、完璧を目指さないといけない。


(僕は女。少なくとも、仕事中は)


 僕は自分に言い聞かせるから、マネージャに答える。


「わかってる。かなでがひびきと海に行ったり、花火に行ったりすればいいんだろ?」

「そのとおり~だから~けど~」

「ん?」


 細野が笑いを噛み殺している。


「ふたりで海に行って~詩音ちゃんがビキニをつけてる姿を想像したら~笑いしかないし~」

「ごめんな。男子高校生のビキニなんて需要ないのに」

「……あたし、詩音くんの女装ビキニ……見たいな(ぽっ)」


 美心が頬を赤らめ、小声でささやく。


「美心ちゃん、なにか言った?」

「ううん、なんでもないから」


 美心は慌てて手を横に振った。

 恥ずかしすぎるので、僕は聞かなかったフリをする。


「なら、夏祭りや花火大会だな」

「そういえば、来週、花火大会があるわね~」

「ああ。うちが会場に近いんだけど、うちからはビルが邪魔で見られない。かといって、会場は満員電車並みで、まともに身動きも取れない」

「……あの、うちの近くが穴場なの」


 美心が手を上げる。


「じゃあ、美心の家の近くでオフコラボするか」

「うちからでもギリギリ見られるの、だから、うちでする?」

「えっ?」


(家で何をするのかな?)

 思わず聞き返してしまった。


「うちで花火を見ながら、配信するのもいいかなって」


 ああ、そっちか。先走りしなくて助かった。

 

「でも、美心の家に僕が行くのも……」


 美心の親はほとんど家にいないと聞いている。

 夜にふたりきり。理性が持つ自信がない。


「まあ、細かい場所は当日までに話し合いましょ~」

「そうだな。まだ時間もあるし」

「じゃあ、まずは花火大会ね~。自分たちが楽しんで~みんなを喜ばせてね~」


 細野が話をまとめたときだ。

 会議室のドアが開いて、脂ぎったおっさんが入ってきた。社長である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る