第21話 バーチャルでリアルを変えた少女

「陰キャちゃん、メカクレじゃなく、オメカシしてんの彼氏の前だから?」


 スクールカースト最上位のギャルが、覚醒状態の陰キャに話しかける。


「メカクレとオメカシ。さすが、あーし、うまいこと言ってんじゃん」

「「……」」

「髪型変えるだけでかわいくなれるじゃん。なのに、なんで地味にしてるわけ?」


 青葉萌歌の言葉に棘がある。


(このまえ、昼休みに話したときは友好的だったのに)


 僕が身構えていると、青葉はニヤリと笑みをこぼす。


「地味子を演じてるのは……男を避けるため? それとも、あーしらの前じゃ本気になれない? どっちにしても、マジでむかつくんだけど」


 ギャルの迫力ある悪態に、神楽はビクッと震える。


「おい、神楽に悪気はないんだ。やめろ」


 見てられない。

 神楽と青葉の間に割って入る。


「カレシちゃん、ムキになんなくてもいいじゃん」

「別に、ただ僕は……」


 勢いで飛び出したはいいものの、どう答えればいいんだ。

 神楽の問題であり、彼女の意思も聞かずに、僕が勝手に言うのはおかしい。


「秦くん、あたし大丈夫だから」


 神楽は目で訴えてくる。


「平気なのか?」

「……うん、怖いけど、詩音くんに依存しちゃいけないから」

「たしかに、そうなんだが。困ったときは頼っていいんだぞ」

「ありがとう。あたしの問題だから……自分で解決しなきゃだし」


 僕は無言でうなずいた。


 今の神楽なら大丈夫。

 声も徐々に落ち着いてきて安心できる。


 警戒しつつ、僕は神楽を見守ることにした。

 それに、モールのど真ん中だ。青葉でも人前でいじめはしないだろう。


「青葉さん、ごめんなさい。あたしのせいで怒らせてしまって」


 神楽はまず青葉の怒りを受け止める。


「っつ」


 青葉もバツが悪そうにする。神楽が謝っている以上、もう怒れないってわけか。常識が通じる相手で助かった。


「でも、地味子を演じてるつもりはないの」


 神楽は自分の意見を口にする。


「……なら、どういうつもりじゃん?」


 青葉は口を尖らせる。明らかに不機嫌そうだ。

 

 けれど、僕は神楽を褒めたかった。

 出会ったころの彼女だったら、まったく自己主張せず、ひたすら謝り続けただろうから。


 ところで、さっきからランジェリーショップの店員がこっちを見ている。

 女子2人と男1人。女子が言い争っている。しかも、僕と神楽は一緒に下着を買ったばかり。痴話喧嘩だと勘違いされてない?


「なあ、とりあえず場所を変えないか?」

「……あーし、友だちと別行動して本屋に来たわけだし」


 青葉は本屋の袋を持っていた。

 そういえば、僕たちも本屋に行くつもりだったんだ。なぜかランジェリーショップに入っていたけれど。


「英語の参考書と、好きなミュージシャンの本を買って、ロックな気分なんじゃん」

「お、おう」

「なのに、陰キャがカレシといちゃついてるの見て、不機嫌なわけ」

「……」

「あんたらなんかに時間使いたくねえし。とりま、歩きながら話せばいいじゃん」


 青葉は不機嫌そうに言う。


(だったら、消えてくれよ)


 下手な発言をして、面倒な事態になるのも嫌なので、突っ込めないけど。


 とりあえず、下着売り場から離れられただけでもいいか。

 青葉の後を歩き始める。

 人ゴミのなか、なかなか話せない。気づけば、エスカレーター近くの休憩スペースまで来ていた。


「入学式のとき、いまの髪型で学校に行こうとしたの」


 数分の間に、神楽は決めたらしい。


 僕が見守るなか、高校デビューに失敗した出来事を打ち明けた。

 ひととおり聞き終えた青葉は、盛大にため息を吐く。


「恥ずかしいなんて理由で地味な格好を選ぶって、イミフなんだけど⁉」

「ごめんなさい。深い意味がなくて」

「これだから、陰キャは」

「ごめんなさい」

「そこで謝るのもむかつくし」

「ごめんなさい」

「だから、謝るなっての!」


 古典的な漫才を見せられているようだ。


「あたし、自己肯定感が低すぎるゴミ虫な陰キャだから」

「自分のこと、わかってんじゃん」


 青葉が神楽の背中を叩く。


(おま、そこは否定してあげろよ)


 文句を言いたくなるが、僕は感じていた。

 ふたりの間に流れる空気が、少しだけ柔らかくなっていることに。


「まあ、自分が最底辺だって認めるのは、ロックンローラーの第一歩だかんな」


 青葉はギャルというより、硬派のロック歌手っぽく見えた。


「本当の自分と向き合わなきゃいけないのかな?」

「ああ、そうだな。それがロックな生き方というもんだぜ」


 なんか不良と陰キャの間で友情が芽生えた感がハンパない。


「……ありがとう。詩音くんもなの」


 突然、僕の名前を出されて、驚く。


「詩音くんは本当のあたしを見て、それでも、陰キャなあたしを認めてくれたから」

「おっ、いきなりノロケかよ」


 青葉が意味不明なことで囃し立てるが。


「おかげで、あたし、自信がついてきたの。ほんのわずかだけど」


 神楽は聞こえなかったらしい。

 遠い目をして、穏やかな笑みを浮かべる。


 不覚にも涙が出そうになった。


 神楽と活動した、約3ヵ月の日々が僕の脳内で再生される。


 おどおどしていて、安らかな声で、VTuberが大好きで。

 自分を変えたいと願って、VTuberになった、陰キャの女の子。


 かよわい体で、けっして諦めず。

 そして、彼女は変わってきている。


 けっして、過去の神楽を否定するつもりはないけれど。

 変わりたいと努力してきた神楽は、ひたすらに尊い。


 バーチャルの活動が、どこまでリアルの彼女に影響を及ぼしたかわからない。

 けれど、VTuberになっていなかったら、神楽は出会ったころのままだったかもしれない。なんとなく、僕はそう思っている。


 神楽が僕の袖を握ってきた。

 指先の温もりが心地よくて、多幸感に包まれる。


「いい顔してるじゃん、陰キャのくせに」


 口調こそ悪かったが、青葉の言葉に悪意は感じられなかった。


「ごめんなさい、青葉さん」

「だから、すぐに謝るなっての!」


 神楽は口を押さえると、苦笑いを浮かべる。


「あたし、自分を変えていきたいから」

「……」

「でも、迷惑をかけたら……ごめんなさい」

「あーしも言いすぎた」


 さすがに、青葉も謝る。


「まあ、別に陰キャがなにしようが、あーしには関係ねえし。もう突っかかるのはやめた」


 よし。これで言質はとった。


「あーし、意味のないイジメはしねえっての」

「ごめんなさい、あたしがみんなに迷惑をかけて」

「おまえに悪気はないってわかってるじゃん。って、あーしも……ごめん」


 ギャルが素直に頭を下げる。

 これでひと安心だ。


「でも、あーし、感情で動くからな」


 神楽と僕が首をかしげていると。


「あーしの邪魔をしたり、いらだたせたりしなけりゃ、叩かねえってわけ」


 地雷を踏まなければ大丈夫。そう理解する。


「あーしはすべてにおいて、頂点に立つ女だっしー。ロック魂を見せてやんぜ!」


 青葉は堂々と胸を張る。

 神楽と比べると少し小さい双丘は、女子高生の平均サイズぐらいか。


「おい、あーしの胸が小せえってバカにしただろ?」


 そこまで思ってないし。


「……秦くんのエッチ」


 神楽にまで冷たい目で見られてしまう。

 ところで、神楽さん、さっきから僕を名前で呼んだり、名字で呼んだりしているね。


「じゃあ、あーしは友だちのところに戻んないと」


 青葉は僕たちから2、3歩離れ。


「神楽美心。あんた、誰かに似てるって言われない?」


 振り返る。

 青葉の瞳は、猛獣のように猛々しい。


(どうしたんだ?)


 神楽も戸惑っている。


「いや、あーしの勘違いだね。ありえないっしょ」


 そう言い残すと、青葉は人の波に消えていく。


 ギャルは気まぐれだ。

 気にするだけ時間のムダかもしれない。


 とにかく、修羅場が終わって、安堵しかけていたら。


「詩音くん……あたし、ダメかも」


 神楽美心はへたりと座り込んでしまった。


「おい、大丈夫か?」

「……立てなくなっちゃった」


 僕は神楽に手を差し伸べる。

 ほっそりした手のひらには汗がにじんでいた。


 神楽が起き上がるのを助けようと思ったとき。


「ぱぱ……おんぶしてぇ」


 小さな子どもが父親にねだる声が聞こえてきた。

 歩くのに疲れたらしい子どもが、ダダを捏ねていた。


 微笑で子どもを見ていた神楽は。


「お、おんびゅしてほしいなんて……ダメだよね?」


 今度は僕に上目遣いをする。

 目が出ている美少女モードなこともあり、破壊力がハンパない。


 気づけば。


「美心、歩けなかったら、おんぶするぞ」


 とんでもない言葉が僕の口から出ていた。

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