第5章 オフコラボという名のデート
第20話 オフコラボ第2弾
時は流れ、あと数日で夏休みになろうとしていた。
すでに梅雨も明け、夏真っ盛り。
日曜日の午前中、ただでさえ太陽が僕の体を熱してくるのに――。
彼女の姿を見たとたん、全身から炎が出そうになる。
「お待たせして、すいません」
本日の彼女は、水色のキャミソールなんだ。
銀髪と青い瞳に、水色の服がよく似合うのはもちろん。
薄い衣服は清楚でありつつ、豊かな体の起伏を十二分に活かしている。露出は多くとも、エロくないのだから神がかっている。
とりあえず、無言でいるわけにもいかない。
「お、お、おう」
噛んだ。訓練を積んだはずの僕が噛んだ。それくらい緊張している。
同じクラスの陰キャさん。かわいすぎて、対応に困る。
たまらず。
(これはオフコラボ、オフコラボなんだ)
VTuberとしての仕事だと言い聞かせる。
よりによって。
(なんで、細野はいないんだ?)
今日に限って、マネージャは来ていなかった。
というか。
僕たちだけで遊びに行けと業務命令をしてきたのも細野である。
『オフコラボ第2弾よ~。日曜日、ふたりで遊びに行ってきて~そのときのネタを雑談配信してもらうから~』と言われ、普通に納得したところまではよかった。
『あと名前呼びをするように~。できてなかったら、詩音ちゃんのコレクションを美心ちゃんに見せるから~』
脅されてしまったわけ。
仕事のはずのオフコラボを、なぜかデートにする我が社のマネージャ。やっぱり、ロクでもない会社ですね。
「あっ、あたしなんかが秦くんを待たせるなんて、1億と1年早いですよね」
神楽の自虐的なノリが僕を冷静にした。
いつもも神楽だ。気負う必要はない。
「神楽、今日は楽しもう」
「うん、秦くん、よろしくね」
なんと神楽が腕を組んできた。
あの神楽美心にしては大胆すぎる。
「お、おう。よろしくな」
「あっ!」
うわずった声で挨拶を返すと、神楽が軽く叫んだ。
「どうしたんだ?」
「名前呼びもしないといけないんだった」
(えっ、神楽さん、最初に宿題するの⁉)
「けど、ムリだよぉぉっっ!」
神楽は両手で顔を隠す。
いきなりは無理だから、僕としても助かった。
「じゃあ、適当に歩くか」
待ち合わせたのは、僕の家の最寄り駅付近。学校からも近い。
日常的に見慣れた景色ではあるが、私服の神楽が横にいるだけで新鮮だった。
由緒正しい寺が多かったり、日本情緒豊かな商店街があったり。このあたりは、外国人を中心に観光客が多い。
周りの観光客たちの存在も、非日常的な気分になる原因かもしれない。
有名な寺の門をくぐる。すると、大正ロマンな商店街が広がっていた。着物や足袋など和装の店。人形焼きや煎餅を中心とした店などなど。どの店も活気がある。
女性向けの小物屋の前で、僕はある物を見つけた。
「これ、神楽に似合いそうだな」
かんざしだった。先端は花の形をしている。デイジーの花だと、商品説明の紙に書いてあった。
「記念にプレゼントしようか?」
「ううん、あたしなんかに秦くんのお金を使わせるなんて、恐れ多いです」
神楽さん、ダウナー美心のステータス異常になってしまった。
(最近、マシだったんだが、今朝から激しいな)
「遠慮するなって。いつも助けてもらってるから、お礼をさせてくれ」
「で、でも……」
「これはオフコラボのためなんだ」
「えっ?」
「僕からプレゼントをもらったと配信で報告してほしい。間違いなく、『てぇてぇ』のコメントが飛んでくるから」
「……そ、そうだよね。配信のためだよね」
ため息を吐く神楽さん。
落ち込んでいるように見えた。
女の子は複雑すぎる。VTuberでは女の子を演じているのに。
「ありがとう。大切に使わせてもらうから」
なにはともあれ、受け取ってもらえた。
しばらく商店街を歩き、寺の入り口に着く。人がゴミのようだった。
(はぐれないように気をつけないとな)
そう思っていたら、手に温もりを感じた。神楽だった。僕の指先に、彼女の細い指が当たる。
「どうしたんだ?」
「……オフコラボでは手を繋ぐみたいだし、配信のためだから」
「そ、そう。配信のためなんだ」
なら、仕方ない。僕は神楽の手を握りしめる。
寺を詣でる。出たときには、お昼近くになっていた。
寺の出口付近。店頭販売の飲食店が密集していた。
「ここのメンチカツ美味いんだ」
「……食べていいかな? 秦くんの好みを勉強したいから」
青い瞳はひたすらまっすぐだった。
ドキリとすると同時に、どうして僕のためにと思わなくもない。
神楽の作る弁当は日増しに僕好みの味になっていた。
データが溜まれば溜まるほどAIが精度を増していくように、僕好みの味を勉強しているからかもしれない。
「いつも弁当ありがとな。でも、ムリしなくていいから」
彼女の努力がうれしくて、素直に感謝した。
メンチカツと、メロンパン、プリンを買って、歩きながら食べる。
小さな口でハムハムする神楽はリスっぽい。
気づけば、モールの近くに来ていた。
「買い物でもするか?」
「うん、今度はあたしが秦くんにプレゼントするね」
「……じゃあ、本がいいかな。ここ、本屋もあるし」
モール2階の本屋へ行くことに。
ところが、本屋の手前で事件があった。
とある店の前。女性のマネキンがあるのはいい。問題は、マネキンが身に着けているのは、オサレな下着だけということ。
失念していた。ランジェリーショップがあったんだった。
(ひとりだったら、うつむいて歩くんだけどなぁ)
いまは隣に神楽がいる。
僕が下着を意識しているとバレないように、通り抜けないといけない。
気づいていないフリをするのが、絶対にして唯一の選択肢かな。
とにかく、無心で本屋を目指そうと思った矢先のことだった。
「秦くん、今日はオフコラボだよね?」
下着売り場の入り口で、神楽は足を止めた。
(なぜ、ここで⁉)
嫌な予感がしながらも、僕は首を縦に振った。
「あたし、かなでさんにプレゼントがあるの」
「そ、そうなんだ」
思わず声がうわずる。
(詩音じゃなくて、かなでなの?)
そう疑問に感じていたら。
「女の子同士なんだから、下着を選んでもいいよね?」
案の定、不安が的中した。
「いや、それはムリがあると……」
夢咲かなではバーチャル美少女である。二次元であり、リアルには存在しない。
「一緒に下着を見たって言ったら、リスナーさんも喜ぶと思うの」
僕は相棒の目をのぞき見る。
濁り気のない純粋な瞳でした。
「けど、僕の体格じゃムリだしなぁ」
なんとか理由をつけて、断ろうとする。
「だったら、あたしの下着を選んでくれるかな?」
「ふぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっっ⁉」
思わず叫んでしまった。
(神楽さん、なにを言ってくださいますの⁉)
内心の声が、夢咲かなで口調になってしまった。
周囲の人たちの注目を浴びて、冷静になる。
「かなでさんに下着を選んでもらったと言ったら、てぇてぇの嵐間違いなしかも」
神楽美心、全力の上目遣いである。ハンパなくかわいい。
「お、おう」
(間違いなく、リスナーさんは喜んでくれるな)
それにしても、マジで困った。
そもそも、今日遊びにきたのは、配信のためのオフコラボである。
神楽がリスナーさんのためと言っている以上は、断りにくい。
むしろ、仕事を最優先にするなら、恥ずかしくても我慢すべきだ。
問題は僕が男であること。
夢咲かなでは女だけど、魂は男である。
夢咲かなでだけを見ているリスナーさんにとっては正解なんだが。
(いっそのこと男だと公表したくなるなぁ)
幸か不幸か、夢咲かなでは女性が演じていると思われている。
あえて、訂正するのもなんだし、そのままにしていた。男だと明かせば、悩まなくて済んだのに。
「わかった。僕の体は男だけど、心は女ということで」
そう自分を納得させ、ランジェリーショップに足を踏み入れる。
メチャクチャ緊張して、前も見られない。
「秦くん、どういうのがいいかな?」
そう言われても、困るんですけど。
しかし、かなでがひびきの下着を選ぶ設定で来ている。僕が動かないとウソになる。
僕は近くにあったピンクの下着を手に取る。
ピンクなら特別に派手でもない。選択肢としては無難だろう。
形を確かめもせず、神楽に渡す。
「……秦くん、こういうのがいいんだ?」
「ま、まあな」
安全策に出たのだが、なぜか神楽は急に真っ赤になっている。
「わかった。秦くんの頼みだもん、試着してみるね」
そう言って、神楽は試着室へ入っていった。
数分後。試着室のカーテンが開いて。
「……秦くん、どう?」
すばらしい。すばらしすぎる。
お椀型の双丘は、薄い布しか覆う物がない。おかげで、普段は拝めなかった形がよくわかる。肌も白くて、プリンプリンしている。語彙力崩壊。
上は思ったよりも大丈夫だった。
姉がうちにいた頃、下着姿でうろついていたおかげで耐性がついたのかもしれない。
ところが、下をみたとたんに。
「えっ?」
僕は目を疑った。
布の面積は少ないし、両サイドは紐なんですけど⁉
ド派手なデザインでした。僕、確認しないで、とんでもないのを渡していたらしい。神楽が恥ずかしがるわけだ。
しかし、よくよく見れば、そこまでエッチではない。
露出が大胆なのに奇跡である。BANされないように、特殊スキルを発動させているのかな?
「陰キャだし……あたしには似合わないかな?」
おとなしいのに、意思が強い神楽美心という女の子。攻めた下着は彼女の本質を突いているのかもしれない。
「むしろ、神楽にはぴったりすぎる」
そう言うと、神楽は相好を崩した。
「じゃあ、これにする。かなでさんに褒められたって、配信で言わせてもらうね」
「それなら、良かった」
神楽が会計している間。
(今日はオフコラボ。手を繋ぐのも、下着を選ぶのも配信のため)
僕は店の前で何度も唱えていた。
神楽がランジェリーショップの紙袋を持って、店から出てきたときだった。
神楽は足を止め、口をあんぐり開ける。
「あんた、あーしに用あるの?」
どこかで聞いたことのある声がして、僕は振り返る。
神楽の視線の先には。
「銀髪ちゃん、もしかして、」
見覚えのある顔があって。
「同クラの陰キャじゃん?」
同クラのギャルは、僕と神楽をじろじろと見て。
「あれれ、彼氏くんに下着を選んでもらってたのかな。やるじゃん」
複雑な笑みをこぼした。
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