第19話 オフコラボ配信

 午後3時になる。午前中から勉強会をしていて、さすがに疲れてきた。


「ねえ、細野様。気分転換に、少しだけ配信していいですか?」


 いちおう、マネージャにお伺いを立てる。


「神楽のおかげで、数学も進んだし。いいかな?」

「うーん、マネージャとしては迷うところね~」

「そこをなんとか」

「テストで良い点を取るって約束してくれる~?」

「うっ」


 約束できるくらいだったら、最初から苦労してないし。


 細野さん、のほほんとしたお姉さん風でいて、一筋縄ではいかない。


 困っていたら。


「あの~」


 神楽がおずおずと手を上げる。


「オフコラボはどうかな?」

「美心ちゃん~案があるのね」

「かなでちゃんと、ひびきが、配信で一緒に勉強するの」


 神楽は僕に意味ありげな目を向ける。


「だったら、問題ないでしょ?」

「それな」


 さすが、相棒。発想がすばらしい。

 ところが。


「黙々と勉強するだけでは、配信としては面白みに欠けるわね~」


 マネージャは難色を示す。

 言われてみれば納得できる。


 VTuberは基本的に配信中は話し続ける。数秒の間や、くしゃみが出そうなときや、その他やむなき事情で席を外すこともあるが。


「でも、生活音を垂れ流す配信も少しだけど見たことある」


 神楽が言う。


「僕たちが勉強してる音をそのまま流すってか?」


 神楽がコクリとうなずく。

 

「他には、クイズ形式にするとかは~?」


 細野からも提案があった。


「ふたり仲良く勉強して、てぇてぇ雰囲気も出せたら良いかも~」

「でも、それだと勉強できるか……」

「息抜きなんでしょ~?」

「ああ」

「なら、割り切って楽しんじゃえば~」

「……」

「それに、心あらずな状態で配信しても~リスナーさんは楽しんでくれないよ~」

「そうだな、クイズにしよう」


 マネージャからの許可も出た。


 VTuberは趣味であり、仕事でもある。中途半端にはしたくない。

 リスナーさんに楽しく、安らぎの時間を届ける。それが、大前提だ。


 クイズだと娯楽と教養を重視する感じだろうが。


「枠は僕のところで立てるけど、いいかな?」

「もちろん。あたし、デスクトップPCを借りて、サムネを作るね。5分ぐらい見てもらえるかな」

「5分でできるのか。速いな」


 手分けして、配信の準備を進める。

 いま、3時10分。サムネもできて、枠を立てるのが、15分頃。30分から開始だな。

 ゲリラ配信する旨をSNSで告知する。


 きっちり5分でサムネイルもできあがり、動画サイトでライブ配信の設定を済ませる。


 時間どおりに配信を始めた。


「みなさん、こんユメ。夢咲ゆめさきかなでですの」

「こんひび、舞姫ひびきです。今日は、かなでさんのおうちにお邪魔してまーす」


 コメントがあった。

『オフコラボ、てぇてぇ』

『待ってたよ、オフコラボ!』


「ワタクシとひびきさん、期末試験が近いですの」

「かなでさんと一緒にテスト勉強してるの」


 コメント欄を確認する。


『勉強会てぇてぇ』

『助かる』

『女同士の保健体育かな、はかどるわぁ』


 みんな、僕を女子だと信じている。きっと、女の子同士が仲睦まじく勉強している光景を想像しているわけで。詐欺師になった気分で申し訳なくなる。


(とてもじゃないが、魂が男だなんて言えないな……)


「期末試験前なので、今日は勉強をしたいと思いますですの」

「クイズ形式で、ひびきとかなでさんが交互に問題を出し合うスタイルね」

「1時間目は国語ですの。ひびきさんが出題者で、ワタクシが答えますわ」


 神楽が問題文を打ち込む。


「『あんたなんかのこと、大っ嫌いなんだからねっ!』

 このセリフを書いたときの作者の心情を答えなさい」


 斜め上の問題だった。

 現国の教科書にラノベあったかな? いや、入試でラノベが使われたケースもあるか。


「夢咲さん。答えは?」


 問題の内容的に試験勉強の役に立つとは思えない。

 なら、真面目に答えるだけ時間のムダ。リスナーさんに楽しんでもらえる答えを導く必要がある。

 と思ったら、メチャクチャ難しいんですけど。


「あと5秒。4、3――」


 制限時間があるのか。

 とりあえず、なにか言わないと。


「どうせ、ヒロインは主人公が大好きですなんでしょ。いわゆる、ツンデレというものですわ。『ツンデレヒロイン、チョロくてかわいい』と思ってたんじゃないのかしら」


 舞姫ひびきこと神楽美心は数秒、タメを作り。


「ぶっぶっぶー……ですの」


 夢咲かなで口調で、不正解を告げる。


 神楽の声で、「ですの」は無理がある。ギャップがみんなに受けた。


「正解は……『今さらツンデレヒロイン? でも、編集からベタなツンデレを要求されたから、しゃーないわな。1周回って最近の読者には真新しいのかもしれない。というか、オレも10数年前のツンデレブームは大好きだったな。ああ、オレも貧乳美少女に罵られてぇ』でした」

「知るかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 思わず、素で叫んでから。


「……ですの」


 とってつけたように、夢咲かなでの語尾を入れる。


 すかさず、コメント欄をチェックする。

『行間読みすぎだろ』

『作者はMかよwww』

『ボク、ひびきちゃんにチ○ポ踏まれたい』


 コメント欄は大爆笑だった。最後のは変態だが。

 

 反応は上々だ。この調子で進めよう。


「じゃあ、2問目は社会。ワタクシの問いに答えてくださいましね」

「かなでさん、わかった。ひびき、本気出す」


 僕は問題文を打ち込む。


「ギリシャ神話の神エロス。エロスは人々に何をして遊んでいましたか?」


 舞姫ひびきの魂は固まった。

 理由は察し。エロスという言葉を聞いて、恥ずかしくなったのだろう。


(悪く思うな、リスナーを喜ばせないといけないんだ)


 どう切り抜けるか、神楽を見守っていたら。


「あっ、ひびき、わかっちゃったかも」


 銀髪のアバターは、かわいらしく小首をかしげ。


「スカートをめくって、パンツをチェックしていた」


 清楚な顔をして、とんでもないことを言い放った。


「パンツですの?」

「だって、エロスさんってエッチな神さまだし。パンツを見て、人々の健康状態を確認していたのかも」

「パンツと健康状態は関係ありますの⁉」

「エロスさんは偉大な神さま。パンツだけで、その人のすべてがわかると思うなぁ」


 ASMRな声でセンシティブな発言をする舞姫ひびきこと神楽美心。普段の彼女からは信じられないキャラだ。


 2Dモデルも清楚な巫女さんなので、ギャップはすさまじい。ドルチェの清純担当とはいったい……?


「……不正解ですの」


 僕は答えを告げる。


「エロスは黄金の矢を持っていますの。その矢で射られた人間は、激しい愛情にとりつかれたと言われていますわ。好きな人に対して、性欲を暴走させたようです。いわゆる、媚薬ですの」

「……ああ、そっちなのね」


 媚薬も定番ネタだしな。


 そのあと、2時間ほど配信をして、終える。

 気づけば、夕方になっていた。


 神楽と細野を駅まで送る途中、3人で配信について振り返っていた。


 信号待ちのときに、細野がリスナーのコメントを抜粋で読み上げる。


『パンツで盛り上げるひびきたん最高だった~』『パンツは安らぎ』『2学期の中間テストもお願い』


 好評だったのかな。


「神楽。パンツネタ受けて良かったな」

「あうぅぅっっ」


 素の人格になったら、恥ずかしがる神楽さん。


「詩音ちゃん、セクハラだよ~」

「す、すいません」


 僕が謝ると。


「ううん、あたしみたいな陰キャが人に喜んでもらえたんだから」

「神楽」

「恥ずかしいけど、うれしいかな」


 傾きかけた太陽が、神楽の頬を朱に染める。

 清らかな横顔に見とれそうになった。


 VTuberになって良かったかも。

 神楽のキレイな顔を見れたのだから。


 その一方で、あらためて決意した。

 リスナーに安らぎを届けるには。

 もっと勉強しないと。

 学校の勉強だけでなく、VTuberに必要なことも。


   ○


 試験まで、必死に勉強した。

 おかげで、想定以上の点数が取れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る