第17話 ギャルと陰キャとVTuber
「あんたら、さっき、星空シャンテの名前を出したじゃん?」
茶髪ギャルが語尾を上げて言う。
昼休み、いつものメンツで食事していたら、突如、ギャルが僕たちのところに来たのだ。しかも、相手は前に神楽をいじめていた奴。
本音を言えば、ギャルに関わりたくない。神楽がいなければ、戦略的撤退をしたかった。
「おま、また、神楽にちょっかい出す気か?」
けん制のつもりで言ったら。
「はっ。そんなつもりねえし。あーし、貴重な時間を陰キャのために使いたくねえんですけど」
「す、すまん」
言い方はアレだけど、とりあえず危害を加える気がないらしい。
胸をなで下ろすと同時に、どう対処しようか頭を悩ませ始めた。
(ギャル、世界から滅亡してくれねえかな)
配信で言おうものなら、炎上間違いなし。
複雑化した現代社会と、コンプライアンス教育。もちろん、いろんな人たちに配慮するのはリアル、ネットを問わず大事だと思う。
でも、ギャルが苦手なのは苦手。
湧き上がる不快感は意識したからといって、消せるものではない。
(誰かが助けてください)
願っていたら。
「スマホで星空シャンテの動画を見てたんだ~」
敏腕マネージャが対応してくれた。
さすがは、細野日和嬢。ギャルと臆せずに話せるだけで、尊敬に値する。
まあ、細野も陽キャだ。クラスのカーストでも割と上位にいる。というかスクールカーストなんか無視して、いろんな人と仲良くするタイプだった。
そのためか、最上位グループからも一目置かれている。なお、最上位グループには、目の前のギャルもいる。
「ヒヨリッチは別として、陰キャにはボ……星空シャンテは、1億年早いんですけどぉぉ」
ギャル、露骨すぎると思いきや。
「でも、チャンネル登録だけはしてほしいじゃん……ってか、しろ。なんなら、メンバー登録もな」
僕と神楽を睨んで、上から命令してくる。
とりあえず、無視するにかぎる。
細野は笑顔を崩さないでいるから、大人だ。
「わたしたち星空シャンテのファンなんだ~。もしかして、
「もちろん。だって、星空シャンテ、今一番イケてるじゃん」
「わかる~。ポンコツトークは面白くて、歌は熱いもんね~。ギャップ萌えがたまらんのよ~」
ギャルはうれしそうに栗色の髪をかく。
細野との会話で、名前を思い出した。
「さす、シャンテちゃん。あーしが応援するにふさわしいじゃん」
好きなタレントを褒められて、自分も褒められたと思うタイプか。
どちらにしても、プライド高い。
陽キャとギャルの会話を遮るように。
「……青葉さん、英語ネイティブ並みだしね。シャンテさんに似てるかも」
そうつぶやいたのは、神楽だった。
声のニュアンスからは感心しているように思われた。
自分をいじめた相手を褒めるなんて、褒めるなんて、良い奴すぎる。
「あったりまえじゃん。あーし、天才だもん。子どもの頃から毎年夏休みはアメリカなんだぁ。しかも、T大生の兄があーしの家庭教師でさ、期末テストも学年1位を目指すっての」
青葉は神楽を相手に鼻高々に話している。
「T大生のお兄さんも、シャンテさんとの共通点だね」
「それな……陰キャ、おまえは意外と良い奴じゃん」
満更でもなさそうなギャル。
(おまえ、神楽のことが嫌いなんじゃ)
単純なのかもしれない。ちょっとおだてれば、簡単に評価を変えるのだから。
ノリで生きている可能性まである。
だとしたら、前に神楽をいじめたのも、その場の気分だったとか。被害者からしたら冗談じゃないが。
まあ、神楽が普通に話してるし、僕がしゃしゃり出ることではない。
僕は神楽の保護者ではなく、対等な仲間だ。見守ろう。
「そういえば、あんた、最近、睡眠魔法が弱くなったんじゃね?」
「へっ?」
「つーか、あーし、睡眠耐性ないじゃん。前は、あんたの声で立ったまま居眠りしてたし」
まさかギャルも神楽のボイトレの効果を実感していたとは。
なにはともあれ。
会話を通して、青葉から神楽に対する悪意は消えている。
ホントにノリで生きてるだけで、青葉も悪い奴ではないのかもしれない。
青葉との関係が改善し、神楽が学校ですごしやすくなればいいな。
そう願っていたら。
「そういえば、陰キャの声って……ううん、あーしの勘違いか。んな、はずないし」
青葉は顎に手を添え、首をかしげる。
「まあ、いいか。邪魔したぜ」
青葉は僕たちに背を向けた。
「あーしと星空シャンテを誉めたたえるがええじゃん」
青葉は去って行く。
最後まで承認欲求が高い人だった。
あと、星空シャンテ愛もハンパない。
普通、好きなタレントがいたとしても、自分とタレントを褒めろだなんて言わない気がする。軽く引いた。
「ふ~、疲れた」
神楽がため息を吐き、脱力する。
(やっぱ、緊張してたんだな)
「大丈夫か?」
「うん、最近、夜の営みが激しくて……あたしのここ……強くなったのかも」
神楽は豊かな心臓に手を添えて、ASMRボイスでささやく。
いかにも、ご褒美な状況なのに。
「あの子、おとなしそうな顔で、勤しんでるんだね」「来月には、赤ちゃんを教室に連れてくるのかな」「あたし赤ちゃんになりたい……ばぶぅ」
と、近くの女子たちが噂するのが聞こえてきた。
(神楽さん、配信は『夜の営み』じゃありませんよ)
訂正したいけれど、『配信』という言葉は身バレリスクの問題で出したくない。
どう誤魔化そうか迷っていたら。
「まあ、美心ちゃんは、ひとりでできる夜の運動をしてるんだけどね~」
細野が助けてくれたのはいいが。
「ひとりでしてるんだって」「陰キャだもんね」「……そんなことより、マスク×イヤホンのBL同人誌の話をしよ」
それはそれで、別の意味に受け取られるよ。
幸いにも、最後の発言のおかげで、BL同人誌に話題になってくれたけど。
とりあえず、話を戻そう。
「僕もソロ活動を始めてから、リアルが充実してきたというか。疲れるんだけど、毎日がすっきりするんだよな」
実際、VTuberを始めてから、毎日が楽しい。
「そう。あたしも……胸のモヤモヤがなくなってきたかも」
バーチャルの活動は、リアルにも良い影響をもたらす。
そう、実感していた。
(それにしても、神楽も変わったよな)
前よりも自信を持って話している。
彼女の成長を見ていると、自分まで勇気が出てくる。
感動していたら。
「ところで、君たち~」
細野が真顔で僕たちに呼びかける。
「期末テスト大丈夫かな~?」
現実に引き戻された。
期末試験まで、1週間しかないんだった。
「成績悪くても、わたしのせいにしないでよ~」
「うっ」
釘を刺されてしまった。
最近、勉強がおろそかになっている。VTuber活動は忙しいのは事実だが、成績不振の理由にはならない。
自分の意思でVTuberになったわけだし、細野が言うように会社のせいにはできない。
軽く焦っていたら、神楽が聖女のような顔で僕を見る。
「……あたしでよければ、勉強を手伝うよ」
「お願いします」
僕は神楽に頭を下げた。
「じゃあ、明日は土曜日だし、詩音ちゃんの家で勉強会ね~」
「うん、勉強会かぁ……夢を見てるみたい」
神楽は微笑む。
昼休みが終わろうとしていた。
いつしか雨はやみ、太陽の陽ざしが窓から差し込んできた。
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