第4章 オフコラボ

第16話 昼休み

 初配信から2週間近くすぎた金曜日。昼休み。

 教室から窓の外を見る。小雨がちらつくなか、紫陽花が鮮やかな花を咲かせていた。


「紫陽花、きれいだね」


 一緒に弁当を食べていた神楽かぐらがポツリと言う。


美心みこちゃん、外出ない〜?」


 神楽の隣にいた細野ほそのが微笑を浮かべて言う。


「ほら、銀髪美少女と紫陽花で写真に撮ったら雰囲気出そうかな〜」

「たしかに」


 僕が同意すると、神楽は頬を赤らめる。


「ううん、リアルのあたしなんてナメクジ以下の存在だし……あっ、ナメクジさんごめんなさい。あたしと比べられて、迷惑だよね」


 神楽さん、あいかわらずの調子である。


(最近、自信がついてきたと思ったんだけどな)


 相棒として、僕は彼女を褒めようと。


「神楽が作ってくれた弁当、うまいぞ」

「ううん、秦くんの食生活、心配だから。あたしでよかったら、これからもお弁当を用意するね」


 両親が海外遠征中の僕は、食事がいい加減になりがち。

 そんな僕を見かねて、神楽がお弁当を作ってくれるようになった。


 神楽は少しだけ頬を緩ませる。


 どことなく周囲の視線が僕に集まっている気がする。


 特に男子は。

「メカクレ陰キャとはいえ、女子の手作り弁当なんて」「あいつ、裏切り者だ」「もともと、彼、友だち少ないし」

 手厳しい。


 苦笑いを浮かべていると、神楽が難しい顔をしていた。


「気にしなくていいからな」

「ん、なんのこと?」


 男子の声が聞こえていなかったのか。助かった。


「あたし、お弁当が不安で?」

「えっ?」

「……昨日に比べて、どうかな?」


 頬を朱に染める神楽がいじらしい。


「昨日よりも甘くて、今日の体調的にはありがたいな」

「……だって、あたしたち昨日は夜中まで頑張ったし。秦くん、激しく求めてくるから、あたしも気持ち良くなっちゃって。秦くん、何度も出したあと、腰が痛いって言ったよね。だから、疲れてるのかな――」

「ごめん、大丈夫だから」


 僕は慌てて遮った。


 先ほど以上に周囲の視線を感じる。

「あいつ、夜の弁当まで食ってるんだ?」「最近、日和っちもつるんでるけど、3人でしてるのかな?」「ふたりとも巨乳じゃん。巨乳星人め、俺と入れ替われっての」「あたし、メカクレちゃんにセメラレタイ」

 

(みなさん変な妄想をしていらっしゃるので、神楽さん、言い方には気をつけてくださいまし)


「ゲームしてただけなんだけどな」


 あえて、周りに聞こえるように言う。

 厳密に言えば、配信でゲーム実況をしてたのだが。


 中学時代は音楽漬けだったので、僕はゲームの経験値が足りない。ゲームが上手いVTuber界隈において、僕は少数派だ。


 けれど、配信でゲームをしている以上は、真面目にゲームをやりたくて。今は下手でも、上達していきたいと思っている。


 そこで、配信が終わってから、ボイスチャットで神楽に教えを請うた。


 夜が更けていたにもかかわらず、神楽は応じてくれた。

 というか、神楽さんの上級者スイッチが入ってしまった。できない僕ができるようになるまで、親切丁寧にコツを教えてくれたんだ。


 配信も含めて、4時間近くもゲームをし、最後の方は腰が痛くなったというオチである。


 それだけのことなのに、なぜ神楽は誤解されるように説明するのかな?

 教室ではVTuberをしているなんて説明するわけにもいかず。


「ところで、神楽、もう少し声を抑えようか」

「あぅぅっ、ごめんなさい」

「気にするな。裏を返せば、声が通るようになったんだから」


 以前の神楽は発声法ができていないため、声がボソボソしていた。

 それが裏を返せば眠くなる声につながっていたと思われる。


 ボイトレを始めて1ヵ月。今の彼女は綺麗なささやき声を維持しつつ、クリアな声になっている。

 努力の結果、国語の時間、彼女が教科書を朗読しても寝る生徒が減っていた。


「マネージャとしては美心みこちゃんの身バレは困るけど~ぼかして表現するのも微妙ね~」

「だな。教室だし、気をつけて打ち合わせしようか」

「ごめんね~昼休みまで」

「いや、学校との両立を考えると、昼休みの打ち合わせは理に適ってるし」


 デビュー以来、僕たちは毎日配信を続けていた。

 僕たちみたいな零細駆け出しVTuberは、できるかぎり毎日配信し、露出をあげていきたい。チャンネル登録者数を増やすための定石でもあるし。


 最初の1週間。僕は歌、神楽はASMRの配信を毎日続けた。お互いの得意分野を集中的に投入して、その分野が好きなファンを増やそうと狙ったのだ。


 作戦は功を奏す。7日間で、僕も神楽もチャンネル登録者数が50人を超えた。


 一山越えたので、ゲーム配信を解禁する。

 神楽がゲームに強いから、まず神楽が実験的にゲーム実況をしてみた。


 それが予想外の反響をもたらすとは、誰が予想できただろうか。


 敵の攻撃を避けるときに。

「ふぁん、うふん❤」「いやぁぁん……しょ、しょこはらめぇぇっっ!」

 と、艶っぽい声で絶叫したのだ。


 清純担当VTuberのエロスな声に、みんな大興奮する。

 とあるリスナーさんが、神楽の喘いでるシーンを切り抜いて、自分のチャンネルで配信した。実は、拡散力がある人で、神楽の嬌声動画が軽くバズった。


 神楽が演じる「舞姫ひびき」の名も話題になったわけだ。


 その事件をきっかけに、舞姫ひびきのチャンネル登録者数が増え出す。


 すると、マネージャは次の一手に乗り出す。


 僕と神楽のコラボだ。 

 僕はゲームをしながら女の子よりもかわいい声で歌い、神楽は追加のえちえちボイスを実装する。


 おかげで、ふたりしてチャンネル登録者が急成長した。

 今では、ふたりとも300人を超えている。

 2週間前、合わせて3人だったのが信じられない。


(バズるって良くも悪くも怖ろしいな)


 収益化の条件のひとつに、チャンネル登録者数1000人がある。この勢いが続けば、1ヶ月後ぐらいには達成するはず。


「今日から週末だし、この勢いを維持したいんだけどね~」

「だな。けど、正直、サムネとか配信の準備が地味にメンドイ」


 毎日配信は時間的にもしんどい。配信のネタを考えて、画像編集ソフトでサムネイルを作るだけでも、それなりに時間がかかる。

 メインの配信には、1時間以上は使う。配信後には反省をしたり、神楽や細野と話したり。


 1日4時間以上はVTuberをしている気がする。並みの部活より大変だと思われる。


 VTuberは忙しい。底辺ですら、毎日活動したら、こうなる。人気VTuberはどうやって生きてるんだろうか?


「まあ、自分で決めたことだし、慣れるまではがんばるしかないな」

「……秦くん、愚痴はいつでも聞くからね」


 いつも、神楽さんは優しい。


「ありがとな」

「ううん、秦くんは……大事な人だから」


 ホントにメチャクチャ良い子だ。

 感動していたら。


「わたし、邪魔でしょうから~星空シャンテのアーカイブを見てるね~」


 マネージャはあえて素っ気ない態度を取る。イヤホンを耳につけて、スマホで動画を見始めた。


(うわっ、放置すんなし)


 神楽となにを話そうか、考えていたら。


「ふぇっ⁉」


 細野がかわいらしく叫んだ。


「どうしたんだ?」


 僕が問いかけたのを無視して、細野はイヤホンの片方を神楽に渡す。


 ふたりは身を寄せ合って、スマホを覗き込む。

 数秒後、神楽が固まった。


「どうしたんだ?」

「詩音ちゃんも聞いてみて~」


 細野は神楽に貸していたイヤホンを、僕に差し出してくる。

 僕は耳にはめた。神楽の温もりが残っていて、恥ずかしくなる。


 というか、細野も移動してきて、僕の横に並んだ。肩が触れ合い、夏服を盛り上げる膨らみを斜め上から見る形になる。


(すげえな)


 細野が動画を再生し、一瞬で現実に引き戻された。


「ウソだろ……」


 僕まで驚いてしまった。


 というのも、デビューから3ヵ月で、50万人を超えた、人気VTuber星空シャンテが。

 神楽演じる舞姫ひびきの名前に言及していたのだから。


「まさか、星空シャンテが!」


 つい、僕は叫んでしまった。

 すると、教室の遠くの方で、椅子が倒れる音がして。

 そのギャルは椅子を直すと、僕を睨んだまま近づいてきた。

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