第15話 1000への道
「2人あわせてのチャンネル登録者数が……3人。運営として申し訳ないわ~」
細野がうなだれる。
(大人に見えても同級生なんだなぁ)
落ち込む細野を少し冷静な目で見てしまい、申し訳なく思っていると。
「ただ、安心材料もあったわ~」
本人は豊かな胸に手を添え、微笑を浮かべる。
立ち直りの早さに感動しかけるが。
「ライブ配信中のコメント、割と良い反応だったんだよね~。詩音ちゃんは歌が上手いし~美心ちゃんは天然ASMRボイスが新人離れしてたから~」
言葉とは裏腹に、声からは無理している感じが伝わってきた。よく観察すると、笑顔もどことなくぎこちない。
僕たちを励まそうと、わざと明るく振る舞っているのだろう。
ならば、気づかなかったフリをしておくか。
「まあ、いきなり人気が出るなんて、そんなに甘くないってことだろ」
「そうね。チェンネル登録を増やすには、地道な努力が必要と聞くし」
僕と神楽がフォローすると。
「ありがとう~事務所の宣伝不足が最大の敗因なのに気を遣わせちゃって~」
細野は苦笑いを噛みつぶしたような顔をする。
いいことを思いついた。
「細野のせいじゃないし。社長がケチったのが、すべて悪い」
ここにいない第三者を悪に仕立て上げれば、罪悪感に苦しまなくて済む。
「詩音ちゃん、気持ちはありがたく受け取っておくね~」
「……」
「でも、やっぱり、情けないなぁ~」
「情けない?」
気休めのフォローではなく、細野の気持ちを聞くことにした。
愚痴でもなんでもいい。吐き出させて、少しでも気が楽になればいい。
「大手の子で初配信の途中に10万人を突破したり、星空シャンテみたいに3ヵ月ぐらいで50万人突破をしたり」
「そうだな」
「もちろん、本人たちは面白いし、努力もしている。すごい倍率のオーディションを勝ち抜いてデビューしただけのことはある」
気がついたら、いつもの間延びしたしゃべり方ではなかった。
「でもね、うちの詩音ちゃんや美心ちゃんも才能なら負けてない。ふたりは逸材だから」
面と向かって褒められると恥ずかしいが。
「ありがとな。僕たちを選んでくれて」
ここで謙遜すれば、細野の思いを踏みにじることになる。
「日和さん、あたし本当に感謝してるんだから」
神楽も同じように考えたのか、珍しく褒め言葉を素直に受け取る。
神楽の穏やかな声は、心の底から細野に寄り添っていて、優しい子なんだなって実感する。
「でも、事務所が最底辺だから……ふたりに報いてあげられなくて、苦しいの」
それきり、細野は口を閉ざした。
さすがのマネージャも社長がやる気がなかったら、どうにもならないのだろう。
もちろん、僕たちに妙案があるわけでもない。
あらためて考える。
僕たちは企業に所属するVTuberである。
自分が楽しむだけの個人勢ならともかく、収益化を目指さなければいけない。お金と時間をかけて、仕事でやっているのだから。
運営企業に金銭的な余裕があったり、覚悟があったりすれば、充分な投資もしてもらえただろう。
しかし、うちは残念ながら、やる気のない零細運営だ。
ないものねだりをしても意味がない。
働いた経験のある大人だったら、解決策を見つけられるのかもしれない。
少なくとも、僕たち高校生の手に負える内容ではない。
ならば、僕にできることは、たったひとつ。
それは――。
沈黙が流れる。
1分、2分、3分と時がすぎていく。
その間、僕と神楽は黙って。
ただ、ただ、いつも世話になっているマネージャに寄り添った。
神楽も僕と同じことを考えていたらしい。
「ふたりともありがとう。なにも言わずに、あたしの気持ちを一緒に味わってくれて」
僕たちができることは、細野に共感すること。気持ちに寄り添えば、特別な言葉はいらない。
細野の顔が本当の意味で明るくなって、僕は胸をなで下ろす。
午後3時から初配信をしてからの反省会。そろそろ6月の陽も傾き始めている。
お開きにしようか。そう思ったときだ。
「あたし、陰キャだから」
唐突に、神楽がつぶやく。
神楽の青い瞳は、修行を積んだ僧侶のように達観していた。
「あたしみたいな陰キャにとって……注目されないのなんて当たり前だから」
「……」
「むしろ、あたしなんかに1人も登録してくれて……奇跡だと思ってるわ」
僕の相棒は自身を持ってネガティブなことを言う。
いつもの自己否定かと思ったが――。
ハッとさせられた。
僕と細野は、3人という数字を少ないと考えていた。
しかし、神楽が示したものの見方では、1人ですら多いわけで。
同じものを見ても、人によって捉え方は異なる。
神楽は大事なことに気づかせてくれた。
たった1人、なのか。
1人もいる、なのか。
考え方次第で、気持ちは大きく変わる。
あらためて、神楽美心という少女に尊敬の念が湧く。
豆腐メンタルそうでいて、強い子だ。
(ポジティブなんだか、ネガティブなんだか)
とにかく、神楽のおかげで心が軽くなった。
「神楽、おかげで、僕も気づいた」
「うん、秦くん、教えて」
僕に道を示した陰キャは謙虚に耳を傾ける。
「たとえば、星空シャンテは雲の上の存在だ。本人の才能や努力、事務所の実力や金、時の運。いろんな要素が絡み合って、結果を出している」
「そ、そうだね」
「彼女と比べても、メンタルが病むだけ」
「う、うん」
「僕たちは、僕たちの活動をすればいい」
神楽は深くうなずき、細野はポンと手を叩く。
「今、チャンネル登録者数は3人だけど、まずは3人に喜んでもらって」
僕は神楽と細野を見渡して。
「僕たちの配信を見てくれた人に、僕たちの安らぎを届けようじゃないか」
「そ、そうだね」
「そして、3を10にして。10からまた増やして」
ふたりの眼差しが僕の口に向けられる。
コンサート会場で数百人の聴衆に見られるときよりも、気分が高揚していた。
「10を100に、100を1000にしてやろうぜ」
「そ、そうね~。目指せ、1000人からの収益化よ~」
チャンネル登録者数が1000人を超えれば、配信サイトが規定する収益化の条件をひとつ満たせる。
「あたし、1000人を目指す。ううん、1000人だと弱気すぎるから、10000人を狙う」
後ろ向きな神楽から強気な言葉が出たのでびっくりした。
「神楽、ずいぶんと前向きだな」
あえて茶化すように褒める。
自称陰キャ女子はキョトンとして、銀髪をいじる。
「ううん、秦くんがいるから。秦くんが勇気をくれるから。あたし、やろうって思えるの」
あいかわらず謙遜している。
すると、細野は僕たちのやり取りを見て。
「ふたりともありがとう~」
微笑んだ。
「マネージャなのに、タレントに慰められるとはね」
マネージャは自分の頬を軽く叩く。
「よし」
元気が出てきたようだ。
打ち上げの最後は、盛り上げて終えよう。
「今の僕たちは無名かもしれない。けれど――」
僕は神楽の透明な瞳を見すえて。
「神楽。おまえの声は綺麗だ。落ち着いた声に癒される」
神楽は真っ赤になる。
「おまえはおまえのままでいい。これからも僕と一緒にいさせてくれ」
「うん、あたし……やる。自分を変えたいから」
「そう。その意気だ」
僕は仲間を励ましてから。
「僕は僕で、本物の女の子に近づきたい。リスナーに安らぎを届けられるように、もっと声と歌を工夫したい」
まあ、バ美肉勢とバレたらバレたで、開き直るつもりではあるんだが。
「この先も楽ではないかもしれんが、僕と神楽ならできる」
「うん、あたしと詩音くんなら大丈夫」
僕が手を前に出すと、神楽が手のひらを乗せてきた。
優しい肌触りだった。
「わたしも全力で仕事するから~」
細野の両手が、僕と神楽を上下から挟んでくる。
「でも、ありがとう~」
満面の笑みを浮かべて。
「目指せ、収益化。バカ社長を見返してやるんだ~」
いつのまにか、雨がやんでいたらしい。窓の外から夕陽が流れ込んでくる。
穏やかな陽ざしが心地よかった。
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