第14話 マネージャ

 神楽の初配信も無事に終わり、僕たちは休んでいた。

 紅茶の芳香と、シフォンケーキの甘さが、疲れた脳を癒してくれる。


「ふたりとも、まずは、お疲れさまだね~」


 マネージャがティーカップを持ち上げて言う。

 僕はケーキを一口食べると、神楽に微笑みかける。


「神楽、ケーキありがとな。マジで美味いぞ」


 実は、神楽お手製のケーキだった。


「ありがと。秦くんも……良い茶葉を使ってるんだね」

「うちの親が遠征先のインドで買ってきたんだ」


 神楽は僕を褒めるけど、褒められる要素どこにあるのかな?

 というのも。


「わたしが入れた紅茶なんだし、おいしくて当然だよ~。だって、わたし、子どもの頃から茶道を習ってるし~」


 僕は何もしてないからだ。


 胸を揺らしてアピールする細野から目をそらしつつ、ふと気づいた。


(1ヵ月以上も一緒に活動してるのに、細野のこと、あまり知らないんだよな)


「茶道と紅茶がどう関係するのかは不明だが、細野って謎が多くない?」

「ふぇっ?」

「陽キャだし、運動部のマネージャが似合いそうなのに、怪しい会社で新人VTuberのマネージャをしてるだろ?」


 そもそも、VTuberの運営企業でマネージャしている人って、全国に何人いるのだろうか。

 しかも、美人爆乳女子高生。希少価値という点ではハンパない。


「いっそのこと顔出して配信すれば、簡単に収益化しそうな気がする。僕たちよりもタレント性ありそうなんじゃね?」

「あたしも、そう思う。日和さん、綺麗だし、スタイル良いから人気出そう」


 神楽も同意してくれた。


「いやいや、照れるな~。遠い親戚の会社だから、仕方なく引き受けてるだけなんだけどね~」

「仕方なく……か」

「ごめん~そういう意味じゃなくて~詩音ちゃんたちのマネージャの仕事は本気でやってるから~」

「わかってる。変なところに突っ込んで悪かった」


 少しでも細野を知りたくて、つい言ってしまったのかもしれない。

 微妙な雰囲気になりかけるが。


「まあ、疑問に感じるのもしょうがないわね~」


 マネージャは微笑を浮かべ、ピンクの髪をかく。


「じゃあ、まずは~うちのことから話そうか」


 気を悪くしてないようで、助かった。


「うちさ~田舎の地主なんだよね~」

「ガチの金持ちじゃんか?」

「詩音ちゃんだって、金持ちだし~」


 細野はリビングの一角を占めるホームシアターを見やる。

 神楽も首を縦に振った。


「べつに、うちは金持ちじゃないぞ。親が音楽家だから音響機器に金を使っているだけで」


 音楽家にとって音響機器は、仕事道具みたいなものだ。家で音楽を聴くときも、できるだけ良い音質で聞きたいと、親は常々言っている。


「それに、経費処理できるとかで、税理士と相談して買ってるらしい」


 ここで言う経費とは、会社員が考えるものと違う。

 会社員が経費で物を買うと、会社が全額出して業務利用するとイメージする人が多いと聞く。


 しかし、うちの親みたいなフリーランスの場合、経費といっても誰かがお金を払ってくれるわけでない。経費といいつつ、全額自腹で買うのだ。

 では、なぜ経費で音響機器を買うかというと、税金が関係する。仕事で必要なものと税務署に認められれば、税金が安くなるらしい。

 なので、うちの親は税理士と相談したうえで、機材を買っている。


 VTuberの僕も経費で、PCやマイクを買っている。そういう事情もあるので、他人事じゃない。

 今のところは売上0円なので、税金も0円なんだが。


 という事情を細野たちに説明した。


「それ、わかる」「うちも親が会社やってるから」


 簡単に理解してくれて助かった。

 相手によっては、『経費処理できるんだから、焼き肉驕ってくれよ』ぐらい言われるから。


 僕の話はさておき。


「実は、うちの田舎の地主で、いくつか会社を経営してるの~」


 細野も経営者の娘だった。


「細野はマジで金持ちなんだな?」


 マネージャは苦笑いを浮かべる。


「田舎の金持ちって面倒くさいだけよ~。子どもの頃から政治家のおっさんとか、地元の社長とかの相手をさせられてたし~」


 心底嫌そうな顔をする細野日和ひより嬢。


「頭テカテカなおっさんに頭を撫でられるとか日常茶飯事だし~」

「そりゃ、セクハラなんじゃ」

「小学生時代の話だから~」

「余計にヤバいじゃねえか⁉」


 笑って言える細野が地味にすごい。


「それで、家を出たのか?」

「詩音ちゃん、話が早くて助かる~。去年、姉が東京の大学に進学したし~見聞を広げるために、東京の高校に行きたいって親に頼んだんだ~」

「ってことは、いまはお姉さんと住んでるのか?」

「そうよ~。気が楽になって、せいせいしたと思ってたんだけどね~」


 細野はため息を吐く。胸が上下に弾んだので、もはや凶器だ。


「ひとつだけ予想外の出来事があったんだよね~」

「予想外?」

「うん。『見聞を広げたいんだったら、働いてみるのはどうだ?』って、父は言ったの~」


 予想がついた。


「遠い親戚が会社をやってるからって、マナブル興業を紹介されたというわけ~。社長の奥さんは両親とも知り合いで安心してたんだけどね~」


 察しだった。


「引き受けてみたら、ブラック企業だった件~」

「そりゃ、ご愁傷様としか言えん」


 なぜか、神楽がうつむく。


「美心ちゃん、どうしたの~?」

「あたしみたいに……いらない子の面倒を見させて、ごめんなさい」


 あいかわらず、自己否定が激しい。


「美心ちゃん、冗談だって~。わたし、美心ちゃんと仕事できて、楽しいよ~」


 焦った細野は神楽に抱きつく。


尊いてぇてぇ


 真正面から爆乳と巨乳が挨拶。4つの丘は形を変える。


「きっかけはアレだけど~ふたりには感謝してるんだよ~」

「感謝?」

「運営がロクに支援もしないのに~見捨てないでデビューしてくれた~。すっごく感謝してるわ~」

「細野?」

「だから、わたしは自分の仕事を通して~ふたりに報いたいの~」


 マネージャの気持ちが伝わってくる。

 うれしくて、感極まってくる。


 照れくさくなってきたので、紅茶を飲もうとした。

 カップのなかは空っぽだった。

 現実に引き戻される。


 ちょうど、みんなも紅茶を飲み終わっていた。 

 そろそろ休憩は終わりだ。


「……ありがとう。僕たち、これからどうすればいいのかな?」


 僕の発言で空気が重くなる。

 というのも。


「チャンネル登録者数は、僕が2人で、神楽が1人。やっぱ難しいよな」


 世の中、そう甘くはない。

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