第11話 みんなよう見とる
「あのさ~みんなで見たい配信があるの~」
「そうなんだ、秘密の特訓は終わったから大丈夫だ」
僕の自室に呼びに来た細野に答えると。
「ふーん、真っ昼間から夜の特訓はしてないでしょうね~」
マネージャにはジト目を向けられ。
「夜の特訓……?」
同期には首をかしげられるのだった。
「とにかく、リビングで配信みよう」
僕は逃げるように自室を出た。
それから、しばらくして。
ホームシアターの大画面に、バーチャルの美少女が映っていた。
赤髪の2Dモデルのキャラが、熱い声音で歌っている。
「彼女は星空シャンテ」
「あたし、知ってる。デビューから3ヵ月だけど、いま、もっとも勢いがある子」
「まあ、大手事務所だからね~」
細野が苦笑いを浮かべる。
「大手だと、初配信中にチャンネル登録者数、10万人を突破するケースもあるし~」
「大手のブランドと宣伝力はさすがだな」
「先輩たちが築いてきた財産も大きいけど、厳しいオーディションを合格した猛者だしね~。リスナーの期待感はハンパないと思う~」
「どっかの会社とは大違いだ」
僕は皮肉を言いながらも、裏では冷静でいた。
『大手だから、うちではできない』と理由をつけていても、自分たちの成長は見込めないし。
「神楽は、星空シャンテについて、どう見ているんだ?」
「彼女、日本語ネイティブなんだけど、英語が上手いの。日本のオタク文化を英語で発信していて、海外のファンも多いわ。トークも面白いから人気が出るのも納得かな」
神楽もよう見とる。
「美心ちゃんの分析はもっともね~。少し前から海外でもVTuber人気が出始めて~日本市場だけだと視聴者の人数も限られるから~海外のリスナーを集められるのは強みね~」
「今日は、星空シャンテから海外展開の参考をしようとでも?」
将来的に海外展開も見越して、勉強すること自体は良いと思っている。
しかし、今の僕たちには早い気がする。
有能なマネージャの意図を図りかねていたら。
「ううん、今日は別の目的があるの~」
「あっ」
「美心ちゃん、気づいたみたいね~」
「たしか、今日、彼女、50万人耐久歌枠すると言ってた」
「いま熱い子の記念配信を見て、姿勢とか基本的なところで学ぼう作戦なのだ~」
「それなら、僕たちも勉強になりそうだな」
というわけで、僕たちは画面を見つめる。
しばらくして、星空シャンテの歌が終わった。
『すごい。15分で、3000人も増えたじぇ!』
画面の中の少女が叫んだ。
画面には、『49万8000人』と表示されていた。
『11時半に配信が始まったときは、49万5000人だったじゃん』
時計を見る。11時45分。
本人が言うとおり、15分で3000人も増えた計算だ。
『今日は、50万人耐久歌枠。チャンネル登録者数50万人を突破するまで歌い続けるじぇ。24時間連続で歌ったら、どうしよう? マジで心配なんだじぇ』
言葉は謙遜してるけど、心配している口調ではない。
「というか、○○万人耐久枠になると、一気にチャンネル登録者が増えるムーブあるじゃん」
「それな。推測だけど~未登録のリスナーさんにしてみたら、自分が登録したらお祭りに参加してる感があるのかもね~」
「あー、なるほどね。あと、『あのアイドルは自分が育てたんだ』と言いたくなる心理に似たものもあるんじゃね?」
「あたしも、ふたりの意見に賛成」
『みんな、ボクのチャンネルを登録してくれて、ありがとうだじぇ』
星空シャンテの声は極めて明るい。天然の陽キャオーラがハンパない。
画面越しなのに、圧倒的な存在感を感じつつも。
『だじぇ』という独特の語尾は親しみやすさもある。
憧れと身近さ。
両立した魅力を、僕は人気VTuberに感じていた。
『えっ、49万9000人超えた? 管理画面だと、変わってないじぇ?』
配信サイトのコメント欄を見る。
5万円のウルチャを払っている人がいた。世の中には金持ちがいるらしい。
『こっちで見ると、9000人超えてるよ~』
『管理画面はタイムラグあるってよ!(^^)!』
などと、リスナーがコメントを書き込むと。
『へえ、とりま、9000人ってことで』
それを見たVTuberが反応する。
(コメント欄、メチャクチャ速く流れてるんですけど⁉)
人気VTuberは動体視力も優れているらしい。
『じゃあ、次の曲。盛り上がっていくじぇ!』
最近流行っているロックの曲が流れた。
歌う。叫ぶ。喉を震わせる。
僕から見れば、特別上手いわけではない。けれど、彼女の歌には気持ちがこもっていた。
歌詞が耳に溶け込んでくる。
不景気で職場を追放された若者の視点だった。若者は実は特別な能力を持っていて、退職後に職場が回らなくなったらしい。元上司が若者を呼び戻そうと連絡してきた。
そんな、世知辛い歌詞だった。
『♪給料を2倍にするから会社に戻ってくれと言われても、もう遅い。おまえらなんか信じられねえんだよ。ざまあ、ざまあ、ざまあ、ざまあ』
若者のやるせなさが激しく伝わってくる。
彼女の歌には怨念がこもっていた。
反骨精神剥き出しの古き良きロッカーの姿を僕は見た。
(というか、この怒りの声、どこかで聞いたことあるぞ)
BGM代わりにVTuber動画を流している。動画が終わると、別の動画が勝手に流れる。知らずに星空シャンテの動画を見ていても不思議ではない。
『もう遅い』系の歌が終わった。
すると。
『おぉぉぉぉっっ! 50万人だじぇ!』
『耐久なのに、30分で終わるんだじぇ。いつもより短いじぇ』
50万人を超えていた。コメントとウルチャが猛烈な勢いで飛び交う。
『けど、あくまでも通過点だ。シャンテの挑戦は50万で終わらねえぞ!』
人気VTuberが放つ熱気に圧倒されていたら。
「おふたりさん、どう感じた?」
唐突に、細野が話題を振ってきた。
「歌は荒削りだが、ファンの気持ちを上手いこと盛り上げられている。こいつは、すげえな」
「あたしも秦くんと似てる意見かな。ファンを楽しませようって意識がすごくて、尊敬できるの」
神楽はノートにメモを取っている。ボイトレのときも感じたけど、かなりマメな子だ。
「でも、これ、勉強になったのかな?」
歌でも経験あるのだが、実力差がありすぎる人を見ても勉強にならないことが多い。
むしろ、相手と自分を下手に比べてしまって、メンタルがダメージ受けた経験も何度かある。
案の定。
「シャンテちゃん、陽キャすぎて、陰キャのあたしには死んでも無理」
「さすが、業界最大手の事務所~。どっかの会社とはちがいすぎる~」
お通夜モードになってしまった。
2人が沈んだから、僕がなんとかしないと。
こういうときにも音楽経験は役立つ。
自分で言うのはなんだが、僕は日本の少年合唱団では注目されていた。
が、世界に目を向ければ、そのかぎりではない。
音楽家の世界には化け物がいる。天才は本当に格がちがう。
中2のときの海外遠征で、僕は才能の差を思い知らされた。
声変わり後にクラシックの世界から身を引いたのも、才能で悩んだから。
普通に男性の音域で歌っても、天才になれないとわかっているから。
それから、1年後。音楽をやめたことを後悔していた。
勝手に自分の才能に見切りをつけて、僕は諦めてしまった。
それが、今の僕には許せない。
もし、神楽が星空シャンテと自分を比較して、才能の壁に苦しむなら――。
僕は、全力で彼女を守りたい。
同じ箱で、一緒に活動する仲間だから。
「神楽には神楽の良さがある」
「えっ?」
神楽は顔を上げる。銀髪がパサリとなびいた。
「神楽のささやき声、僕は好きだぞ」
「秦くん……」
「星空シャンテがどれだけ努力しても、あの声は絶対に出せない。おまえには、おまえだけの力がある。だから――」
僕は青い瞳に訴える。
「他人と比較しないで、自分を貫け」
さらに、僕は続けた。
「僕たちは、僕たちなりの方法で、覇権を目指そうじゃないか」
神楽は何度かまばたきしたあと、微笑んだ。
「あたし、自分に自信がない……けど」
「けど?」
「秦くんが言うなら、あたしには良いところがあるんだね。だから、シャンテちゃんと比べるのやめる」
「ああ、そのとおりだが」
言い淀んでしまう。素直なのは良いんだが、ちょっと困る。
「僕の意見を鵜呑みにしすぎるのは良くないぞ」
「だって、秦くんだから」
とんでもない答えが返ってきた。
「美心ちゃん、それは危険だよ~」
細野が味方になった。陽キャのコミュ力に期待する。
ところが。
「だって、秦くん、こう見えて巨乳好きだよ~。『おっぱい揉ませて』と言ってきたら、触らせるの?」
斜め上の内容だった。
神楽は真っ赤になって、胸を隠すし。
「僕、セクハラはしないからな」
「だよね。秦くんが裏切るわけないし」
だから、神楽よ。僕を信じすぎないでくれという話をしてるんだが。
「話を元に戻すが」
やや強引に話を進める。
「僕と神楽は仲間だけど、あくまでもVTuberは個人活動なんだ。神楽自身の意思でやってほしいというか」
「そ、そうだよね。迷惑だよね……」
神楽がしょんぼりしたので、罪悪感に駆られた。
「別に迷惑じゃないし、突き放すつもりもない」
「……わかってる。あたしが自立しないといけないんだよね」
「そういうことだ」
「あたし変わらなきゃ」
「あんまり無理するなよ」
理解してくれたようで、胸をなで下ろす。
「一件落着したところ悪いけど、研究はまだまだ続くよ~」
マネージャがテレビの画面を指さす。
ウルチャ読みという名の雑談が始まっていた。
ウルチャ読みとは、ウルチャで課金した人の名前を読み上げること。2時間歌ったあとに、2時間ウルチャのお礼をしながら雑談する人もいる。VTuber怖ろしい。
『T大生の兄が勉強できすぎて、JK妹がVTuberになった件について。そんなタイトルでラノベ書こうっかな』
ちょっと引っかかった。
「彼女、女子高生なのか?」
「……本人はJKって言ってるの。ファンは信じてないみたいで、ネタにされてるけど」
神楽が教えてくれた。
VTuber博士だな。よう見とる。
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