第8話 志望動機
神楽は目を隠している髪をかきあげる。透明感あふれる瞳に蛍光灯の光が差し、煌めく。
あまりにも純粋な目に、僕の心が吸い込まれそうになる。
おとなしいと思っていた彼女が、なにかに突き動かされているようだった。
彼女の想いを聴きたくて。
「そこまでの覚悟で……神楽は自分を変えようとしてるんだな?」
僕が感じた神楽美心という女の子の本質を伝え返す。
すると、学校では陰キャな少女は、満面の笑みを浮かべて、大きく首を縦に振る。
「わかってくれてありがとう。やっぱり、秦くんはすごいね」
そこで、なぜ僕を褒める?
首をかしげていたら。
「昼休みの続き、していいかな?」
神楽が上目遣いで聞いてくる。
目が見えているので、破壊力がハンパない。
「お、おう」
「じゃあ、お邪魔なマネージャは席を外すね~」
細野は会議室を出て行った。
定員5人の部屋にふたりきりになる。さっきから神楽がアイドル然としたオーラを放っていて、緊張してきた。
なにか話さなきゃと思って。
「僕でよかったら、神楽の気持ちを教えてくれないか?」
「あうぅぅっ」
神楽は真っ赤になった。なにか変な発言した?
「VTuberになりたい気持ちだから」
「あっ……しょ、しょうだよね」
噛みまくりな神楽さん。小動物系なかわいさです。
つい、微笑ましい目を彼女に向けていたら。
「あたし、自分が嫌いなの」
いきなり重い言葉が飛び出した。
(どう反応したらいいんだよ?)
付き合いは短いなりに、彼女の良さは知っているつもりだ。
僕がフォローしてもいいんだが、神楽は気持ちを聞いてほしがっている。
求めていないアドバイスをしたら、嫌われかねない。
細野を参考にして、自分なりに自然な笑みを浮かべる。
なんでも話していいと身体を使った言語で呼びかけた。
すると、神楽はゆっくりと口を開く。
「音楽の授業で緊張しちゃったり、青葉さんに責められて何も言えなかったり……そういう自分が嫌いなの」
ただ、ただ、僕は神楽の言葉に耳を傾ける。
「……あたし、みっともない陰キャだから」
内気な同級生はうつむく。
しばらく無言の時が流れる。その間、僕は身動きせず、神楽を見守った。
やがて、神楽は手を後ろに回し。
するするっと。
三つ編みをほどいた。
一瞬にして、美少女モードへと変身を遂げる神楽美心。
「あっ」
思わず、驚きの声が漏れてしまった。
というのも。
「VTuberになって、情けない自分から生まれ変わりたいの」
顔を上げた彼女は、別人のようだったから。
ブルーサファイヤの瞳には、まったく濁りがなかった。
「心の底から願ってるんだな」
「うん、舞姫ひびきのアバターを見て、感じたの」
「……」
「あたしも別の自分になれるかもって」
神楽は胸に手を添える。
「あたしたちのアバターが逆だったら、そうは思わなかった」
「神楽が夢咲かなでを演じるってか」
僕が金髪爆乳の夢咲かなで、神楽が銀髪巫女さんの舞姫ひびき。
「夢咲かなでちゃんは遠すぎるかな。憧れるだけで終わりそう」
たしかに、どんなキャラで配信するのか想像つかない。外見と内面のギャップが大きすぎる。
「舞姫ひびきは髪の色も同じだし、親近感があるの」
あまりにも自分とかけ離れているキャラには共感しづらい。
自分と共通する部分もあって、輝いているキャラに人は感情を乗せやすいのだ。
「舞姫ひびきが気に入ったんだな?」
「あたしとちがってかわいいし」
「いや、おまえもかわいいだろ」
つい、本音が漏れてしまった。
神楽は真っ赤になる。失敗だった。
話題を変えよう。
「舞姫ひびきになりたいのはわかったけど」
「けど?」
「細野には悪いけど、残念な事務所じゃん」
神楽は苦虫を噛みつぶしたような顔になる。
「あの社長に関わるんだったら、個人勢でもいいような気がするんだが」
自分でも意地が悪いと思っている。
それでも、神楽の本音を知りたくて。
「なのに、マナブル興業で活動したい理由は?」
志望動機を問いかける。
心の中で謝りながら。
すると、神楽は純粋な目で僕を見つめて。
「初めてだから」
なんの迷いもなく、言い放った。
「えっ?」
「誰かに受け入れられたの」
神楽は口角を上げる。
「あたしは……誰にも必要とされてない、透明な人間だったの」
「透明な人間って」
自己肯定感が低すぎる。
「睡眠魔法ってバカにされる、あたしの声を細野さんが褒めてくれた。オーディションに誘ってくれた」
銀髪は夕陽を浴び、幻想的な美を生み出している。
青葉とかいうギャルが今の神楽を見たら、びっくりするだろう。
「せっかく、あたしみたいなダメな子を選んでくれたから」
神楽は深く息を吸い込んで。
「あたし、細野さんと一緒に活動したいの」
はっきりと意見を告げる。
「それに……」
彼女は僕の方をじっと見つめて。やや頬を赤らめて。
「秦くんがいいの」
とろけそうな声でささやく。
甘いASMRボイスが、僕の鼓動を速める。
声の魅力に呑み込まれかけたが、ふと疑問を感じた。
「なんで、僕なんだ?」
「……あたし、秦くんの歌を生で聞いたことあるんだよ」
「マジで?」
神楽はうなずく。
「中2のクリスマスの時期だった。当時、いじめや進路で悩んでいて、学校に行くのが限界だったの。親にも迷惑をかけたくなくて、休めなくて……ホントに苦しかった」
重い話なのに、神楽の声は暗くない。
「放課後。当てもなく、街をさまよっていたら……歌が聞こえた。クリスマスツリーの前で男の子たちが歌っていたの」
毎年クリスマスの時期、ライトアップされたクリスマスツリーの前で、僕たちの少年合唱団は歌っていた。無料のチャリティコンサートである。そこに神楽が居合わせたのか。
「同じ年ぐらいの男の子が、ソロで歌っていたの」
僕のことだ。ソロで歌った記憶もある。
「彼、男の子なのに、女子よりも透明な声で……人は性別の壁すら乗り越えられる。人間の可能性を思い知らされて、勇気をもらえたの」
「そ、そうなんだ」
さりげないフリをしているが、感動で泣きたくなる。
「看板に合唱団の名前も書いてあったから、メモしたの」
「……」
「ネットで調べたら、秦くんの記事が簡単に見つかった」
顔出し実名で歌手活動をしていたし、仕方がない。
「それから、秦くんは憧れの人になったんだから」
真正面から言われると、恥ずかしくてたまらない。
「高校に入って、同じクラスに秦くんの名前があって、びっくりしたんだから」
「だったら、ひとこと言ってくれても――」
「秦くん、天上人だから。いまだって、勇気を出してるんだよ」
天上人は言いすぎだから。僕、普通に地上人なんだけど。
「秦くんがいなかったら、あたし引きこもりになっていた自信がある」
神楽は胸を張って言った。
(変なところで自信があるんだな)
内心で突っ込む。
「だから、あたしは秦くんと一緒にVTuberをしたいの」
「……神楽?」
「もちろん、同じ
よどみのない青い瞳が僕を捉える。
神楽の気持ちが、ズシンと僕の胸に響いてきた。
彼女の話を聞いているうちに、歌手時代の感情が蘇っていた。
こう見えても、日本人では有数のボーイソプラノとして知られていた。
高評価の演奏もあれば、失敗したときもある。
違いを何度も分析したし、先生からフィードバックされたこともある。
人を感動させる芸術は、打算で生まれるものじゃない。
数年かけて、僕なり出した結論だ。
もちろん、世の中には例外がある。
金ほしさに歌っている、世界トップクラスの歌手もいる。
けれど、少なくとも僕にとっては、欲は芸術の敵である。
僕は純粋に歌いたかったから。
僕の歌を聞く人々に、安らぎを届けたかったから。
だから、僕は歌った。
僕は、過去の自分を取り戻したくて、VTuberになりたいわけで。
僕の声で、トークで、人々に安らぎを届けたい。
打算でVTuberになったところで、僕のあるべき姿じゃない。
「神楽、ありがとう」
「えっ?」
「大切なことを思い出させてくれて」
僕は青い瞳に誓った。
「僕も神楽と一緒にVTuberをやりたい」
「秦くん?」
「同じ箱の仲間として」
本音を打ち明けたのに。
「あたしでいいの?」
またしても、陰キャ同級生は自信がなさそう。
ここまで来たら、いっそのこと恥を捨てよう。
「神楽じゃないとダメなんだ」
今度はきっぱりと断言したら。
「ふぇっ?」
彼女は真っ赤になった。
しまった。完全に誤解される奴だ。
引かれると思ったのに。
「あたしも……かな」
「えっ?」
「秦くんじゃないとダメ」
恥ずかしすぎる。
けど、神楽独特のささやき声が、僕の脳を癒してくれる。
決めた。
事務所の支援が期待できなくても、小さくてもいいから。
僕は神楽美心という少女と。
VTuberになって。
夢を見てみたいんだ。
「なあ、ふたりで覇権を目指そうぜ!」
彼女の瞳に映る僕は、ボーイソプラノ時代のようだった。
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