第3話 同級生とVTuber
「君たち、ふたりとも合格だよ~」
女性面接官がまったりした口調で言う。
首がガクンガクンしてたから、てっきり寝ているのかと。サングラスが紛らわしすぎる。
「それにしても、あなたの声……眠くなるわね。3秒で熟睡したわ」
(やっぱ、寝てたのかよ!)
心の中でツッコミを入れた。
受験者として、隣の少女に同情していると。
「やっぱり、あたしじゃダメ……なんだ」
当の本人は相手を責めるどころか、自己否定していた。
(なに、この子……)
思わず、横を向く。
銀髪少女は目に涙を浮かべていた。
さすがに見ていられなくなり。
「完全に不合格ムーブなんですけど⁉」
隣の子は小首をかしげる。
「僕たち、合格したんだよね?」
こっちまで不安になってきて、語尾が上がってしまう。
すると。
「ふふふふふ」
サングラス女が笑った。すごい。たったそれだけで、胸が揺れてます。
隣の子も大きいけど、面接官はさらに上回っていらっしゃる。
「うふふふ……やっぱり男の子なのね~」
面接官は意味ありげに微笑む。
もしかして、視線がバレた?
「それより、僕たちは合格なんですよね?」
慌てて誤魔化すと。
「そうよ~」
(面接官の間延びした声、やっぱり最近どこかで聞いてるんだよな)
学校でも基本ボッチだし、思い出せないけど。
「まずは、2番のみこちゃんから講評するね~」
隣の少女は、「みこ」というらしい。
「あなた~声がASMRなのよね~」
「ASMR? あたしが?」
Autonomous Sensory Meridian Response《ASMR》。ざっくり説明すると、人間の脳がゾクゾクッと心地よく感じる音だ。具体的には、ささやき声、耳かきの音、咀嚼音、心音など。
ASMRは動画サイトでも人気がある。女性VTuberが甘ったるい声でささやくわけで。動画サイトのAIが不適切だと判断するケースもあるとか。まあ、一部、限界を狙った、えちえちなコンテンツもあるんですけどね。
なお、普通にささやいてもASMRな声が出せるわけではない。VTuberがASMR配信をする際は、専用の機材を使っているらしい。
なのに、みこさんは地声がASMRなのである。
すごい。
というか、みこさん=ASMRだと、みこさんがエッチな人だと思えてしまう。そもそも、ASMR自体、本来はエッチなものではないし。
心が安らぐという点で、みこさんの声はASMR的だと心の中で弁解しておく。
(眠くなるけどね)
眠くなる?
そういえば、最近、どこかで眠くなる声を聞いた気がする。
今度は、はっきりと思い出せた。眠くなる声の持ち主は少ないから。
同じクラスにいる彼女も銀髪で、眠くなる声の持ち主だった。
ふたりには、ふたつも共通点がある。偶然にしてはできすぎている。もしかしたら、姉妹という可能性はありうるかも。
まあ、お互い合格したわけだし、今後も話す機会はある。あとで、聞けばいいか。
話すのが楽しみだなと期待に胸を膨らませていたら。
「少年、そんなに彼女の声に惚れたの~?」
「ぶはっ」
「その反応は図星だね」
面接官は笑って言う。
(声だけではないんですけど)
顔とか、清楚な雰囲気とか。正直、かなり好みです。あと、きれいな曲線を描く胸も。
「きれいな声だと思いました」
恥ずかしいので、一部だけ認めると。
「あ、あぅぅっっ」
銀髪少女は白い肌を真っ赤に染めた。
「彼女については、以上よ~」
面接官が話を打ち切る。
安堵したのか銀髪少女は胸をなで下ろした。
「今度は、少年の番ね~」
「は、はい」
自分が評価される。
緊張のあまり、軽く声がうわずったのも一瞬だけ。
面接官が胸の下で腕を組んだことで変わった。爆乳が、さらに強調された。ブラウスのボタンがはじけ飛ばないか不安になるぐらいの迫力だ。
「あなた、本物の女子みたい~」
「……そ、そうなんですか」
(偽物なんだけどな)
ボイスチェンジャー《ボイチェン》はすごいけど、本物にはなれない。
まあ、ボーイソプラノも、本物の女性とは声の質が違う。変声期前の少年にしか出せない声だから現代でも需要があるわけで。
全盛期でも偽物だった。そう考えると、僕が神経質すぎるのかもしれない。
「そう、やっぱり
隣の少女がつぶやくのが聞こえた。
なんで僕のことを知っているのかな?
そういえば、オーディションの最初に名前を言った。であれば、納得できる。
僕はボーイソプラノ界隈では有名だった。
『天使の声』だとか、『女性よりも女性らしい声』とか持ち上げられ、テレビや雑誌の取材を受けたこともある。実名で報道されたし、僕の名前を覚えていたのだろう。
「というわけで、君たちは合格。あとのことは追って連絡するわ~」
これにて終わりらしい。
ところで、面接官のオジサンは眠ったままだ。
「みこさん、帰り支度してきていいわよ~」
「ひゃ、ひゃい」
隣の銀髪美少女は噛み噛みでお辞儀すると、部屋を出て行く。
僕も帰ろうか。
立ち上がったところで。
「君には特別授業があるの~」
女性面接官が僕を制止する。胸が縦揺れするから、心臓に悪い。胸だけに。
さらに、お姉さんは僕に近づいてきて。
「ねっ、秦詩音君~」
吐息の音が聞こえるほどの距離になったとき、彼女はサングラスとマスクを外した――。
そこから現われた顔には見覚えがあって。
「はい、どうも。
「えっ?」
「わたしたち同じクラスだよね~。ぜんぜん気づいてくれないんだから~」
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっっっっっっっ!」
思わず叫んでしまった。
(爆乳面接官の正体は、同級生だったよ!)
どこかで聞いた声だと思ったら、学校でだった。ボッチだし、他人に興味ないからね。
VTuber事務所の面接に行ったら、面接官が女子高生で、しかも同じクラスの子だった。誰が予測できようか。
「始めから知ってたの?」
「そだよ。だって、君にオーディションの情報を渡したの、わたしだし~」
「なんだと……?」
僕がオーディションのことを知ったのは、学校で自席の上にチラシが置かれていたから。
僕の席の近くに落ちていたのを誰かが拾って、僕の席に置いたのだと思っていた。
まさか、真犯人が名乗り出るとは?
「なんで?」
「学校で君の声を聞いて、一耳惚れだったから~」
ストレートに言われると恥ずかしい。
数年にわたる歌手生活で、それなりに褒められ慣れているんだけどな。爆乳な美少女同級生だと調子が狂う。
「それはいいとして、なんで変装みたいなことを?」
「面接前に、面接官が同級生だと知ったら、動揺するかもしれないでしょ~」
「それはそうなんだけど」
同級生に面接されて気が散るのは困るし、助かったのかな。
「そんなことより、オーディションを受けてくれてありがとう~」
「……チラシを机の上に置くだけなんて、運任せすぎない?」
「大丈夫。他の手段も考えてあったから~」
「他の手段って?」
「色仕掛けとか?」
「……」
「無理やりにでも君をスカウトするつもりだったんだよ~」
手のひらに転がされていたわけで釈然としない。
戸惑っていたら。会議室のドアが開いて。
「ぶはっっ!」
戻ってきた銀髪少女を見て、思わず噴き出してしまった。
というのも。
彼女は後ろ髪を三つ編みにしていて。
目は前髪で隠れていて。
一緒に面接を受けていた少女も――。
「ほい、彼女も同じクラスなのでした。どうも、
姉妹だと思ったら、本人だった。
それにしても、さっきとは別人みたいに地味だ。学校にいるときの彼女は、こっちなんだけど。
同じクラスの地味子がかわいすぎる。
「せっかく、同じ箱でVTuberデビューするわけだし、ふたりでお茶でもしてきたら~」
陽キャ側の細野さんは、軽く言うけど。
ボッチな僕と、陰キャな彼女には荷が重いです。
「いや、さすがに」
「いいから、いいから~」
細野さんは肘で僕の脇腹をつついてきて。
至近距離で揺れるたわわさんが危険物質すぎて。
距離を取ろうとしたタイミングで。
――はっくしょん!
大きなくしゃみがした。犯人は居眠りおじさんだ。
あまりの迫力に、僕はバランスを崩してしまう。
(あぶない、転ぶ!)
せめて、頭から落ちるのを避けようと上半身をひねる。
背中から床に落ちた。
痛みはたいしたことなかった。
ただし………………………………………………。
視界は、カーテンで閉ざされたように薄暗い。目をこらす。2本の直立する人の肌が見えて。さらに奥には、白い三角形の布とピンクのリボンがあって。
もしかしたら、スカートの中身って奴なのでは?
「あうぅっっ!」
真上から聞こえてきたのは、極上の癒しボイスで。
僕は神楽さんのパンツを拝んでいたようです。
次の瞬間、頭にショックを感じて、僕は夢の世界へ誘われた。
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