第2話 オーディション(彼女の場合)
「1番の方は終わりです~。続けて、2番の方のオーディションを始めますね~」
サングラスをかけた女性面接官が、妙に間延びした甘ったるい声で言う。
自分の番が終わった僕にとって、お姉さんの癒しボイスは一服の清涼剤になった。
あとは解散まで適当に考えごとでもしてよう。
気が抜けていると。
隣の子が慌てて立ち上がる。
ギィッと椅子が音を鳴らす。
「しゅ、しゅ、しゅみましぇん」
噛みまくりだった。緊張してるのが伝わってくる。
オーディションを受けるのはふたりしかいないので、彼女が2番になのだろうが。
メチャクチャかわいい銀髪美少女は緊張するタイプらしい。初対面なのに、応援したくなる。
「大丈夫ですから。リラックスしてくださいね~」
「ひゃい」
返事の声がうわずっている。軽く小動物っぽい。
面接官は笑いもせず、微笑ましい視線を向けている。サングラスなのでわからないけど、そんな雰囲気を感じた。
「落ち着くまで、わたしの方からお話ししますね~」
サングラスで面接は失礼だと思ったが、面接官は優しい人らしい。
ところで、間延びした声、どこかで聞き覚えがある。
思い出せないので、知り合いではないのだろう。
「あらためて、当社マナブル興業のVTuberオーディションにお越しくださり、ありがとうございます」
面接官のお姉さんが頭を下げると、少女は何度もお辞儀をする。
「先ほど、社長の
少女は豊かな胸に手を添え、深呼吸をしていた。
「数年前から当社は映像制作の仕事も手がけております。経営環境の変化から新規事業を模索していたのですが、VTuber事情を立ち上げることとしました~」
オーディションの始まる前、もうひとりの中年男性が言っていた。最初はパチンコ関係の仕事をしていた、と。
しかし、今や若者のパチンコ離れが進んでいる。それで、これからの娯楽を求めてVTuberに行き着いたとか。
ところで、寝ているようにしか見えないおじさん、社長だったんだな。
「このたびは、1期生のオーディションに申し込みいただき、誠にありがとうございます~」
頭を下げられると申し訳なくなってくる。
というのも、他の会社で落ちまくったから、ここに来ただけなんだから。
かれこれ、30社以上だ。高校受験が終わってから1ヵ月半。ネットでVTuberのオーディションを調べまくっては応募していた。
なのに、面接に進めるどころか、書類選考で全滅である。
原因は推測できている。
女性のアバターでデビューしたいから。
いわゆる、バ美肉したい。
僕はボーイソプラノの代わりになるものを、VTuberに求めている。
男の僕が女性の音域で歌うように、女性のアバターで女の子になりきりたいわけだ。
なのだけど。
いまやVTuberは一万人を超えている。
VTuberのマネージメント会社に所属したい女性VTuber志望者はたくさんいる。
大手事務所のVTuberが配信で言っていた。5000人応募して、デビューできるのは、わずか5人。倍率にして、1000倍。難関大学以上の競争率である。
企業勢は経済活動でVTuberをプロデュースしている。
本物の女性が大量に集まってくる状況で、あえて男に女性を演じさせるメリットは低いと思われる。個人の推測だけど。
というわけで、なかなかVTuberになれないでいた。
もちろん、個人でVTuberになる選択肢もある。女性のアバターで活動する男性も普通にいる。
僕は高校生だし、お金に困っているわけでもない。無理して企業に所属する理由もない。
でも、できるなら僕は企業で活動したいと思っていた。
仕事としてVTuberをすると甘えていられない。リスナーさんを喜ばせるための工夫や訓練が求められる。ボーイソプラノ時代のやりがいを取り戻すためにも多少の厳しさは必要だと感じていた。
ふとしたきっかけで、マナブル興業のオーディションを知った。
怪しい会社だと軽く思ったが、目の前のチャンスを失いたくない。
ダメ元で送ってみたところ、幸いにも書類選考が通って、ここにいる。
などと、ここまでのことを振り返っていたら、隣の子の面接が始まっていた。
「あなたの得意なことはなんですか?」
「……声を聞くと、安らぐと言われます」
そう答える少女の声は心地よく、強烈な睡魔に襲われた。
肩の力が脱け、まぶたが重くなる。
まるで、モーツァルトの子守歌を聞いているようだ。
さすがにオーディション中に居眠りはできない。バレたら心証が最悪だ。
唯一、書類が通ったのに、つまらないミスで棒に振りたくない。
肩を上げ下げし、変に思われない範囲でリラックスを試みる。
すると、ありえないことに気づいた。
寝ていた。
面接官が。ふたりとも。
中年男性は目を閉じて、軽くいびきをかいている。
サングラス女性の方は、船を漕いでいた。
(さっきまで質問していましたよね?)
僕は別に困らないけど、隣の少女にしてみればたまったもんじゃない。圧迫面接を通り越して、完全に嫌がらせである。
僕は隣の銀髪少女を見る。
うつむいた彼女は唇を噛みしめていた。
(かわいそすぎる)
正直、反応に困るが、乗りかかった船だ。フォローしよう。
「なんというか、大変ですね」
声をかけたら、少女は僕の方を向いた。
目が合った。
圧倒的な美しさに思わず息を呑む。
横目でもキレイだとわかってはいたが、想像以上だった。
VTuberが現実の肉体を受肉したのではないかと思えるほどの美少女だった。
まず、目を惹くのは、腰まで伸びた白銀の髪。小汚い雑居ビルの蛍光灯ですら、少女を輝かせている。
ついで、海のように澄み渡ったブルーの瞳。純粋で、人を疑うことを知らなそう。穢れを知らない乙女は、美しくも、危うい空気を漂わせていた。
視線を下げる。
(大きいな)
もちろん、胸である。双丘は半円を描いて、ワンピースの上に羽織ったカーディガンを持ち上げている。
(い、いかん。見ちゃダメでしょ)
慌てて視線をそらす。
大丈夫。僕の姉も巨乳である。音楽関係で知り合ったお姉さんたちも、なぜか巨乳が多かった。
(いまさら、服の上から拝む巨乳で動揺するでないぞ、汝よ)
キャラ崩壊してるじゃん。心の声だけどさ。
思わず、苦笑いがこぼれると。
「あたしの話がつまらないからですよね、ぴえん」
僕が彼女を笑い飛ばしたとでも、勘違いされたらしい。
少女はしゅんと肩を落とす。
はかなげな雰囲気は、どこかで見覚えがあった。
そもそも、銀髪と青い瞳の子はお目にかかれない。ヨーロッパに遠征したときですら、いなかったし。
銀髪の少女には……心当たりがあった。
けれど、彼女がVTuberのオーディションを受けるとは思えない。ボサボサな前髪で目も隠れていて、青目かどうかわからないし。
なによりも、隣の美少女とは雰囲気がちがいすぎる。
「……ごめんね、そういうつもりじゃなくって」
胸を見て、恥ずかしくなっただなんて、言えない。
と思いつつ、視線は豊かな膨らみへ動いてしまう。
「あっ、あうぅうぅぅっ」
真っ赤になる少女。
バレた⁉ 最悪だ。
どう取りつくろうか。
そう思っていたときだ――。
「合格よ~」
想定外の言葉を受け
「へっ?」
思わず間の抜けた声が漏れてしまった。
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