元ボーイソプラノの僕がバ美肉VTuberになったら、同じ箱にクラスの陰キャ女子がいたのだが

白銀アクア

第0章 オーディション

第1話 元ボーイソプラノの少年、VTuberのオーディションを受ける

 深く息を吸い込み。

 理想の女声を脳裏に描いて。

 僕は歌声を吐き出した。


 ごくわずかのタイムラグののち。

 スピーカーからソプラノの音色が流れた。


 一年ぶりに聴く、僕、はた詩音しおんの歌声。


 むさ苦しい男のものではなく。

 華やかな女性オペラ歌手の歌声だった。


 自分の歌声を、耳を通して、脳が認識して、僕は実感する。

 僕は、僕の世界に帰ってきた、と。


 僕は女声が出なくなったボーイソプラノ。声を失ったカナリアかもしれない。


 だが、現代の技術が、再び挑戦の機会を与えてくれた。

 ボイスチェンジャーさえあれば、今の僕でも、女性そっくりの声が出せる。


(高度に発達した技術は、性別の垣根すら超越するんだな)


 VTuber目指して、オーディション受けて正解だった。


 うれしい。感動する。

 歌いながら、涙がこぼれそうになる。


 が、数小節も歌い終わらないうちに、違和感に襲われた。


 さっきまでとは裏腹に、技術の限界を思い知らされていた。


 過去の僕は、ですら出せない音色を響かせていた。

 ボーイソプラノ特有の透明感あふれる歌声までは、さすがのボイスチェンジャーも再現はしてくれなかった。


(やっぱ、過去には戻れないんだな)


 ボーイソプラノ秦詩音が死んだという事実を、あらためて突きつけられていた。

 今の僕は、紛いモノ。決して、本物にはなれない。


 大事なオーディションの最中だというのに、目の前が暗くなる。


(ダメだ、メンタルを立て直さないと)


 自分の歌から意識を切り離して、聴衆に目を向ける。

 目の前にいる面接官二名。今の僕にとって、大切な観客であり、僕の歌声を届けたい人である。

 

 自分の歌声に悩んでいる場合でなく、彼らを喜ばせるために歌うべきだ。


 歌いながら、面接官の様子をうかがう。


 まず、人の良さそうな中年男性。彼はニコニコしているのはいいが。

 なんとスマホをいじっていた。歌の前に志望動機などを質問されたけど、彼はひと言も話さなかったし。


(やる気ないのかな)


 まあ、気にして歌が崩れたら元も子もない。


 もうひとりの面接官を見る。

 サングラスをかけ、マスクをした女性だった。顔がわからない。とりあえず、ブラウスを盛り上げる膨らみがゴージャスなことだけはわかる。


(なに、このアウェイ感は……)


 せっかく、十八番おはこである『アメージング・グレイス』を選んだのに。クラシックに分類されながら、人気歌手もカバーしている定番の曲だ。特技を活かしつつ、引かれない選曲だと思ったのだが。


 軽く心が折れかけるが、15歳にしては豊かな歌手の経験がある。冷たい観客の前で歌ったことなんか何度もあった。


 気にしてもしょうがない。


 せっかくのチャンスなんだ。

 せめて、最後まで歌いきろう。


 そう、気持ちを切り替えたときだ――。


 視界の隅に映る光景が、僕の心を捉えた。

 隣にいる少女が、僕をじっと見つめている。

 僕と一緒にオーディションを受けている、見知らぬ少女だった。


 白銀の髪が春の陽ざしを浴びて、輝いている。真横なので、はっきりとは見えない。それでも、彼女から絶世の美少女たる雰囲気が伝わってくる。


 すごいかわいい子(確信)が、僕をまじまじと見つめ。


「やっぱり……すごい」


 純粋なささやきが、僕の鼓膜を撫でる。

 彼女の声を聞いただけで、脳がとろけそうになった。オーディション中だと思えないほど、心が安らいでいた。


(ああ、懐かしい)


 ボーイソプラノ時代。僕の歌声を聴きにきたファンは、今の彼女と同じような反応をしていた。

 彼女には歌声が届いている。


 最初、集団オーディションと聞いたときには、勘弁してくれと思った。

 が、結果的に、彼女に励まされた。


 おかげで、迷いが吹き飛んだ。

 ライバルの少女に心の中で感謝する。


 たしかに、今の僕は紛い物かもしれない。過去には戻れない。


 だがしかし。

 理想とは遠くても、隣にいる少女の心には響いていて。


 僕にも、まだやれる。

 そう、実感させてくれた。


 声変わりで引退したボーイソプラノであっても。

 VTuberであれば、僕は歌い続けることができる。


 ならば、未来の可能性に賭けるまで。


(バ美肉で、新しい自分になるんだっ!)


 隣の少女に捧げるつもりで、僕は歌いきった。

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