エンドロール2
久しぶりに会った井口は若干痩せて頬がこけて大人になった感じだった。
俺と同じ三十歳になる男なんだから当たり前といえば当たり前だ。
「もう会わないかと思ったよ」
向い合わせで座った瞬間に言われた言葉がそれだった。
「そうだな」
人は直感とかひらめきが大事だという人がいるが、それは果たしてそうなのだろうか。今ここに座っている自分に疑問を投げかける。
「で、どうしたんだ?」
今更、こうして行動してしまったんだから恥ることもも守るものなく偽るものもない。
彼に自殺しようとしたこと、夢のこと、今日会った理由をありままに話した。
「面白!!」
聞き終えた彼はニタニタと笑った。
「信じてないだろう」
「うん」
「だよな」
「でもさ、お前、彼女そんなに欲しいの?」
「え?」
「そんな死ぬほど、夢に出るほど欲しいの?」
「それはその、欲しいよ」
「へえ」
そう改めて聞かれると、そこまで恋人が欲しいとガツガツする自分が、ガツガツしないと恋人ができない自分が変で情けなくなってくる。
「俺は今まで恋人いたことないけど、もしかしてお前もそう?」
と、井口が唐突にまだ恋人いない歴=年齢であることを告白する。
「え? まあ。うん」
ただ、淡々とそのことを言うところから彼はそこまでそれにこだわっていないのかもしれないとも感じた。普通はこうして会話の中でそういうことは自分から言わないし、人にも聞かない。彼は変わっている。
「そうか。で、どうだった? 夢の中のシェア彼女は」
「どうって、楽しかった」
楽しいかったこともあった。でも、そんな単純なものではなかった。
「でも、本気で好きになれないというか、いつかは冷めるものかなとも思った。だから、これからも俺には恋愛は無理なのかなって思った。その資格はないって」
「ふーん」
「ふーんって。あとは何かないのかよ」
「あとって?」
「だから、そうだな同情するとか、それは違うと反論するとか」
「ない」
「は?」
「だってわからないし。経験がないからな。だから、そういう話をしてくれるのは俺にはない経験だから凄い刺激的だな」
「そっか。良かったよ。そんな話を聞いて彼女が欲しいとか思ったか?」
「そうだな。わからないな」
「わからない? てか、この歳まで彼女いないって俺たち変だと思わなか? 恥というか」
訊いた後に失礼なことを訊いてしまったとすぐに訂正しようとした。だが、彼は気にしていない様子で即答する。
「わからないな」
「それもわからないか」
「それはいたらいたでいいかもしれないけど、今いないわけだし」
「それでいいのか?」
「ああ、俺来週からエジプト行くんだけど、そこからアフリカを縦断していこうと思うんだ」
「エジプト? アフリカ縦断?」
「そう。言い忘れたけど、俺今フリーで旅人しているんだ」
「旅人、、、」
「だから、今そんな暇はないんじゃないかな。わからないけど」
わからない。この会話で何回聞いたセリフだろうか。
「じゃあさ、こんな俺でも生きていてもいいのかな?」
「いいに決まっているだろ」
その質問には、わからないと答えなかった。どこか、わからないと言うのではないかと期待した部分があった。
「お前が今話した話俺は全部信じていないが、一番信じられないのがお前が自殺しようとしたことだよ」
その言葉は胸に突き刺さった。
「だよな。最低だよな。でもどうしればいいかわからなかったんだ」
「最低っていうか、勿体ないだろ。自分から死ぬなんて」
「え?」
「お前、何のために生まれてきたんだよ」
「それは」
恋人を作って、ちゃんと就職して、家庭を作って、とありきたりなことを言おうとした。でも、言葉を詰まらせたのは今のところそれを目指していた人生がちっとも面白くなかったからだ。仕事は慣れて苦ではないがつまらない。恋人を作れなくて焦ることもつまらない。その延長線上にあると言われる幸せな家庭というのも今のところ想像できない。
「おい、泣いているのか?」
情けなくなっていた。今まで求めていたのは本物ではない。何かに影響されて流されて作られたものだと気づいた。いや、それにとっくに違和感を感じながらも、それを誤魔化して、誤魔化しきれなくて挙句に死のうとした。
「もっと人生楽しめば? お前、真面目すぎるんだよ」
今からでもその自分が求めている何かを探したい。それでもやはり、何をすればいいかわからない。
「大丈夫だって。そんなお前、嫌な奴じゃないし、顏だって悪くないよ。そこまでお前が欲しいと思えば、恋人もすぐにできるよ」
欲しいと思えばなと井口は付け足す。
「あのさ」
「何?」
「井口は今人生楽しいか?」
彼はためらいもなく答える
「勿論! 決まっているだろ」
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