㉑
この時期、クラスメイトの心理は様々な方向に分裂する。
受験を控えてカリカリしている者、受ける学校に落ちまくって焦って不安になる者、受験戦争に戦線離脱して就職や専門学校に行く者、そして大学へ合格した者。
俺はといえば、早々に希望の大学への合格を手にして今さっき担任の教師に報告してきたところだった。
高校三年生は登校日というものが何日かあるが、それは登校しても授業はない。だから、自習ということになっているが、教室の中もおのおのの状況に合わせておのおのの時間を過ごしている。
俺といえば、報告を終えた後、勉強をする必要もなくなったので何もすることもなく持ってきていたスマホでゲームをしていた。
隣のクラスメイトは話はしないが机に向かって必死に勉強をしていた。その姿を見て特別進路が決まって楽をしているのを申し訳ないなという気持ちにはならなかった。
自分は自分なりにそれなりに努力はしていたし、その成果で勝ち取った合格だし、何よりも、合格を勝ち得た自分自身が何故か不安と焦りを感じていたからだ。
「圭君」
見上げると莉英が立っていた。
「ああ」
あの出来事から全く会話してなかったし、しっかりと正面から彼女を見たのも久しぶりだった。彼女は満面の笑顔だった。
「ちょっと太ったね」
「え?」
莉英はいたずらっぽく笑った。それに対して彼女は全く変わっていないなと思った。
「大学合格したんだね。おめでとう」
「あ、ありがとう」
「え? 嬉しくなさそうだね」
「そんなことないけど」
どうして急に話しかけてきたんだろう。そればかり気になっていた。
「いいな。大学生活」
「そうかな」
「じゃ、それだけ言いたかっただけだから」
そう言って彼女は去ろうとする。
「あの、ちょっと待って」
「何?」
「ちょっと前に篠原と会ってさ」
篠原の名前が出ると彼女の顔が明らかに曇って硬くなった。
「ごめんだって」
「え?」
「あの時は本当にごめんだってさ。莉英は会ってくれないだろうし、謝っても許してくれないだろうけど、謝りたいってさ」
「どうしてよ。そんな謝る必要ないのに。むしろ、私の方が」
彼女は言葉に詰まる。やはり、彼女もあの人のことはあ俺の思った通りの気持ちでいた様だった。
「それで、俺もごめん」
ついでみたいに言いいたくても言えなかったことを言った。変わらず自分はズルい。
「どうして圭君も謝るの?」
「だって、俺、あの時汚いと思ったんだ」
莉英は言っている意味が分からなくて少し考えている様子だった。
「ああ、ゲボね。恥ずかしい。そりゃあそうでしょ。ゲボは汚いよ」
「いや、そうじゃなくて、あの時助けてもらったのに、目の前で莉英が苦しんでいるのに、俺は、、、」
「だから、仕方ないって、それにそのあとそんな汚い私に肩を貸してくれて家まで送ってくれたじゃない?」
「それは当たり前だろ」
「そう? 私、あの時、本気で惚れたんだけどな」
「何だよそれ」
本気で惚れた。その言葉に心が揺らぐ。
「その言葉の通りだよ」
じゃあねと手を振って莉英は去っていった。
去った後に辺りを見渡す。
俺の周りには俺を気にかけておめでとうも言ってくれる人もいない。
一人ぼっちなんだと思った。
受験というプレッシャーから解放された後押し寄せてきた不安や焦りはこれだったのだとわかった。
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