⑳
この一年はあっという間だった。
あっという間というのはきっと何かに夢中で必死で駆けてきた一年だったんだろう。そうだったに違いない。そうだと信じたい。
大学受験をあと一カ月に控えた俺は、学校が終わった後いつものように一人でファミレスでチーズコーンピザをかじりながら英文読解をする。
集中力が切れて、ふと頭を見上げると向かいの四人掛けの席で違う高校の高校生三人が会話をしている。男子生徒二人が一人の女子高生と楽しそうに会話をしている。
一年前はちょうど俺もあんな感じだったなと干渉に浸る。
井口とは一年以上会っていないし、莉英ともあの出来事以降学校で会っても会話をしなくなった。二人きりでも会っていない。
人は今自分がやっていることが正しいと信じたいものだ。
でも、それが正しいと確信を持っている人はどのくらいるのだろうか。
女子生徒が男子生徒に寄り添って相手の身体を触りあってイチャつく。
そんな光景は今までも何度も目にしてきたがその度に嫉妬に近い嫌悪感を抱いていた。今はというと、何も感じない。何と思わない。ただ、前の俺もそんなことをしていたと懐かしむだけだった。
ただ、今こうして日々勉強をしていて楽しいかといえば正直それはない。目標があるからそれに向かって頑張っているだけだ。
「中川君」
通路の方で呼ぶ声がした。その声の方へ見上げる。
「篠原?」
少し痩せて一瞬誰かわからなかったが、猫背な風貌は紛れもなく彼だった。
「あの、その…」
「ああ、えっと。久しぶり」
そんな馴れ馴れしくしてもいいかどうかわからなかったが、かける言葉が思い浮かばなかった。
「あの、ごめん」
彼は小さい声で言うとその場で深々と頭を下げた。そしてお辞儀したまま制止した。
「お、あのさ」
ドラマのような彼の態度に動揺を隠せない。
「とりあえず、座れよ。な」
俺は彼の肩を軽く叩き、そっと向かい合わせに座らせる。
「何か頼む?」
メニューボードを渡しても俯いたま何も話そうとしなかった。その身体は小刻みに震えている。いらっしゃいませと言って、店員が彼の前に水に入ったコップを置く。
「今、どうしているの?」
「何もしていない」
あの出来事があった次の日、俺と莉英は何事もなかったかのように学校へ登校していたが、篠原は来なくなった。そのまま、学校を退学していた。
「そっか」
この一年間、彼は何をしていたのだろうか。俺はといえば、普通に受験勉強に明け暮れる日々だ。
「どうしてさっき謝ったんだ?」
篠原は答えない。
「俺だって、悪かったよ。お前のことわかってやれなくて」
そう言ったとたんに、彼の目から涙が零れていた。
「どうして、あんなことしたのに誰にも言わなかったの?」
「それは、内藤さんの気持ちは訊いていないからわからないけど、彼女も同じ気持ちなんじゃないかな? お前のしたことは肯定はできないけど共感はしたいんだよ」
「どうして」
「それは、同じクラスメイトだったからだろ?」
「やりたくなかったんだ。わかってほしかっただけなんだ。どうした良いかわからなくて」
「良かったよ。こうして今日会えて」
彼の連絡先がわからなかったから、学校に来なくなった時点で会えるすべは途絶えていたが、例え、連絡先を知っていても自分から会おうとすることはできなかったと思った。
「受験勉強しているの?」
少し落ち着いた篠原が訊いてくる。
「ああ。そうだよ」
「偶然、ここを通りかかったら中川君がいたから、何も考えずに中へ入ったんだ」
それから、篠原後いろんな話をした。彼が俺と同じ街に住んでいたこと。来年度から通信制高校に入って大学受験すること。店を出る時には携帯のメールアドレスも交換した。
これから彼とはいい友達になれる気がした。
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