徐々に意識が戻ってくると、さっきいた体育館倉庫で両手を後ろで縛られて床に横になっているのがわかってきた。

「どうしてそんなことするの?」 

 泣いているような声のする方に目を向けると、跳び箱に寄りかかる格好で篠原と向かい合っている莉恵の姿がった。

 その彼女に篠原はビンタをして腹部を殴りつけた。

 莉英はむせ返りながらその場に崩れ落ちるようにうずくまる。

 状況が把握できなかったが何とかしなければと思うが、縛られているのと身体が痺れているのとでうまく体が動かない。

「篠原!!」

 それでもこん身の力で怒鳴りつける。その声に篠原が一瞬身体がびくつく。そして俺の方を怯えた表情で振り向く。

「何なんだよ、これ!」

 明かりは点いていたが、薄暗い蛍光灯一個だけで表情が良く見えなったが、篠原は泣いているように見えた。

「お前のせいだ」

 彼は莉英の方に向き返り話し始める。

「お前が、あんなこと言わなければ、俺は今頃。。。」

「ごめん。何を言っているかわからない」

 絞り出すように莉英が声を発して立っている篠原を見上げる。

「お前が、あの時、いじめだってみんなの前で言わなければ良かったんだ!!」

 理解するのに少し時間がかかったが、どの時のことを言っていのかなんとなく分かった。

「どうして? どうしてあなたが怒るの? 私、悪いことした?」

「そうだよ。お前、それでいじられなくなったじゃないかよ」

「お前らは何もわかっていない!!」

 俺と莉英は黙る。

「俺はあの日からずっと一人だった。誰にも相手されなくなった」

 確かに彼は、いじられなくなった。逆を言えば彼に声をかけるクラスメイトもいなくなっていた。

「俺はいじられることしか存在意義がない人間なんだ!!」

「そんなことないよ。篠原君」

「うるさい!!」

 そう言って、彼は莉英を何度も蹴り飛ばす。

「止めろ!! 篠原!!」

 篠原は無視して蹴り続けた。しばらくして莉英のうめき声が小さくなると蹴るのをやっと止める。

「おい! お前、おかしいぞ!!」

 篠原は振り向いてこちらの方へ近づいてくる。

「お前っていつもズルいよな。でも、そんなうまく立ち回れるお前が羨ましかった」

 俺は何も言えなった。

 と、後ろからドンという音が聞こえたかと思うと、篠原が俺の前に頭を抱えて倒れ込んだ。莉英が後ろからモップをもって何度もその倒れた彼を殴りつけた。

「早く逃げないと」

篠原が動かないのを見ると、莉英は縛られていた紐を解いてくれた。すぐさま俺たちは体育館倉庫から逃げ出す。

 それからは痺れて痛い下肢も構うことなく必死で走り続けた。校舎の外に出たときにはすっかり辺りは暗くなっていた。門を潜ったところで俺たちは足を止める。

 二人とも肩で息をしていた。声が出なかった。出せなかったという方が正しいだろうか。

 突然莉英がその場にしゃがみ込んだ。彼女はその場で大量に嘔吐した。

 カエルが潰れたような醜い声を出しながら吐しゃ物が地面に広がる。

「うわ」

 思わず声が出た。

 汚いと思った。

 親しい女性がこんな目に合って、しかも彼女に助けてもらったのに俺は何を思っているのだろう。世間で言う最低な人間とは俺のことだと思った。


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