⑱
どんなことにも理由は必要かもしれない。
物事によっては理由が必要ないかもしれない。
「こんなのでいいの?」
仰向けになっている内藤莉英が覆いかぶさっている目を細めて誘うような目つきを見せた。
言い出したのは彼女からだった。
「どうしてほしいの?」
この頃は彼女の要求が多くなっていた。
「とりあえず、服を脱がしてよ」
一体何をしているんだろうか。言われるがまま、制服のリボンを取ってワイシャツのボタンを上から外していく。
彼女は目をつぶってなされるがまま、言葉を発することなく脱がされている。
彼女は今何を思っているだろうか。というより、どうでもよくなっていた。本当にどうでもいい。
彼女のことがわからない。というより、わかりたくもない。
自分で自分を殺すこと。それは最低なこと。
そんなことは綺麗ごとなのかもしれない。でも、それを簡単に実行しようとする人間をどうしても受け入れることはできなかった。
「どうしたの?」
ブラウスとスカートになった彼女がもっとでしょと言いたげに首を傾げる。とりあえず、俺はその彼女に抱き着く。
「ちょっと。全部脱がしてからしてよ」
高揚感はもうない。
そもそも今までの感情は何だったのか。
初めは女の子と付き合ったことのない羞恥心から始まって、偽りの彼女ができて自分が成長したような優越感を得られて、それで彼女と付き合っているうちに彼女といることで高揚感を感じた。好きになった気がした。
「ねえ。どうしたの?」
抱き着いたまま身体が動かなくなっていた。動かないというより動かしたくないという方が正しいだろうか。とにかく楽しくない。つまらない。
ゆっくりと内藤莉英から身体を離した。
「あれ? トイレ?」
ブラウス姿のまま彼女は身体を起こして立ち上がった俺を見つめる。
「ごめん」
とりあえず謝った。
俺の鞄にはまだ彼女から受け取ったナイフが入っている。
あの夜、彼女が公園の出来事を告白して俺にナイフを預けたそれは意味がないかもしれないが、何か意味があるかもしれない。そう思うと、必要とされているのではないかと勝手に思う。
「あまり体調良くなくて」
「大丈夫? 風邪?」
もしかしたら一過性の風邪のようなものかもしれない。少ししたら回復してまたあの高揚感を感じることができるかもしれない。それまで待つのもいいかもしれない。
「うん。少し休めば治ると思う」
あそこまで彼女を愛おしく思ていたのに、ある箇所からそれが真逆になっているなどというのは何かの勘違いかもしれない。
「そっか。何かこの頃おかしいのはそのせいだったのね」
自分で制服を着ながら彼女は笑う。その笑顔には安堵の表情が見えた気がした。彼女のなりにも最近の俺の態度は勘づいて気にしていた様だった。
「あのさ、莉英は俺のこと好き?」
好きじゃなくなるとこういうセリフは簡単に口にできる。
「うん。好きだよ」
「好きってどんな?」
「どんなって?」
「恋人として好きってこと?」
「付き合っているからそうなんじゃない?」
そうですか。訊いておいて特に興味はなかった。それに対して返事をしなかった。
莉英が着替えるのを待って、辺りに誰もいないことを確認して俺たちのいた体育館裏倉庫を出る。
「にしても、こんなところよく知っていたね」
高校生がいけないことをすにはこの倉庫はうってつけだと思った。
「でしょ? 偶然体育の時間に見つけて、やる時はここいいんじゃないかって狙っていたの」
イタズラっぽくニタニタと笑う。
もしかすると、彼女にとって俺や井口は自分の満たされない興味や欲求を満たす道具だったのかもしれない。でもそれは俺たちも同じ。そうか俺たちは利害関係で一致したベストパートナーだったかもしれない。
廊下を歩いていると莉英が寄り添ってくる。そんな彼女を俺は拒絶せずそのまま歩く。そう。また回復したら前のように好きになれるかもしれない。それまでストックとしてこの関係を続けることも悪くない。そんな気持ちになっている自分がどうしようもなくズルい人間に見えて失望した。
美術室の前を曲がったところで男子生徒の姿がった。
「篠原?」
ふくよかで特徴的な体格は遠くからもわかった。
「篠原君だね」
彼の姿を確認した瞬間、莉英はサッと俺と離れた。
「なんだ。まだいたんだな」
声かけに彼は答えない。無言で近づいてくる。その彼の手には何か黒いモノが見えた。そして、手に持っていたものを俺に近づける。ビビビという音がしたと思うと、痺れて身体から力が抜けその場に倒れた。次に意識が飛んだ。飛ぶ寸前、莉英の悲鳴が聞こえた気がした。
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