内藤莉英が男との経験がないことは意外だった。

 人それぞれ好みは別れると思うが、彼女の容姿は平均レベル以上だと思うし、性格も悪くない。問題点と言えば、彼女自身が恋愛に対して真剣なのかどうかということだった。それが一番の問題かもしれない。

 俺たちは本当に付き合うことになった。

 初めこそ、違和感とぎこちなさがあったが、今ではそれなりであるが形になって来たのではないかと思う。

 学校の帰りのチャイムが鳴ると階段を降りて下駄箱へ向かう。そこに莉英は待っていた。

 付き合うと決めてから、極力昼休み以外は会話をしないようにした。莉英はどうしてそんなことをするのかと不満そうだったが、あらぬ噂をクラス中にたてられるかもしれないことが嫌だった。とは言っても、最近の俺は莉英以外のクラスメイトの誰とも親しく話す相手はいなくなっていたのだが。

「お待たせ」

 声をかけると彼女が平手で肩を叩いて唇に素早くキスをした。

「ねえ、どうしていつも叩くの?」

「何となく。キスをしたいだの、クラスで話さないようにしたいだのそっちの要求を全部叶えてあげているんだからいいでしょ?」

 いつものようにイタズラをした後の少女のように笑う。

「そういえばさ、どうして手を繋がないの?」

 こうして莉英と一緒に歩くことは楽しく変わらず高揚感を得られるものがあった。しかし、手を繋ぐことはしなかった。

「恥ずかしいじゃん」

彼女にはクラスメイトが見ていたら恥ずかしいからと言っていたが、ホントは手を繋ぐことに不快感があるからだった。

「だったらキスの方が恥ずかしいと思うけど」

 不快感と言えば、キスもそこまで興奮するものではなかった。ただ不快ではないし付き合っているという実感も味わえるかと思い続けているだけだった。

「今日はどこ行く?」

「私行きたいところあるんだけどいい?」

 基本、要求は俺の方が多い。彼女からは滅多にこれをしたいという要望はしてこない。

そんな彼女からどこかに行きたいと言い出すのは珍しかった。大抵はどこでもいいと言って、俺の決めた場所に文句も言わず着いてくる感じだった。

「いいけど、どこに?」

「まあね。とりあえず付き合ってもらっていい?」

 少しサプライズ的なことがあるのかと期待した。

 下り電車に乗り降りた駅は俺の自宅がある最寄り駅だった。

 どこへ行くのだろう。彼女と他愛もない会話をしながら様々なことを考えながら歩く。

 辺りはすっり暗くなり、着いたのは井口とキャッチボールをしていた公園だった。

「まさか、、、」

 まさか、井口が出てくるというドッキリがあるのかもしれないと周囲を見渡す。

「そう。私たちが最初に出会った場所」

 ああ、圭君とはクラスメイトで出会っていたからそうじゃないかと訂正する。

 そうだ。莉英と会ったのもこの公園だった。

「会った時はビックリしたでしょ?」

「まあ、そうだね」

「そりゃあそうだよね。だってクラスメイトが自殺しようとしている現場観たんだもんね」

「やっぱりそうだったんだ」

「当たり前でしょ?」

「うん」

 彼女は自殺しようとしていたんだ。今まで普通でそんな様子も全く見せなかったから半分忘れかけていた。というより、気づかないようにしてたという方が正しいかもしれない。

「よく、そんな危ない奴と付き合おうと思ったよね」

「いや、まあ、、、」

 それは井口のお陰かもしれない。彼がいなければ絶対に話しかけられなかったと思う。

「あの時、私どうかしていたんだよね」

「そうかな? そうは見えなかったけど」

「そりゃあ、周りにはそんな感じは見せないよ。でもかなり病んでいたな」

「病む。。。」

「そう、私なんて勉強もできないし運動神経も普通だし、性格も悪いし、面白いことも全くない。生きていても価値ないなって」

「そんなことない!!」

「ありがとう。で、鬱々していて親とかと喧嘩した日には死にたくもなったってわけ」

 そのわけがイマイチ理解できなかったが、ここは彼氏として頷いて共感してあげるのが良いと思った。

「で、その日も親と喧嘩したの?」

 彼女はかぶりを振る。

「親とはほとんど喧嘩しない。てか話もあまりしないかも」

「じゃあ、どうして」

「どうしてあの日あんなことしたかって? 気分かな?」

「気分?」

「そう。夜は一人でいるとあらぬことを考えるんだよね。確か、あの日はほら、圭君がいたグループと言い合いになったことを思い出していたかな?」

「思い出すって、どんなことを? 間違ったこと言ってなかったじゃない?」

「あの日の私の行動を間違っていないと思う? 私も間違っていないと言い聞かせながらもホントは自信なかったりしたよ」

「そうだったんだ」

「ていうか、いつもああいうことをした時はそう。ついカッとなって言ってしまうけど、ホントに言って良かったのかって迷っている」

「意外だった」

「え? そうだった? それでどんどん沈んでいってそれでね」

 莉英がペロッと舌を出した。こんなおどける顔を見たのは初めてだった。

「でも、そんなこと言ったらみんな正しいことを言っていると思っているし、自分が正しいと思ったらそれが正解なんじゃない?」

「おお、語るねえ」

「いやいや、真面目に話しているから」

「じゃあ、そんなことで自殺しようとした私は馬鹿だと思う?」

「うん」

「酷い」

「いや、そこは馬鹿だと思う。二度とそんなこと考えないで欲しい」

 莉英は黙って俺の顔をジッと見る。薄暗いけどそれは今までにない、驚いた顔のような顔だったに見えた。

「圭君もそんな顔することあるんだね。ありがとう」

 そう言って彼女はバックからバタフライナイフを取り出してそれを俺に渡す。

「これ、圭君が持っていて」

「え?」

「もう使わないと思うから」

「もう使わないって、今まで使おうとしていたの?」

「圭君とは会ってほぼ使おうと思ったことはないよ」

 ほぼ。その言葉が気になった。

「あのさ、莉英にとって俺ってなに?」

「何って? 彼氏でしょ?」

 当たり前のように即答する。だが、その彼女がわからない。

「このナイフ、持っているんじゃなくて捨てていい?」

「うん。圭君の好きにして」

 俺は彼女がわからない。この時、彼女と関係を持つようになって初めて彼女に嫌悪感を抱いていた。

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