⑯
「俺たちって真剣に付き合えないかな?」
完全に勝負に出た。
年が明けて、去年のわだかまりを一気に解消するように告白をした。
答えはいいんじゃない? だった。
あっけなかった。
三人で行った水族館を二人でまた訪れていた。
二回目でついこの間行ったので正直新鮮さはなかったが、それでも莉英が楽しんでいてそれを見るだけでも幸せを感じられた。
「で、どうするの?」
人生初の告白は何も考えずにペンギンがいる水槽の前で実行した。土曜日で水槽の周りにはある程度人がいたから、誰か聞いているかもしれない。きっと聞いていただろうけれども配慮することはできなかった。
告白を受けた彼女と言えば、いいんじゃない。という第一声は水槽を見ながら、で、どうするの? という第二声は俺の顔をチラッと見て淡々と言い放つ。
告白などこんなものなのだろうか。
「健太郎君はどうするの?」
「あ、あと本気で付き合うってわからないんだけど、私、わかっているとおもうけど恋愛初心者だからさ」
呆然としているとさらに第三声、第四声と構わず発してくる。
「ねえ聞いている?」
「ああ、うん」
どうしようと言われてもどうも答えようがない。彼女が何気なく言った恋愛初心者という事実は気に留める余裕はなく戸惑っていた。
「というより、いいの? そんなので」
「そんなのでって?」
「いや、ほら、もっと答えを待ってとか考えさせてとか」
恋愛ドラマや映画を見すぎだろうか。ヒロインはもっと慎重にその答えを出すものだと思っていた。
「だから、初心者なんだってば。わかんないよ」
彼女は眉毛を八の字にして困ったように笑う。
「そもそもさ、付き合っている男子とか、好きな子はいなかったの?」
そうだ。もしかしたら冷静に考えてみれば、その可能性だってあった。言葉を発しながら冷静になってみた。誰かが好きな可能性だってあったはずだったのだ。人の気持ちはわからないものだ。
「えっと、わからないな。何も感じないからいないんじゃないかな?」
そして今、告白してOKを貰ったはずなのに心の底から喜べない自分に気づいていた。むしろ、疑問や違和感という感情に支配されている。
「ねえ。それより健太郎君には言ったの? 彼はどう言っているの?」
それより健太郎のことはそんなに大事なのだろうか。
「井口のこと気になる?」
「そりゃあ、そうだよ。何言っているの? それは初心者でもわかるよ」
「気になるって井口のことも気になっていたとか?」
「はあ? それは好きだよ」
「好きだってどういうこと?」
「え? 好きは好きってことだけど」
「あの、今、俺の告白に対していいんじゃないと言ったよね?」
「うん」
「うんじゃなくてさ!」
どうしてか、いつしか彼女の態度に苛立ちを覚えていた。
少し声を荒げたせいか数人の視線が俺たちに向けられているの感じる。
「何? 一体どうしたの?」
おかしい。何かがおかしい。
「何でもないよ。井口は手を引くって」
「手を引くって?」
「このシェアを辞めるってさ」
「そう」
彼女は悲しそうな顔をした。その顔が一層、俺を不快にさせた。
「何だよ。その顔」
「え?」
「俺は真面目なんだけど。今言ったことも冗談じゃないんだけれども」
「うん。わかっているよ」
「じゃあ、どうなんだよ。俺への気持ちは」
「だから、いいんじゃないって」
話がかみ合わなかった。
「いいよ。付き合っても。健太郎君がそういうことなら」
ここで井口は関係ないだろう。莉英の気持ちはどうなのかが一番重要になるのではないか。
「ありがとう。行こうか」
苛立ちが一気に冷めていくのが分かった。とりあえず、彼女の前に手を差し伸べた。うん。と言って、彼女はその手を握りしめた。
前回と同様で、握った手の感触は手汗が酷くてヌルヌルした感触でときめきどころか不快すら感じた。
その後もデートを楽しんだが、微妙な雰囲気が終わるまで二人を覆っていた気がした。付き合うという感覚はこういうものなのだろうか。俺も同様に恋愛初心者であるからわからなかった。
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