ドラマは最終回。

 主人公の会社員の女性が二人の男性に告白され、どちらとクリスマス過ごすか悩むというシーンだった。最終的に主人公は金持ちの社長を選び、二人は聖なる日を仲良く過ごしてめでたしめでたしという展開になるところだった。

 まるで俺たちの様だった。ドラマというのは共感して楽しいと思えるものなのだと改めて思う。以前までは恋愛ドラマなど全く見ても感動も何もしないし、どこが面白いのか理解に苦しむところがあったが、今は違う。それはこの前見に行った映画でもそうだった気がする。こういうものは自分の経験と照らし合わせて自分の色眼鏡で見ているものだと改めて思う。

 俺としては主人公や恋愛が実った社長よりも、この恋愛争奪戦に敗北した普通の平社員の男のことが気になってならなかった。

 家のチャイムが鳴る。

 そう、今日は家で莉英とクリスマスイブのパーティーをすることになっていた。

「おお。買ってきてくれてありがとう」

「おじゃまします」

 ケーキを片手に家へあがった彼女は毛糸のマフラーと手袋をして寒そうだった。

「ハンガー使う?」

 自分の部屋に案内し、彼女が着ていたコートを脱ぎはじめる。穂香にいつもつけている香水と家の匂いだろうか独特な匂いが混ざり合って俺の鼻に届けられる。

「いいよ。床に置くから」

「いいの?」

「うん。ここ座るね」

 莉英が座るといつもの代り映えもしない部屋が全く違う部屋に見えから不思議だ。

「へえ。結構綺麗な部屋なんだね」

 興味深そうに彼女は周りを見渡す。

「あ、このドラマ見ているんだ。今話題だよね」

 テレビがつけっぱなしになっており、その中でドラマが進行していた。

「うん。何となく観ている感じ。凄くはまっている感じではないけど」

「へえ。圭君も恋愛ドラマ観るんだね」

「意外だった?」

「そんなことないけど、私あまり見ないから」

 確かに莉英は前回の映画でも泣いておらず、言われてみるとそういう恋愛物語には興味がない方なのかもしれない。とすると、彼女は恋愛に興味がない。とすると、俺にも興味がない。

「どうしたの? また不安そうな顔して」

「いや、何でもない。何でもない」

「イルミネーションの時もそうだった。本当は何かあったんじゃない?」

 真剣なまなざしで見つめられる。

「いや、ホントに何でもない。今日はほら、ドラマ観ていてさ、このドラマで振られた人が可哀想だなと思っていてさ」

「そっか。圭君は結構感情移入しやすいもんね」

 何とか誤魔化して、彼女もそれに納得した様子だった。

「さ、ケーキ食べようか」

 と言って、テーブルに置いていたケーキの入った箱を開けてホールケーキを取り出す。

「ほら、おいしそうでしょ? ここのクリスマスケーキ予約しないと買えないんだから」

「ありがとう。大変だったんじゃない?」

「そりゃあそうよ。でも、一緒に食べたかったからさ」

 その言葉に胸が躍る。一緒に食べたい。冗談でもそんなことを言われると嬉しい。

「小皿取ってくるね」

 俺は部屋を出てダイニングへ向かう。

 今日はクリスマスイブでパーティーをしたいと言い出したのは莉英からだった。パーティーと言っても、昼間は普通に学校があったので夜にケーキを食べるだけのささやかなものだった。

「じゃあ、いただきます」

 ケーキは一押しなだけあって旨かった。それは目の前で食べている彼女も同じようだった。

「美味しいね」

「うん。旨い」

 食べる姿も愛おしい。思わず食べる手を止めていつの間にか見とれていた。

「どうしたの?」

「え?」

「今度は何かボーとして」

 彼女がクスクスと笑う。笑った姿も愛おしい。笑ってくれるならなんでもしたくなる。

「いや、幸せだなって」

「何が? ケーキが美味しいから?」

「こうして莉英といられることが」

 しばし、時が止まる。

「またまた。にしても、健太郎君はどうして来れないんだろうね」

 今度は莉英が誤魔化した。その誤魔化しの意味は何を意味するのか。

「さあ。知らないな」

「ねえ。最近、健太郎君と何かあった?」

「いや、別に。何もないよ」

 それは本当だった。特に喧嘩をしているわけでもないし、会わないでいようとお互いに言っているわけでもない。ただ、あの駅前で会った日からあいつとは連絡さえも取りあっていない。「でもさ、圭君は優しいよね?」

「何だよいきなり」

「いや、こうして一緒にいられると癒されるのよ。その優しさもこの生クリームみたいに自然な甘さでしつこくなくて心地がいい」

 ケーキを口に運びながら彼女は微笑む。

「それはどういう意味?」

「え? どういう意味ってそういう意味よ」

「そうじゃなくて、本気で真面目に訊いているんだけど」

 少し攻めた。彼女は少し戸惑った表情でテーブルに皿を置く。

「えっと、、、意味と言われるとそうだなあ。こうして、クリスマスイブに一緒にいられて嬉しいかな?」

 また微妙なニュアンスで俺を惑わす。いつの間にかつけていたドラマは放送を終了し、ニュース番組に変わっていた。

「あ、雪が降っている場所もあるんだね。通りで寒いわけだ」

 そうだ。今日は寒いのに俺の家にわざわざケーキを買って莉英は来てくれた。それだけでも喜ばなくてはならない。思えば、去年の今頃、クリスマスイブにこんな形で女性と二人きりで過ごせることを想像できただろうか。

「ありがとね。今日は来てくれて」

「何? 改まって。どういたしまして」

 彼女は照れたように少し早口になって軽く会釈する。

 それでも関係を前へ進むためには、いつか、いつかは傷つくことを恐れずに向かっていかなくてはならない。わかっていても、今の食べているケーキのような甘い現状にその一歩が踏み出せないでいる自分がいた。

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