もしもということを考えてみる。

 もしももう少しイケメンだったら。

 もしも運動神経が良くて頭が良かったら。

 もしも恋愛経験が豊富で女の扱い方に慣れていたら。

 もしも積極的な性格だったら。

 もしも井口がいなければ。

 井口とはリトルリーグからの幼馴染で、出会ってからこれまでこんないなければいいなどと思ったことはなかった。一緒にいることが居心地が良くて、一緒にいることが当たり前で好きとか嫌いとか考えたことなどなかった。だが今は、彼がいなければ莉英との時間を独り占めできるのではないかと本気で考える自分がいる。

 俺は悪い奴に変わってしまったのかもしれない。これからも悪い方に変わっていくかもしれない。それでも中途半端になっているのが嫌だった。

 女性と内藤莉英と付き合いたい。確実に愛されているという証明が欲しい。

 それを得られるには何が足りないかと考えてみると、もしもが多すぎて途方に暮れる。

「イルミネーション綺麗だね」

 もうすぐクリスマスで、電飾が施されている東京駅周辺のビル街を莉英と二人で歩いていた。さすがに、この季節、夜になると仕事帰りの人や俺たち学生で特にカップルの数が半端なく多く見られた。

 そのすれ違う人を観ながら焦りを感じていた。俺と莉英の関係はシェア彼女。本当の恋人同士ではない。ここにいる人たちのように愛し合いたい。そうでなければここにいることが場違いな気がした。

「何不安そうな顔しているの?」

 俺はすぐに顔に出る。それをよく莉英は察するなと思う。

「健太郎君も一緒に来れたらよかったのにね」

 井口の名前が出ると、腹が立った。今は莉英にもあいつのことは考えてほしくなかった。

「健太郎君は今日は用事で来れないの?」

 井口は用事で来れないわけではない。本当は今日は夜彼の方からキャッチボールの誘いを受けていた。だが断った。彼女との時間を優先した。彼女との時間の方が大事だ。

「ねえ。圭君」

「ああ、そうだね。来れないって」

 時間をかけることが彼女と心の距離を詰められる今できる最善の手段だと思った。このままでは終わらせたくない。こんなに好感を持てる女性といい関係を持てるチャンスなんて今後出てこないかもしれない。チャンスをものにするためには何でもする。

「そっかあ。健太郎君も来れたらよかったのに」

 だから、あいつは関係ないだろう。苛立ちがさらに増してくる。

「三人で観れたらもっと楽しかっただろうにね」

「だから、井口のことはいいだろ!!」

 声が大きくなった。数人が俺の方に顔を向ける。

「どうしたの?」

「いや、何でもない」

 しばらく黙って街を歩いた。

「ねえ、私といるのホントはイヤだったりする?」

 口を開いたのは莉英だった。

「そんなわけないよ」

 そんなわけない。そうそんなわけない。一緒にいたいし、これからも一緒にいられたらどんなにいいかと思う。でも、楽しかというと正直、今は苦しい時もたくさんある。

「そう。良かった」

 それ以上そのことについて突っ込んで聞いてこなかった。

「莉英はどうなの?」

 俺は勢いで訊いていた。緊張が走る。

「私? 私は楽しいよ」

 一気に辺りのイルミネーションが明るくなった錯覚に陥る。

「ホントに?」

「だって、イルミネーション綺麗だし。それを誰かと見れることは嬉しいし」

 だが、すぐにその光は元の明るさに戻った。その誰かは俺でなくてもいいのだろうか。

「ねえ。さっきどうして怒鳴ったの?」

「え?」

「ちょっとびっくりしちゃって」

 本当のことを言えばいいだろうか。

「いや、今は今に集中したいなって」

「集中? 集中ってそんな真面目でなくても気楽に楽しもうよ」

 真面目だなと俺の肩を軽く平手で叩かれる。

「そうだね」

 俺にだけ集中してくれ。俺だけを見てほしい。彼女は俺の気持ちに気づいているのだろうか。

「今度は健太郎君と一緒にどこか綺麗なところへ行ってみようか」

 また井口の名前を口に出す。もう怒る気にはならなかった。

 一体俺は何をやっているんだろう。

 ふと冷静に自分を見つめ直すと自分がしていること、抱いている感情が滑稽に見えてくる。「井口はどうだろう。あいつ部活とかいろいろい忙しいからな」

 そうと彼女は残念そうに夜空を見上げていた。また嘘をつく。

 それを見ていて、また帰り際に彼女をデートに誘おうと決める。当然、井口抜きで二人きりでだ。

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