人はちょっとしたことでも高揚感を得られるものである。

 ちょっとしたことでも消沈していくものである。

特に最近の俺はどうしようもなく感情の起伏が抑えられていないように思える。

「ポニーテール」

 内藤莉英の髪型を見た瞬間、高揚感で心が満たされていた。

「うん。そう。やってみたんだけどどうかな?」

 ちょっと髪の毛を切ってポニーテールが似合う髪の長さにしたという。勿論、似合わないわけがない。

「いいね」

もしかして俺画素の髪型が好きだと言ったから切ってくれたの? と訊けなかった。

 俺と莉英は水族館へ行って以来学校でも普通に会話をする仲になった。教室で顔を合わせればあいさつをして、昼休みも一緒に弁当を食べた。

「ねえ、最近よくつるんでいたクラスメイトと昼食べなくていいの?」

 昼休みに購買で買ってきたパンをかじっていると、隣で莉英が訊きてくる。

「うん。そう言われてみればそうだね」

 そう言われてみればというよりも、意識してそれをしているという方が正しいかもしれない。単純に、彼らといるより莉英といる方が楽しいからそうしている。

「莉英は? いいの?」

「私は別に一定の人と食べたり元からしていないから」

 そこで俺といるのを選んでくれたとかというニュアンスを会話に含ませてれればいいのにと、淡い期待をしてしまっている。

「そうなんだ」

「でもさ、圭君はやっぱりあの人たちといない方がいいよ」

「どうして?」

「何となく、似合わないし、圭君らしくないからつまらないと思うんじゃない?」

「そうかな?」

「きっとそう。だって私とか健太郎君といる時と全然表情違うもん」

 それはそうだ。健太郎の時も莉英といる時も楽しい。

 ただ、莉英と健太郎と時とでは楽しい感覚が少し違う気がした。

「どう違う?」

「何だろう、リラックスしているかな?」

 確かにそうかもしれない。二人とも一緒にいると癒される。

 ただ、莉英と健太郎とでは癒されるという感覚も少し違う気がした。

「圭君はさ、私といて楽しい?」

「え?」

 唐突な質問に思わず聞き返す。

「いやさ、本当のところどうなのかなって。自分で話していて疑問に思ってきちゃって。私といて本当に楽しいのかな? リラックスできているのかなって」

「それはそうだよ。どうして?」

「だって、私たちって変な関係じゃない?」

 変な関係。その関係を終わらせることはできないのか。ふとそんなセリフが思い浮かぶ。

「圭君と健太郎君はホントに仲がいいなと思う。だから本物だろうけど、その間に割り込んだ私って一体どんなのかな?」

 割り込んだなんてまるで莉英が邪魔者みたいじゃないか。憤りを覚える。本当はもしかしたら彼女は俺たちいや、俺との関係を今のままではいたくないと思っているのではないか。

「そんな莉英だって今や…」

 今や何だ。友達か。それとも何だ。

 俺は確信に近いものを得られた気がしていた。俺は内藤莉英という女性を本気で好きかもしれない。さらに、彼女は俺のことを好きでいてくれているかもしれない。

「ねえ。莉英」

「何?」

 会話を途中で遮って顔を近づける。

「あのさ」

 俺のこと好きなの? 俺は莉英のことが好きみたいだ。半分言いかけた。その言葉の前に身体が先に我慢できずに彼女の手に触れていた。

「何?」

 触れた手を慌てて引っ込められた。その引っ込めた顔は変なものを見るような顔をしていた。

「え?」

 意外な反応に、急に今までの気持ちが消沈したのを感じる。

「だから何?」

 莉英は笑っていたが少し顔を引きつらせる。

「いや、なんでもない」

 俺は彼女にそっぽを向いて残りのパンを一気に口へ入れる。喉にパンが詰まりむせ返る。

「大丈夫?」

 後ろから背中を摩ってくれる彼女の手の感触を感じながら無性に虚しさと情けなさが込み上げてきた。

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