普段、学生服しか見ていないクラスメイトが、休日私服を着て会うと印象が全く違く見えるものである。

 それは内藤莉英も同じだった。上半身は秋ということもあり紺色のハイネックのセーター。下半身は黒のスキニーパンツという恰好だった。シンプルなコーディネートだったが、シンプルがゆえに身体の細さだったり、彼女の顔の魅力が際立って見えた気がした。

 新宿駅東口改札前に集合し、彼女が現れた瞬間、しばらく何も話さず呆然と見続けてしまった。

「おはよう」

「あ、おはよう、、、ございます」

 それに対し、彼女はいつも通りだった。

「行こうか」

 とりあえず、俺たちは前日に下見していたスパゲティー店へと足を進めた。事前に彼女からどこに行きたいかと聞き、どこでもいいという返信が来た。色々な悩んだがまずはお互いのことを知りたいと思い、長めに昼食をとることに決めた。

「スパゲティー専門店なんだけどいい?」

「うん。大丈夫」

 店の前で聞くと彼女は淡々と答えた。少しオシャレでリーズナブルな店。それで探したのがこの店だった。大丈夫というのは好きでも嫌いでもないということだろうか。考えすぎだと思うが複雑な気持ちになる。

 店に入り、俺たちはテーブル席に向かい合うように座ると、それぞれスパゲティと飲み物を頼む。

「何か、こうして目を見て話すのは初めてだね」

 少し落ち着いたところで彼女が口を開く。言われてみれば、彼女と話す時はしっかり目を見て話せていなかったかもしれない。

「すみません」

「謝る必要ないよ。私だってきちんと中川君の目を見て話していなかったと思うし。それと、敬語使わなくてもいいよ」

 初めて彼女に優しい言葉をかけられた気がする。心なしか、表情も柔らかく少し微笑んだ気がした。言われてみれば最近ずっと彼女と目が合う時は睨まれたりするだけな気がして、そのような顔をされたことで心が揺れ動くのを感じる。

「う、うん。あの、まずさ、お互い何て呼び合う?」

「普通に私は莉英でいいよ」

「ホント? じゃあ、俺は圭で」

「そこは、圭君でいいかな? まだ仲良くなって間もないし、呼び捨ては失礼な気がして」

「そうだよね。じゃあ、僕も莉英さん、いや、内藤さんにするよ」

「私はいい。むしろ、男子に呼び捨てされたことなかったから、ちょっとされてみたい」

 今度は明らかに微笑んだ。これも初めて彼女から自分の要求を聞いた気がした。また自分の心が揺らぐ。

「何か、学生服来ている時と印象違うね」

 俺が彼女と出会った時思っていたことを彼女が言う

「え? どういう風に?」

「どうってわからないけど、学生服で会っいる時は何だか、セコい感じ?」

「セコい?」

「ごめん。失礼だよね。本当にごめん」

「いやいいよ。どうしてそう思ったの?」

「だって、明らかにいじめられているのにハッキリ止められないし、わかっていると思うけど、私、ああいうのが一番嫌いだからさ」

 篠原のことかと思った。彼女の言うとおりだった。今度は別の意味で心が揺らいだ。

「でもね、たぶんだけど、止めたいとは思っている気がするんだよね。でも言えない感じなのかなって。だから、ズルいじゃなくてセコい。そうじゃない?」

「そうだね」

 きっと彼女の中では、ズルいはそのまま放置しておく最悪な人間。セコいは放置するのは悪いとわかっているけど、それを自分でどうにかすることができない最悪一歩手前な人間。そういう感覚で使い分けているのではないかと思った。

「でも、今日会って、それが確信に変わったというか、ホントはいい人なのかなって思った」

「それは褒めているの?」

「ごめん。そのつもり。私、正直に言ってしまうし、人を褒めるの苦手で」

 それで店に入ってからの彼女の表情が変わったのが何となく理解できた気がした。

「俺も内藤さん。いや、莉英の印象が学校の時と違うと思った」

「へえ。どんなふうに?」

 彼女の声が高くなり、少し身を乗り出す。そのしぐさに、動揺を隠せなかった。

「えっと、少し明るいかな」

 そして正直に自分が抱いている気持ちを言えていない気がした。

「そうなんだ。普段の私って暗い感じ? そうだよね。あんなところ見られたし」

 あんなところというのは、夜の公園でのことを指しているのだろうと思った。一瞬、彼女の顔が暗くなり目を反らす。

「いや、暗いとは思わないけど」

 けど、どうして自殺なんかしようとしたの? とは聞けなかった。

「趣味は何?」

 ありきたりな話題を振ってみることにした。

「音楽聞くこととか、映画観ることとかかな?」

「映画? 俺も映画観るの好き」

「へえ。どんな映画観るのが好きなの?」

「どんなのでも。莉英は?」

「そうだなあ。ホラー以外なら何でも」

「ホントに? 良かったら今度映画に一緒に行く?」

 共通の趣味があったことで気持ちが大きくなったのは明らかだった。そもそも、俺たちに次があるのだろうか。そもそも、この関係は何だろう。そもそも、彼女はこのシェア彼女をどう思っているのだろう。軽はずみな発言をしたと後悔する。

「いいけど。いつ?」

 しかし、KOの返答はすぐに返ってきた。

「えっと、じゃあ、来週の日曜日は?」

 考える間もなく聞くと、いいよという彼女は言った。女の子とこうして二人きりでいることはもっとハードルが高いものだと思っていた。それが今は簡単にできてさらには次の約束までできている。この空間にいる自分は何なのだろう。自分が自分でない気がした。

 それから俺たちはいろいろ話をしてニ時間くらいあっという間に経過したことを覚えている。残念なことにその会話の内容はも何を話したか思い出せない。それは思い出せないほどに他愛もない話だったのかもわからない。ただ、今までに経験したこともないくらいに気持ちが高ぶっていたことは覚えている。

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