ここで内藤莉英というクラスメイトを紹介しようと思う。

 と言っても、彼女と出会ったのは高校からでまだ数カ月しか見ていないし、彼女と一度も会話したことがないのでほぼ外部から観た印象と、周りからの噂で知りえたことしかわかってはいない。

 彼女は母親が韓国人のハーフらしく、他の女子生徒に比べて、明らかな日本離れした顔というわけではないものの、少し切れ長な目、大きな口元の容姿で個性的な見た目をしていた。性格は篠原の一件だけ見ると、サバサバして人当たりがきつい人物のように感じるが、普段は物静かで真面目な生徒の一人だ。ただ、男子生徒が掃除当番をサボったりするとすかさず注意しに行ったり、授業中、私語ばかりして授業妨害する女子生徒には授業後うるさいと言ったりと、その前にも度々そういう小さな事件は起こしていた。そんな彼女だからか、クラスメイトの中には嫌っている生徒もいた。その反面、決して間違ったことを言っていないし、彼女と同じ思いでいた生徒も少なからずいたわけで、彼女のことを慕う子もいてクラスから浮いた存在では決してない、という俺からしてみればその見た目と内面は少し変わった存在だった。

 それゆえ、彼女は俺の気を引いた。これが好きという感情ではあるかはわからないが、とにかく気になる存在であることは間違えなかった。

「なんだ。どうして一緒に来なかったんだよ」

 突然、メールで井口から集合をかけられたのはその日の夕方だった。

「どうしてだよ。彼女だぞ。」

 シェアだけどなと付け加える。

「だから、そのシェアというのは何だよ。わけわからないって。どうすればいいかわかんないし」

「わかんないってお前、それは彼女としたいことをすればいいだろ?」

「だからそれが、、、」

「もう変わらず頭硬いなあ」

「いや、頭硬いって。。。」

「まあ、いいや。彼女にもメール送っておいたし。そのうち来るだろう。どうせこの数日間、何もしていないんだろ?」

 メールの内容は、今日、シェアの件でいろいろ決めるから帰りに駅前のファミレスに集合!! とだけ書いてあった。

「ってお前は何かしたのかよ」

 いや、と言って井口はメニューボードを手に取る。

「だろ?」

「そりゃあ、俺も初めての彼女なんだから何をしたらいいかなんてわからないよ。だから、こうして話し合いの場を設けたんだろ?」

 裏表もなく直球すぎて返す言葉もなかった。

「俺、ハンバーグとライス。お前あれだろ、チーズピザだったっけ?」

「チーズコーンピザ! もう少し待った方がいいんじゃないか? 彼女来ていないし」

「いいよ。何時になるかわからないし。だいいち、地元に合わせてやったのに、俺の方が来るのが早いってどういうこと? しかも、彼女にいたっては集合時間過ぎているし」

 確かに、彼の方が俺の通っている学校の最寄り駅よりも電車で五駅乗ったところにある。すみませんと、店員を呼び、自分の頼みたい料理と俺のピザを注文していた。

「でもさ、お前、ラグビー部の部活はいいの? まだ夕方五時半だぞ?」

「ああ、部活なら辞めた」

「え? 辞めたの?」

 あっさりと言った彼にどうしてと聞こうとしたところで内藤莉英が姿を現す。

「おう、まあ座れよ」

 現れた彼女は、どこか仏頂面で俺の隣に腰を降ろした。彼女が座った瞬間に、反射的に彼女と距離を置くように少し離れて座り直した。

「で、何頼む?」

 井口が彼女にメニューを渡す。彼女はメニューを観ずにミートドリアと答えた。

「そう。ドリア好きなの?」

 彼女は無言だった。井口はすみませんとまた店員を呼び、彼女の注文を告げていた。

「あの、怒っていますか?」

 俺は恐る恐る聞く。

「別に」

 彼女は水を一口飲んだ。

「おい。どうして敬語? っていうか、ぶっちゃけ怒っているでしょ?」

 井口がニタニタと笑う。

「いや、だから怒っていない。ただ、どうすればいいかわかんないだけ」

 なるほど。それはそうだと思った。というより、あんな無責任で無茶苦茶な提案をしてメールアドレスまで交換してここに来てくれているだけありがたいとことだ。

「そうそう。俺らもそう。わかんなくてさ、話し合おうと思っていたところ」

「あのさ、聞いていいか?」

「ダメ、中川は面倒だから」

「いや、井口ふざけるな。真面目に言わせてもらう。そもそも二人ともシェア彼女っていうのは本当にやるのか?」

 シェア彼女はホントにやるのか? の所だけ声のボリュームを落として周囲を見渡す。

「やるに決まっているだろ?」

「いや、お前に聞いていない。内藤さん。ホントにやるんですか?」

「だからどうして敬語?」

「うるさい!! 黙れよ」

「いや、どっちでもいいけど」

「え?」

「ほら、そう来ないとね。じゃあ、どうしようか」

「よく考えた方がいいんじゃないか? そんな簡単にするものなのか? 付き合うって」

「よくわからないけど、わからないからいいんじゃね? とりあえずやってみれば。 な? 内藤さん?」

「わからないよ」

 わからないなら、こんなことしない方がいいんじゃないかという思いもあったが、どこかやはり「彼女」という言葉はどこかステータスを感じる。一つ自分が上の人間に慣れた気分になる。このままできるならばやってみても良いんではないかとも思ってきた。

「ちなみに、俺と中川童貞だからよろしく。何分初心者なのよ俺ら」

「おい!」

 そんな恥ずかしいことを大声で話すなと言いたくなったが、彼女は表情一つ変えずコップの水を一口口に含んだ。

「私は何でもいいよ。ホント私だって同じ」

 私だって同じ。それは彼女も俺たちと同じなのだろうか。と、失礼しますと店員が三人の注文した料理を一気に持ってきてテーブルへと並べた。

「とりあえず食べながら話しますか」

「あのさ、とりあえず空いた日にデートしてみるのはどうだろう」

 ピザを手に取りながら二人の顔を交互に見る。

「何だよ。乗り気になって。どこか行きたいところでもあるの?」

「いや、そうじゃなくて。何となくお互いのこともあまり知らないし、まずは知るためにも一緒にいた方がいいかなと」

「真面目!! キスとか最低でも提案しようぜ。な。内藤さんはどう思う?」

「とりあえず、口にモノを入れながら話すの止めようよ」

 井口はフォ―クで刺したハンバーグを口に入れようとしたところで「すみません」と真顔で注意した彼女に謝る。

「はは。相変わらず」

 その光景に思わず、噴出してしまったが、その俺に彼女がキッと目線を向けてきたので笑顔が凍った。篠原の事件の時と同じ目だった。

「私は明後日日曜日空いているけど」

 すっかり井口が無口になってしまい、会話のなくなった三人に口を開いたのは内藤莉英だった。

「お、おう。俺も空いているな。中川はどうだ?」

「空いているけど」

「よし。じゃあ、こうしよう。午前中と午後に分けてデートするのはどうだ?」

「俺はいいけど、内藤さんは一日空いているの?」

「うん。いいよ」

「よし、決まりだな。中川。午前、午後、どっちがいい?」

「いや、どっちでもいいけど」

「じゃあ、俺は後攻にしようかな? 野球でも後責めは優位だろ?」

「いや、野球じゃないし、責めじゃないだろ?」

「よし決まり!!」

 井口は調子を取り戻し有頂天でその後も彼中心に会話が進んだ。だが、彼女に指摘されたように食べる時と会話するときはしっかり分けて食事をしていたのは滑稽だった。こんなに素直に人の言うことを聞いた彼を見たのは初めてだった。

 こうして内藤莉英は正式にシェア彼女となった。

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