⑤
俺が言った効果か、いや、そもそも実行する勇気がなかったんだと思うが、一瞬持ち上がった内藤莉英をシメる計画は自然消滅し、普段通りの教室風景が続いた。
変わったことと言えば、篠原がいじられなくなったことぐらいだ。正直、あの光景を見るのが好きではなかった身としてはそのような方向になったのは喜ばしいことだった。
体育の授業でペアでストレッチをすることになり偶然篠原と一緒に行うことになった。
長坐位になった彼を後ろから押しながら、彼の身体のフォルムを見下ろす。身長は160㎝くらいで肥満体質で丸い背中。腹部は出ていて、顔もまん丸。人は良さそうな雰囲気だが、イケているとは到底思えない。俺も身長が高いわけではないが、コイツよりはマシだと勝手に罵る。
「中川君。ちょっと痛い」
つい力が入ってしまい、少し緩める。
「最近、どう?」
「どうって?」
「いや、いじられなくなったろ?」
彼は黙った。後ろからだとどういう表情をしているからからない。
「やっぱり、嫌だったよな?」
小声で彼に囁いてみる。
「いや、うん」
それに対し、曖昧に返事をされる。確かに、誰が盗み聞きしているところで本音は言えないのは仕方ない。
「そういえばさ」
俺は彼に聞きたかった本題へ入る。
「篠原って彼女とかいる?」
「え? いない」
ボソッと彼は言う。その瞬間、少し安堵した自分がいた。相当魅力がないから恋人ができない。あの時の会話がずっと胸に突き刺さっていた。劣等感。それを振り払うためには、篠原に事実を確認しなくて貼らないと思っていた。だが、この話題を振るまで正直、いると答えが返ってきたどうしようかと不安になりすぐには聞けなかった。
「今までは?」
「今までって?」
「今まで彼女何人いたの?」
調子に乗った俺はさらに責める。彼は黙り込んだ。その沈黙で彼が一度も恋人がいないであろうという推測はついた。その瞬間、安堵の気持ちから優越感を味わう。予想通りだ。しかし同時に恋人のいない自分は篠原と同レベルということではないか。急に絶望と劣等感が押し寄せてくる。
俺たちがストレッチをしている少し先で女子たちがバレーボールをしている姿が目に映る。
世界の半分が女子。
この中で恋人がいる女子はどのくらいいるのだるか。それを考えても無意味なことはわかっているがつい考えてしまう。俺や篠原みたいな男子と付き合ってくれる女はどうして出てこないのだろうか。篠原はともかくどうして俺までもが爪はじきみたいな目に逢わないといけないのか。
その女子の集団で内藤莉英の姿が映った。体操着姿は普段学生服よりもスレンダーに見えた。一体、彼女はどういう男と今まで付き合い、もしかしたら現在付き合っている男はどういう男なのだろうか。何故か、彼女が男と付き合っているイメージがわかなかった。彼女に魅力がないわけではない。彼女が恋愛対象として恋愛をできるのか、彼女自身が恋愛をすることが想像できなかった。ただ、彼女も俺と同じ恋人いない=年齢の底辺な人間だとも思えなかった。
そう、そうだ。俺と彼女はシェア彼女なんだということを改めて思い出す。
かと言って、あの公園での出来事からも数日経ったが、俺たちの関係は変わらず、メールアドレスを好感したにもかかわらず一通もメールは交換していないし、学校へ来ても会話どころかあいさつすらせず遠くから見つめているだけの何一つ変わっていない日々。井口は彼女とメール、いや、あれから会っているのだろうか。あの夜以降まだ彼とも会っておらず、メールで確認することでもないと思い、聞いていなかった。
そもそも彼女はどうして自殺なんかしようとしていたのか。
数日間、彼女の様子をチラチラ横目で見ていたが全く変わった様子はなく、学校も休むことなく通い続けていた。いや、あれは自殺しようとしていたわけではない。もしかすると、何か演劇の練習か。そんな馬鹿なはずはない。刃先が首に付きかかっていたんだ。彼女の顔も夜で良くは見なかったが本気な気がした。
「中川君。そろそろ交換・・」
「おお、悪い悪い」
とりあえず、公園での出来事、内藤莉英のことは頭から消去しようと決めた。
それにしても立ち上がった篠原は太っている上に猫背で、ますます冴えない男だなと心中で改めて思った。さっき疑問に浮かんでいた彼に付き合ってくれる人がいない理由が何となくわかったきがした。そしてこんな男よりもイケている俺はまだ大丈夫だと自身に心の中で笑う自分が無性にイヤらしく思えた。
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