というわけで、夜の公園で井口と俺が内藤莉英と偶然出会う場面になるのである。

 どういうわけというのは俺の方が聞きたいくらい、この出会いは不意打ちでさらに、その彼女がしようとしていることも状況を把握するのに時間がかかるものだったし、輪をかけて井口が発した言葉も理解しがたいものであり、完全に混乱していた。

「で、どうすればいいの?」

 井口の言葉で彼女は自分に向けていたナイフを降ろす。

「単純に、俺らの恋人になってくれればいいんだよ。いいよな? 中川?」

「いや、いいよなって、いいって、そんな・・・」

 発想がメチャクチャ過ぎて思考がやはりついてこない。

「恋人って? 何するの? これから私を襲うの? 強姦?」

「そんなわけないだろ。恋人だぞ? ただし、俺と中川のシェアでな。まあ、まずはその手に持っているナイフを捨てるかしまうかしろよ」

 彼女はナイフを見つめてフッと笑ったかと思うとそれを地面に投げた。

「それでよし」

 よしじゃないだろう。と思ったが、とりあえず、彼女が最悪なことにならなずに済んでことは井口のファインプレーだと思った。

 それから井口は内藤莉英を家まで送るということで、三人で夜道を歩いた。その間、井口は彼女に何処へ住んでいるのかとか、学校生活はどんなとか先ほどの発言を忘れたかのように会話を楽しんでいた。彼女も自殺しようとしていた人間には見えないほど普通にその質問に答えていた。俺は全くこの二人に着いていくことはできなかった。

「とりあえず、メール交換しようぜ」

 と言って、最後は別れ際にメールを交換し彼女と俺たちは別れた。

「なあ」

 井口が口を開く。

「良かったな」

「何が?」

 井口は答えなかった。

「あのさ、どういうことだよ」

「どういうことって?」

「あ、あの、この状況だよ」

「そっか。とりあえず、シェア彼女で良くない?」

「はあ?」

「俺と中川であの子をシェアして彼女にするでいいだろ? な?」

「な? じゃないだろ。そんなこと聞いたことない」

「いやあ。でも、これから楽しくなりそうだな」

「だからさ、人の話聞けよ」

「うるせえな。全く」

 うるせえなじゃなくてさ。と言って、俺も返す言葉がなくなっていた。

「あのさ、でも彼女俺らと別れてやらないかな?」

 一時は人に見られたことで自殺を止めたが、また一人になったら実行するのではないかと頭をよぎる。

「ないね」

 井口はすっぱりと言い切る。

「どうしてだよ」

「わからないけど勘かな? ナイフ捨てたし」

「おいおい」

「それに、顔つきもちょっと変わってなかったか? あ、でも暗くて良く見えなかったか」

 井口はふっと鼻で笑う。

「笑いごとじゃないって」

 ただ、俺も何となくだが大丈夫な気がした。そもそもホントに死ぬならもっと簡単な方法で人気のない場所はいくらでもあった気がする。ホントは誰かに止めてほしかったのではないのか。それが顔見知りの俺らでホントは彼女としてはホッとしているかもしれない。それは自意識過剰か。とは言え、彼女という言葉は悪い響きではなく、冗談でもこのままでいいかとこの日はそれ以上詮索することなく彼とも別れた。

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