②
「あいつムカつくよな」
思うのは、人間の感情、特に怒りの感情というのは極めて盲目で自己中心的になりやすいということだった。
「そうそう。俺らが何したって言うんだよ」
さらに、その怒りに同調する者が現れると、その怒りが正しいものだと錯覚を覚え、ボルテージは膨らみ止まらなくなる。
放課後、篠原に奢らせようとしていたクラスメイト三人にカラオケに誘われて部屋に入ってからかれこれ三十分以上は歌わずに怒りをぶちまけ合っている状況が続く。
「な、中川もそう思うだろう?」
クラスメイトが俺にも同調を求めてくる。ちなみに、今いるクラスメイトには勿論のこと名前があるが、彼らのことはあまり気が合うと思ったことはない。かと言って、同じクラスメイトで気まずい関係にもなりたくもないから、誘われたらこうして付き合いで来ているわけだが、せめてもの反抗でこいつらの名前を呼ばずに会話を成立させている。
「なあ。あの内藤をさあ、今度シメないか?」
「シメるって、どうするんだよ?」
「それはお前、ボコボコにしてあとは少し遊ぶんだよ。あいつ、中々可愛いしさ」
「おお、マジでいいかも」
「ボコボコにするのは顔はバレるとダメだから腹でさ」
会話があらぬ方向へ向かっていた。
「おい。それはいくら何でもやりすぎじゃないのか?」
これには黙って聞いていた俺も三人に割って入る。
「どうしてだよ。あいつムカつかないのかよ」
「やるのビビっているの? 大丈夫だって。バレないようにやるんだよ」
「それともあれか? あんな奴のことに気があるとか?」
まずい。つい本音が出てしまった。慌てて頭を巡らせて軌道修正する。
「違う。そんなことしたってさ、内藤のことだから凝りないだろうし、そもそも、篠原なんていじって面白くもなんともないと思ってさ」
三人は黙る。さらに追い打ちをかけてみる。
「だって、あいつ、ノリも悪いし、今日だって俺らのことかばってくれたりもしないし、一緒にいても俺らが損するだけじゃねえの?」
「中川の言っていることは一理あるな」
「確かに、篠原といてもつまらないし、俺なんかちょっとムカつく時もある」
「そうか。俺らの敵は篠原か。篠原をボコボコにすればいいのか」
いや、だからどうしてそういう発想になるんだ。本当に付き合っていて面白くないのはお前ら三人だとついまた本音を言いたくなるのを堪える。
「いや、面倒だから無視でいいんじゃね?」
「そうだな。面倒だからそうするか」
「よし。歌おうぜ!」
三人はそう言って曲を探し始めた。ホント心底馬鹿な奴らだと思う。どうしてこんな奴らとカラオケボックスに行かないといけないのだろう。そもそも俺は歌うのが嫌いでカラオケボックスには行きたくないのに、毎月数度無駄な時間、無駄な金を使わされる。
そう思っているんだったらハッキリ言いなよ。
ふと昼休み、目が合った時の内藤莉英の顔を思い出す。
正論が正義が必ずしも正しいわけではない。今の生活を守るためには色々とあるんだ。でも、俺の守る生活って何だろう。こんな仲間とこんなところでいることか。平和だけどクラスの中で仲良しごっこをする学園生活か。
曲が流れ始める。騒音としか思えない歌声。いつもは耳障りだが今日はその音も耳には入ってこなかった。
そのカラオケボックスの中にいる最中、内藤莉英のことばかり考えていた。
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