第39話 帝国の動向

「ねえ、ねえってばあ」

「……俺は忙しいんだ。後でな」

「えー」

「領地に帰って待ってろって」

「会わせてくれるって言ったじゃない。一目見たら帰るから、ね」

「いやだからだな。ちゃんと会わせると言っただろ」


 全く、何を思って突然やってきたんだよ。カボチャの馬車に乗ってとっととお帰り頂きたい。

 帝国と戦争になるってことは、ウラドだって覚悟していただろうに。

 あの時、彼女はまるで心配した様子がなかった。

 でもどうやら、俺の勝利を疑わないからという理由ではなかった様子……。

 転生者と会う約束を出汁にして居座っているけど、彼女がここに何故きたのかなんて明白だ。

 いざとなれば、彼女が俺だけでも連れて逃げるつもりなのだろうよ。

 そんなものお断りだ。俺だけ一人落ち延びてどうなるってんだよ。俺と命を供にしようとした兵たちに俺も応えねばならない。

 潰走することがあっても、兵と一緒にだろ。

 

 俺たちはトイトブルク森の目と鼻の先で夜営を行おうとしている。

 ここで陣地を構築し、今回の拠点とする予定だ。

 補給物資も全てここに運び込む。土木工事を行う用意も万全である。

 

「イケメン! ねね、あなたの従者なの?」

「夜目が利くのか。さすがバンパイア。昼でも平気なのが意外だったけど」

「昼と夜は見え方が少し違うけど、バッチリ見えているわよ」

「そうか。じゃあな。九曜。報告を」

「……了」


 片膝を付いた九曜がすっと紙片を差し出す。

 佐枝子? 喰いつかんばかりに九曜を見ていて気持ち悪いから、馬車の方へ向け背中を押して「はよ、行け」と態度で示しておいた。

 

『帝国はトイトブルク北の城壁で休息中。これで二日目になります。ロレンツィオ様とお会いできました。森の中で潜伏するとのこと。場所は聞いています』


 ふむ。順調といったところか。


「ありがとう。九曜。しっかり休んでくれ」

「……了」


 すっと立ち上がった九曜は、一礼し闇に紛れた。

 佐枝子の目線を追うと、彼が今どこにいるのか分かる。いつもあんな動きをしていたのか、ささっと高い木に登って枝を伝うなんて俺にはとてもじゃないけど無理だ。


「ねね、イル」

「はいはい。見学は終わりね。連絡はするから」


 行った行ったと、佐枝子の背中を押しカボチャの馬車へ押し付ける。


「まだ転生者を見ていないわよ。でも、あなたと九曜くんがきゃっきゃする姿なら一旦は引いてあげてもよくってよ」

「帰れ!」


 だらしない顔をしやがって。一体どんな妄想をしているんだよ、ほんとにもう。

 俺や九曜を頭の中で思い浮かべるのは止めていただきたい。

 なんだかこの顔を見ていると、転生者に会うという口実で、万が一の時に俺を護るためとか考えていた自分が馬鹿らしくなっていた。

 

 ◇◇◇

 

 佐枝子を馬車に押し込みバタンと扉を閉めた俺は、肩で息をしつつ前線指揮官らを集める。

 カボチャの馬車がまだ動いていないことを気にしている場合ではないのだ。

 前線指揮官らといっても、五人だけなんだけどね。作戦内容を通達する時になれば、彼らから伝達してもらう。

 

「騎士団長、守備隊長、グリモア、ジョルジュ、そしてアルゴバレーノ。先ほど九曜が戻った。状況を確認しよう」

「承知いたしました!」


 代表して騎士団長が敬礼で応じる。

 五人を集めたわけだけど、俺の後ろには桔梗が控えているのはいつものこと。九曜は休憩をとってもらっているので今はいない。

 九曜から受け取った紙片をそのまま読み上げ、順に彼らへ目を向ける。

 

「帝国は我々を城壁で待ち構えるつもりなのでしょうか?」

「今のところは、な」

 

 騎士団長の問いに頷きを返す。

 今度は守備隊長が眉間に皺を寄せ、声をあげる。

 

「城壁から動かぬとなりますと、どのように攻めますか?」

「放置だ」

「……といいますと」

「帝国は攻め手であり、戦争目的はイルの捕獲または王都の占領である。あいつらは、動かざるを得ないんだよ。もちろん、帝国だって馬鹿じゃない。俺たちがトイトブルク森を戦場にしようとしてくるかもしれないと考えていることだろう」

「こちらも待ちですか?」

「うん。ただ待つわけじゃないけど。作戦通り、ここに拠点構築。部隊を三つに分ける」


 指を三本立て、口元に僅かな笑みを浮かべた。

 く、くくく……。

 そこでアルゴバレーノにポンと肩を叩かれる。

 

「イル。あんた、悪人のフリが本当に似合わないね。不敵なつもりなんだろうけど、保護欲を誘うよ」

「え、あ。悪そうな顔をしてたか。こう、計画を練っている時って」

「悪そうな顔にはなっていないねえ。思わず抱きしめて守ってあげたくなるような、そんな感じよ」

「今は女装だってしていないんだけどな……。護られるような幼い子供でもないし」


 彼女の言い分はイマイチ理解できないが、気にしないでおくとしよう。

 コホンとワザとらしく咳払いをして、立てたままだった自分の指に目をやる。

 

「まず、人間と一部の獣人は拠点構築。総指揮は守備隊長に。サポート役に騎士団長。開拓魂溢れるアルゴバレーノは獣人らの面倒を見てやってくれ」

「土を掘るのならみんな速くなったよ」

「そいつは素晴らしい。土を掘り返すのは最も重要な役目だ。頼んだぞ」

「あいよ」

 

 アルゴバレーノと手を合わせ、お次は騎士団長と守備隊長に。


「総指揮が守備隊長の理由は拠点構築の経験があるから。騎士団は守備隊から貴重な経験を通して拠点構築のやり方をきっちりと習得してくれ」

「承知いたしました」

「ヴィスコンティ殿、よろしくお願いいたす」


 ガッチリと握手を交わす二人に誰が上かといった確執は見受けられない。


「次に、夜目が利く者を二十名ほど選出して欲しい。これを九曜と桔梗に預ける。選出はグリモアとジョルジュに任せる」

「九曜ってこたあ、あいつと同じ黒豹か猫辺りだな。あんたのことだ、九曜についてこれる奴がご希望なんだろう?」


 顎髭をしごきながら、ニヤリとするグリモアに同じような笑みを返す。

 もう一人の指名者であるジョルジュは、短い金色の毛を頭にやり何やら思案顔だ。

 彼は主にピケから集めてきた傭兵たちのまとめ役をやってもらっている。

 グリモアより少し年下くらいに見える鬼族の青年で、額から細長い角が生えていた。鬼族は筋骨隆々の偉丈夫が多いのだが、彼の体躯はそれほど太くはない。

 しかし、筋力が無いというわけじゃなくて、ボクサーのような引き締まった肉体を持っている。


「ジョルジョ、意見があるなら言ってくれ」

「主よ。エルフを知っているか?」

「うん。滅多に見ないけど、身軽な種族だと聞く」

「エルフは弓が得意な者も夜目が効く者も多い。猫のように前に出るわけではないが、主の目的にも合致すると思う。いかがか?」

「エルフは夜でも平気なのだったか。タレントの違う者は貴重だ。戦術の幅が広がる。是非、招きたい」

「承知した。それがしが参加したいところなのだが、鬼族は人間と視力が変わらぬ」

「ジョルジュにはジョルジュにしかできないことがある。そっちで活躍してくれ」


 ピケから招いた傭兵部隊のうち七割近くが人間以外の種族である。

 一方、グリモアの元警備兵らもヴィスコンティ打倒の際に集めた者たちが中心となっているので、人間以外の比率が五割近くになるんだ。

 人間には人間の特徴があり、他の種族には他の種族の特徴がある。それを活かさぬ手はない。

 

「最後に三つ目。これもグリモアとジョルジュに頼む。今度は樹上が得意か、森林での活動が得意な者を集めて欲しい」

「森の中で何かをする役目か。なら、いろんな奴を集めるぜ」

「ローテーションを組むのと、少数部隊で編制してくれ。こまごまやってもらうから」

「あいよ。俺も参加させてもらうからな」

「そこは任せる。要は、使い分けだからさ」


 パチリと片目を閉じると、グリモアが指を鳴らし気合を入れる。

 

「じゃあ、一旦はこれで。編成の方を頼む」


 その言葉を最後に、この場は解散となった。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る