第38話 帝国に鉄槌を

「この戦いは祖国存亡の戦いではない。防衛戦争であることは確かだ。だが、我が王国民に一人たりとも被害者を出すつもりはない。我についてこい。帝国に鉄槌を!」

「帝国に鉄槌を!」

「帝国に鉄槌を!」


 両手をあげると、割れんばかりの怒号が響き、皆口々に帝国打倒を叫ぶ。


「明朝行軍を開始する。それまで各自、最終確認を行い、じっくりと休息を取れ。では、解散!」

「ミレニア王国とイル王に栄光あれ!」


 腕を振り上げ、兵達が口を揃える。

 なんと傭兵たちまで同じように叫んでいるから、ちょっとびっくりした。いつの間にか、統制が取れているじゃないか。

 いい傾向だ。傭兵を集めてくれたのは、ピケのスパランツァーニである。

 彼は間違いなく変態だが、仕事はできる。異国の者も多数混じっている様子だ。

 望めば、王国民として迎え入れることも彼に伝えていたのだけど、この中で希望者はいるだろうか? 

 いずれにしろ戦後になってからだな。異国の者だと母国との関係性もあるし、国替えすることは中々難しいものなのだけど、その辺はあの変態がきっちりと選別してくれているはず。俺は何ら心配せず、もろ手をあげてどうぞどうぞすればいいだけだ。

 

 兵の前での演説が終わった後は、有力者を集めての作戦会議となった。

 メンバーは騎士団長トリスタン、守備隊長カピターノヴィスコンティと彼の息子、街の代表としてサンシーロ、不在の間の治安維持を任せるジャン・クレモーナ、此度の兵站へいたんを任せる王の商隊代表ネズミ、警備隊からグリモア、それに今回の予算計上を担当するベルナボと数人の文官、結構な人数になった。

 俺の座る席の後ろには桔梗と九曜も控えている。


「では、作戦会議をはじめよう。騎士団長、何か悪い知らせでも入ったか?」

 

 珍しく落ち着かない様子の騎士団長に問いかけると、彼ははたとなり苦渋に満ちた声を出す。

 

「リグリア領が無血開城を宣言し、帝国を迎え入れると報告が入っております」

「そうか」

「いかがなされますか。リグリア防衛を?」

「騎士団長、戦略に明るい君ならば分かるはずだ。その必要はない」

「ですが……」

「問題は無事無血開城できるかどうか。まあ、ここまでやってくれたんだ。残りもロレンツィオならば容易いこと」

「こ、この絵図を描いたのはイル様……なのですか?」


 困惑する騎士団長に向け、力強く頷きを返した。

 

「トリスタン、君に話したことがあっただろ。これが三つ目だ」

「ど、どのような意図があられるのですか……。自国をむざむざ敵の手に差し出すなど」

「帝国には有事になればリグリアが尻尾を振るかもと囁くようにしていた。となれば奴らは動きやすくなるだろう?」

「そ、それはそうですが」

「君の憂慮は分かる。ヴィスコンティもだろ? 民に被害が及ばないのかって。むしろこの案は民と戦場を切り離すためのものでもある。俺も一度やったろう?」


 騎士団長とヴィスコンティを交互に見やると、彼らはハッとしたようになり神妙な顔で唸り声をあげる。

 沈黙する二人に向け、悠然とネタ晴らしをすることにした。

 

「リグリア領を戦場にしない。戦時下のため、帝国の兵が引くまではリグリアはそのまま温存される。俺たちが勝てば自動的にリグリアは戻る」

「民を思ってのこと、感服いたしました。でしたら、戦場はトイトブルク森の城壁でしょうか」

「あ、あそこは王領だったな」


 本来はトイトブルク森とリグリア領を隔てるために構築された城壁である。

 しかし、逆向きに使えば帝国兵を迎え撃てる要塞とすることもできるってわけだ。多少の改造は必要だけど、この人数ならば容易い。

 

「なるほど。無人の城壁を使い、数で勝る帝国を迎え撃つというわけですな」


 ヴィスコンティが騎士団長に合いの手を打つ。

 だが、そんな二人に対し、俺は左右に首を振る。

 

「帝国も二人のように考えるだろうな。攻城兵器を運んで打ち崩そうと。残念、城壁は放棄する。必要ない」

「で、ではどこで」

「トイトブルク森だよ。そこでロレンツィオとも合流する。彼のお手並み拝見だ」

「そ、そこまで準備をされていたのですか」

「森の中で敵兵を削る。まあ、それはついでだけど。決戦における作戦は――」

 

 騎士団長から目を離し、じっと黙ったまま俺たちの会話を聞いていた集まった者全員を見渡す。

 再び彼に目線を向け、作戦内容を告げる。

 

「いい手じゃねえか。派手に行こうぜ」


 沈黙する中、真っ先に声をあげたのは王城奪還作戦を共にしたグリモアだった。


「イル王。あなた様は本当に王族なのですかな」

「なんだ。守備隊長。それって褒めてるのか、けなしているのか」

「心から感心しております。王らしくということを矜持とする王族にはとてもとても」

「はは。俺は王家のつまはじき者だったからな。相手の兵力は8倍。真正面からぶつかるなんてとても怖くてできないさ。王らしさなんてクソくらえだ」


 ニヤリとする俺とヴィスコンティ。

 彼もまた貴族らしくない。泥臭い戦いを繰り返していたからな。今だってそうだ。

 だけど、守備隊には未だ一人たりとも殉職者は出ていない。

 型式や王族らしく、堂々となんてものは要らない。

 泥水をすすろうが、汚いと罵られようが、利をとれればいいんだ。

 弱者には弱者の戦い方ってのがあるんだよ。

 せいぜい、夜道には気を付けるがいい。く、くくく。

 

「ちょっとばかし修正できないかみゅ?」

「ん?」


 ひくひくと鼻を揺らし、ネズミが前歯をカタカタとさせる。

 こいつ、何か嫌なことを考えてんじゃないだろうな。

 

「もったいないみゅ。なんとかならんかみゅ?」

「安全重視でいきたいんだけど……余裕があれば、でいいか」

「仕方ないみゅ」

「戦争は専門外だから、許せ」

「みゅも同じみゅ。チミの案以上のものは思いつかないみゅ」


 どこまでいっても強欲な商人たらんとするネズミには頭が下がる。

 俺は彼のこういうところが嫌いじゃない。

 どのような場面であっても、たとえそれが苦境であったとしても商機を見出す。

 この貪欲さこそが、彼を商売人たらんとしている原動力なのだろう。


「他に何か意見がないか?」

「イル様。この戦い……我々、王国騎士はどう行動すればよいでしょうか?」

「適材適所だよ。配置は道すがら決めよう」

「承知いたしました」

「名誉ある戦いになるかは分からない。できれば王国騎士に今一度、意思確認をしてもらっていいか?」

「王国騎士一同、イル様と命を共にする決意でございます。誰一人たりとも、地を這い、泥まみれになろうとも、最後までイル様のお力になれたらと心しております」

「分かった。よろしく頼む」


 敬礼する騎士団長に俺も立ち上がり返礼をする。


「さてと。俺たちも準備に取り掛かろう」


 パンと手を打ちあわせ、この場は解散となった。

 この後、いそいそと準備をしていたら、王城での噂を聞きつけたアルゴバレーノらがやってきて、彼女らも参戦することとなる。

 俺は彼女達には農地を見ていて欲しいと願ったんだけど、イルも行くならあたしらもと押し切られてしまった。

 死ぬかもしれないってのに、全く……。

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