第40話 仇敵接近中につき
「ご報告いたします。帝国は四人一組で森に偵察部隊を派遣。全て仕留めました」
「四人一組か。数は?」
「全部で十でした。木の上から奇襲で」
「今後、一組辺りの数を増やしてくるかもしれん。奴らの装備は変わっていないか?」
「はい。鎧姿のままです」
「そろそろ手を変えてくるか、焦れて威力偵察に切り替えるか、数次第で放置、即報告に戻るように」
「承知いたしました」
片膝を付き報告する桔梗を労い、九曜と交代するように告げた。
これで三日目か……。
そうなのだ。トイトブルク森入口で拠点構築をはじめてもう三日が経過している。
帝国は俺たちに動きがないことを察知したのか、様子見に森へ部隊を派遣しているようだった。
しかし、その全てを森の中で仕留め、帰還した偵察部隊はゼロである。
偵察した者が戻らないとなると、俺たちにやられたと考えるのが自然だ。
情報は一つたりとも、持ち帰らせていない。彼らは森の中に王国兵がどれほどいるのか、どの辺りにいるのか、把握できていないことだろう。
トイトブルク森は広い。
帝国が陣取る城壁は森の最北端になるのだが、最南端のこちらまで来るには二日以上はかかる。
早馬を飛ばせば一日でなんとか到着できるか、といった距離だ。
とはいえ、森の中で馬を気持ちよく走らせることはなかなかに困難だと思うがね。
一日で踏破することができない、この距離が肝要なんだ。
全軍で進軍するとすれば、森の中で最低一日は夜営しなきゃならないからな。
お次は、ジョルジュか。
「ロレンツィオ氏と連携し、森の仕掛けは順調。敵兵は皆無。九曜、桔梗両者が全滅させている模様」
「ロレンツィオは元気にやっているか?」
「氏は『早く風呂に入りたい』と繰り返しておりますが、指示は的確。氏の頭の中には森の詳細な地図がある様子」
「分かった。引き続き頼む。このペースでいけば、あと何日ほどかかりそうか、ロレンツィオに聞いておいてくれ」
「承知。本日の氏の発言からは、残り二日と」
「了解した。グリモアと交代し、休んでくれ」
「承知」
グリモアとジョルジュは森の中でも特段苦手としている感じはしない。
傭兵をしながら、冒険者とか不整地を旅したり、モンスターと戦ったり、としていたのかもな。
心強いことだ。
そういや、グリモアとはあの臭いが酷かった地下を一緒に行動した時も、嫌がる素振りを見せなかった。
プロフェッショナルとはこうあるべきだという見本だよ。彼は。
口は悪いけど。
拠点の方は報告を受けるまでも無い。
俺も拠点にいるからね。
拠点の方も、思った以上に順調で憂いはない。
特に王国騎士たちの動きは注目に値する。彼らは曲がりなりにも貴族の一員なわけなのだけど、泥臭い土木工事であっても嫌な顔もせず、むしろ積極的に協力してくれていた。
ヴィスコンティら先例があるからかもしれないが、これまでの貴族連中ならクワを手にしさえしなかっただろう。
残った王国騎士たちが俺好みであることが喜ばしい。騎士団長の実直な人柄もあるだろうけどね。
そんなわけで、貴族、人間、獣人、元叛逆者などいろんな立場の者を含む土木作業は、彼らの絆を深めることに一役かっていた。
獣人と王国騎士が一緒になって丸太を持ち上げている光景なんて、感動ものだぞ。
気持ちの上でも俺の理想とする国家に近づいているようで何より、何より。
って、偉そうに眺めている場合じゃなかった。俺は俺でやらなきゃなんないことが山積みだからな。
◇◇◇
そしてついに、その日がやってくる。
あれから九曜と桔梗が率いる部隊に数十の偵察部隊を潰してもらった。
戻らぬ兵にようやく堪忍袋の緒が切れたらしい帝国は、威力偵察として千名の部隊を編成し森へ向かわせたと報告が入る。
これを潰せば、本隊が出ざるを得なくなるだろう。
この後も小出しにして森に入ってくれるならそれに越したことはないが、流石に兵力分散の愚を犯すとは思えない。
1000か。1000ならば……。
「イル様。少し……申し上げ辛いのですが……」
「気にせず、伝えてくれ」
いかんいかん。悦に浸るのは、全てが終わってからだ。
報告にきた桔梗の無表情な顔を見て、ハッとなる。
「出された部隊は、全て元王国軍です」
「そういうことか。一向に構わない。誰が率いている?」
「お顔から判断するに、長男のバティスタ様かと」
「おいおい。長男を寄越すって……いや、有り得るか。ノヴァーラと次男のルドヴィーゴは?」
「確認できませんでした。恐らく出陣されていないのではないかと」
「分かった」
なるほどな。帝国兵が千名だった理由が分かった。
元ミレニア王国兵と同じ数だ。威力偵察に出すにしては人数がちと多いと思ったが、元ミレニア王国兵がそのまま出るなら再編成も必要無い。
奴ら、余程警戒していると見える。
一番槍になれるかもしれない部隊に帝国兵ではなく、おまけの王国兵を持ってきた。
自前の帝国兵を出すにはリスクが高いと判断したのだろう。まあ、奴らにとって王国兵が死のうが生きようがどうだっていい。
うまい具合に成果を出せば、褒めたたえればよいだけのこと。
帝国の進行作戦の目的はノヴァーラを王位につけることだからな。王国兵が殊勲をあげれば、彼らに王国領を与えれば済むだけ。
特段、帝国にとって痛手ではない。
そこで、出て来たのがバティスタだ。
奴は焦っている。ノヴァーラはご存知の通り、好き嫌いが激しい。
彼が一番寵愛していたのは次男のルドヴィーゴである。
長男であるバティスタは気が気がじゃなかった。そのため、彼は王国時代にも功を立てることに執着していたのだ。
功に焦るから無能なのかというとそうではない。
成人前の末っ子は別として、長男、次男、三男の三者のうちで一番マシなのは長男のバティスタだった。
次が三男だけど、モンスターや野盗相手とはいえ、長男と比べ経験値に雲泥の差がある。
いろんなところで討伐戦をしていた彼なら、平地での戦いよりむしろ森や山といった不整地の方が得意なんじゃないかな?
「俺も出る。総指揮も俺が執る」
「イル様が……ですか」
「威力偵察部隊とはいえ、兵数が1000とこちらの総兵数と同じだ。500を率いて出る」
「承知いたしました。桔梗は何をすれば?」
「桔梗は九曜と共に、俺の脇を固めてくれ」
「この上ない喜びです。九曜も歓喜することでしょう」
桔梗を下がらせ、どのような編成にするか思案する。
まずは、バティスタからか。
いよいよだな。
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