第26話 名案を授けようじゃないか
「何だそれは?」
「王国と帝国の文字は同じだろう? ほら、そのまま読んでみろ」
「こ、これは。ま、まさか。お前……あなたが新王であると」
「その通り。我こそはノヴァーラより王位を受け継いだイル・モーロ・スフォルツァである」
使者の男は「聞いておらぬ」と小さく呟きながら、頭を抱える。
残念だったな。目論見が外れて。
俺を馬鹿にするためだけに、羊皮紙に書き残したのだろうが王の印までご丁寧に押されている。となれば、こいつは正式な書類として有効なんだぜ。
「イルが死亡し、可哀そうな息子のためにヴィスコンティを討伐する」なんて理由をつけたかったのだろうけど、そうはいくか。
「で、念のために教えてくれ。君は聞いているのだろう? ヴィスコンティ叛乱の裏にノヴァーラが糸を引いていたことを」
「分からぬ。しかし、ノヴァーラ・スフォルツァ元王は帝国で賓客として迎え入れられ、帝国兵と共にミレニアへ入る予定であった」
使者の男はもう何が何だか分からないといった風に首を左右に振る。
「あまりにもタイミングが良すぎるんだよ。そもそも、ヴィスコンティが王都へ入城する前にあの馬鹿どもは逃げ出していたぞ」
「……」
「つまり、そういうことなんだよ。な、ヴィスコンティ」
呼びかけに応じ、俺が入ってきたところではない右の扉が開く。
扉の向こうにいたのは、後ろ手を縛られた焦燥した様子のヴィスコンティと彼を見張る王国騎士二人だった。
トリニダートに囁き、彼が帝国の使者とのやり取りを聞くことができるよう手配していたのだ。
ヴィスコンティに顔を向けると、彼は絞り出すように言葉を紡ぐ。
「わ、私は民のためを思い、立ち上がったのだ……この娘……いや、イル様のおっしゃる通り、国を憂う支援者から資金提供を受け……」
「全てあの馬鹿が描いた王国再建の絵図のうちだったわけさ」
「わざわざ国を開け、帝国を手引きすることが再建に繋がるのでしょうか?」
「繋がるとも。元王は王国民の支持を失っていた。そらまあ、あれだけ課税すりゃあな。それが、ヴィスコンティ、あんたを挟むことで悲劇の王が国を取り戻したという体裁になるんだ。いや、あいつは王国を帝国に売り渡すつもりだったのかもしれんな。帝国の元に王国の春を演出か。なるほど、こちらの方があの馬鹿が考えそうなことだ」
「それは……帝国の属国に……」
「そうだな。あいつは自分がより贅沢な暮らしができればいいってことだろうさ。政治なんてやると贅沢をする時間が減る」
帝国民を招き入れ、荒廃した農村を立て直す。むしろ、そうなれば王国の農民が邪魔だ。
意図的に農民に重税を課し、「数減らし」をしていたのかもな。それなら、全てが繋がる。
微々たるものかもしれんが、税収も増えるから自分も潤う。
まさに一石二鳥ってわけだ。
「わ、私はノヴァーラの手の平の上で踊っていたに過ぎなかったのか……民の苦しみも、それを救うと誓った私の想いも、全て……」
「それは違う。ヴィスコンティ。君が王国を憂う気持ちは本物だ。君の崇高な想いに付け込んだのがあいつらってわけだ。君にも君の兵にも、『改めて話をする』と言っていたな。この後、君たちも会話しよう」
扉が閉まり、ヴィスコンティが連れられて行く足音が響いてきた。
そろそろ、使者殿の混乱はマシになってきたか?
悠然とした動きで、ソファーに座り直し使者の方へ目を向ける。
「さて、使者殿。ヴィスコンティがいてはできなかった話をしよう」
「あ、あなたは……一体……」
「俺か。俺はイル・モーロ・スフォルツァ。元第四王子で、ノヴァーラから王位を受け継いだ者だ」
「そ、それは先ほど聞いた。元王ノヴァーラ・スフォルツァに王女がいたなど聞いたことがない」
王子な、王子。
俺の言葉を聞いていなかったのか?
まあいい、別にどっちだっていいさ。俺からの提案に帝国が飛びついてくれるのだったらな。
「君も手ぶらで帰るわけにはいかないだろう? 新王誕生の記念として皇帝よりご祝儀を賜りたい」
「あなたは一体何が言いたいのだ?」
「叛逆者を生んだヴィスコンティ辺境伯領を貴国に割譲しようと思う。帝国としては新領土を得ることができ、矛を収めるにいい理由になる」
「王国の利がまるでないが」
「なあに、俺は帝国と繋がりがない。ノヴァーラが暗躍して帝国から攻められたらたまったもんじゃない。だから、先んじて領土を差し出し、仲良くしましょうってことだ」
「表面上の対価としての『ご祝儀』というわけか」
「そうだ。できれば弾んで欲しい。平和裏にそっくりそのまま、新辺境伯を据える形で問題ないだろう。もちろん新辺境伯は帝国の貴族で、帝国領となる。民もそっくりそのまま無傷な状態で貴国に引き渡しというわけだ。悪い話じゃないだろう」
「承知した。皇帝にあなたの案を持っていこう。すぐに返答の使者がくる」
「色よい返事を待っているよ」
当面の資金を得る方法とは、これだったのだ。
色よい話を持って帰れると安堵した様子の帝国の使者はともかくとして、連れてきた自国の文官と騎士団長はどうだ?
領土を「はいどうぞ」と自ら差し出そうとしている俺に対し、どのような反応を見せるのか確認したくて連れてきた。
真後ろにいるから直接顔を見ることができないのが残念だけど、彼らは特段反応を見せないな。
驚きすぎて固まっているだけかもしれない。
トリニダートに使者を帰してもらい、俺は文官らとそのままこの部屋で会話を交わすことにした。
「率直な意見を求めたい。その時が来れば伝えるとした資金調達案は辺境伯領を売り渡すことだったんだ」
「イル様に深いお考えあってのこと、重々承知しております。ですが、領土をとなりますと懸念がございます」
「そうだな。ベルナボ。辺境伯領はどのような場所か知っているか? かの地は『森』の北側だ」
「はい。トイトブルク森の北に位置する辺境伯領はモンスター多発地域であります。それ故、ヴィスコンティ伯も武勇で慣らした武家の名門として称えられてきました」
「うん。辺境伯という地位は外部の脅威から国を護る者に与えられる地位だ。伯の場合は辺境伯領内でモンスターを駆逐し、王国の安全を護ることが責務だ。裏を返せば、それだけ防衛費用がかかるってことだよ。相手が他国の脅威じゃなくてモンスターなら、誰が治めても同じことだと思わんか?」
「帝国にモンスターの相手をさせ、王国を護らせるということですか?」
「うん。元々、辺境伯領からの税収なんて微々たるもんだ。それに、後から辺境伯領は取り戻すつもりだしな」
「でしたら、私どもから言う事は何もございません。他の文官らにも委細伝達しておきます」
話が早くていい。残った文官らは数字でもって判断できる冷徹な者が多い。
辺境伯領を一時的に売り渡すことで得ることのできる資金が、どれだけ大きいかも彼らは分かっている。
「じゃあ、手続きやら書類作業は任せてもいいかな。適切な者に割り振ってくれ」
「承知いたしました。ですが、帝国は乗ってくるでしょうか?」
「絶対に乗ってくる。領土をあげるといって受け取らないわけがない。帝国はあわよくば王国を飲み込み、更に南へ進出したいだろうからな。辺境伯領はその橋頭堡となる」
きっと使者が戻るなり飛びついてくるさ。
こちらの態勢が整い、気が変わるまでにってな。一時しのぎのために、俺が出まかせを言ったと捉えられてもおかしくないから。
細い細い一本の糸の上を歩くような道のりであったが、なんとか形になりそうだ。
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