第25話 もみ手でワザとらしく迎えよう
王宮の自室でお着換えしてから城に顔を出す。したら、俺が戻ってきたことがすぐに伝わったのか、若手の文官ベルナボがやつれた顔でふらふらと俺の元に歩いてくる。
彼の後ろには同じような若手の文官が二人、千鳥足で後ろに続く。
「イ、イル様……こ、こちらを」
「お、もう試算してくれたのか」
「は、はい……。イル様の妙案に興味が尽きず、つい」
「ありがとう。さっそく見させてもらうぞ」
ベルナボから書類を受け取り目を通そうとしたが、彼らのふらつきぶりを見て考えを改める。
この様子だと彼らは俺が読み終わり、意見を述べるまで離れることはないだろう。
だったら、お茶でもしながら彼らにも休んでもらうとしようか。
三人を王城内の一室に案内し、ソファーに腰かける。
この部屋は第四王子として政務に励んでいた時に使っていた部屋だった。曲がりなりにも王族の部屋だというのに一般の文官と同じくらいの広さしかなく、内装も簡素なものだ。加えて、場所も文官の執務室と隣接しているという。この部屋はどれだけ俺が王族の中にあって疎外されてきたのか如実に示している。
だけど、俺自身、この部屋は嫌いじゃない。文官との距離が近く、何かあればすぐにここで会話できるからな。
今後もこの部屋は残しておこうと考えている。
向かいのソファーに三人を座らせ、ベルナボから受け取った書類に目を通す。
「え……」
記載された数字に思わず声をあげてしまう。
「イル様、どこか重大な間違いがありましたか?」
「いや、そうじゃない。思った以上に税収が多い。君たちに支払う分の金額がこっちだよな」
「はい。前年と同額を記載しております」
「……あいつら……どんだけ……」
相当額もっていっていたと思っていたが、まさかこれほどとは。
上位貴族も王族もスッキリいなくなったことだし、ここにかかる経費はゼロになった。
他に獣人や商人が連れてきた戦士達を雇い入れ、モンスターや猛獣の害獣駆除にも戦闘員を……九曜と桔梗にも……。
頭の中でソロバンを弾き、どんぶり勘定ではあるが計算をする。
腕を組み眉をひそめてうんうん唸る俺に向け、おずおずとベルナボが声をかけてきた。
「やはり、農民の税率を落としすぎなのでは?」
「すまん。頭の中でざっと試算していた」
「いかがなされますか?」
「農民の税率は昨日伝えた通り。他も予定通りでいい。新たに土地を与える者については二年間無税。三年目は農民の半分。四年目から同率としよう」
「そ、それですと、財源は……」
「この額で問題ない。問題なのは当初の運転資金だな。税収が入るまでまだ数ヶ月あるだろう」
「はい。そのためのヴィスコンティ元辺境伯の布告でしたので」
現状すっからかんだからな。
そいつは、後でにするとして。
「話が突然変わってしまうけど、ベルナボは経理担当だったか。開拓を指揮する文官が欲しい。誰か適任がいそうか?」
「私が、と申し出たいところですが」
「すまん。今日の税試算を見て、君に税収その他数字の管理を任せたいと思っている。王国民へ説明も行わなければいけない役目だし、そうだな。五人ほどのチームがいいか」
「立場がまるで異なりますが、我慢強く、人当たりもよく、頼りがいのあるお方となりますと、ジャン・クレモーナ卿が浮かびます」
「王国騎士副団長か。面白い。警備も兼ねて彼らに頼んでもいいかもしれないな。事務作業は文官らに任せばいけるか。どこにどう土地を割り当てるのか、なんてことも文官に任そう」
ジャンのことは俺も知っている。
騎士団長と騎士たちの間を取り持つ苦労人でありバランサーの役目を果たしてたという記憶だ。
そうか、彼も残っていたのか。騎士団長は旧王族派から煙たがられていたから、残っていると思っていたけど、彼も残っていたのだな。
ひょっとしたら、脱出の打診を受けたものの拒否したのかもしれない。
いずれにしろ、今ここに残っている王国騎士たちはある程度信頼はできる。金になびかず、尻尾を振らず、自分を通しているからこそ脱出のメンバーに選ばれていないのだから。
――コンコン。
声を出そうとしたところで、扉を叩く音がして口を閉じる。
「入れ」
「おお。こちらにおられましたか。王よ。使者が参っております」
やってきたのは噂をすれば、じゃないけど騎士団長トリスタン・トリニダートだった。
「そうか。使者か。双頭の鷲か?」
「さすがのご慧眼、おっしゃる通りでございます」
「すぐに会おう。案内して欲しい」
「畏まりました。こちらに」
立ち上がったところで、対面に座る文官らに目を向ける。
「ベルナボ、他の者も、よければついてこい」
「喜んで。付き添わせていただきます!」
部屋を出る際にとあることをトリニダートに耳打ちし、使者の元に向かう。
◇◇◇
使者とやらは俺の顔を見ても立ち上がろうともしなかった。
ソファーの左右に鎧姿の騎士が旗を掲げ、法服姿の男がふんぞり返ったままだ。
全く、「何を聞かされてきた」のやら。
旗は聞いていた通り「双頭の鷲」であった。
双頭の鷲といえば、北の大国であるドルムント帝国のものだ。あの馬鹿どもが逃げ込んだ先だと聞いている。
「これはこれは。帝国の方がわざわざお越しになるとは」
にこやかに微笑み、向かいのソファーに腰かける。
トリニダートと文官らは怒り心頭の様子だったけど、彼らにだけ見えるようにちょいちょいと指を動かして後ろに控えさせた。
「王を僭称するヴィスコンティと面会を依頼したのだが」
上から下まで嫌らしく嘗め回すように俺を見やった法服姿の男が嫌そうに言葉を返す。
「僭称する、ですか。それはまた手厳しい」
「まさか、お主がヴィスコンティか。大柄な男だと聞いていたのだが、うら若き乙女だったとは。それで残った騎士たちをたぶらかしたというわけか」
ガタリと騎士団長トリニダートが一歩前に出るが、まあまあと彼を手で制した。
「双頭の鷲がここにいらした目的はヴィスコンティを称賛しにきたわけではありますまい」
帝国の象徴である双頭の鷲の旗に目をやり、相手の反応を待つ。
「哀れスフォルツァ王はお前の叛乱を受け、我が国に逃げ込まれた。大人しく兵を解散させ立ち退くならば命までは取らぬとのお言葉だ。未だ居座るというのなら、帝国が天誅を下す」
「なるほど。ノヴァーラ・スフォルツァがそのようなことを。やれやれだな」
予想した通りで逆に拍子抜けしたよ。
幸いというか、この使者は今回の絵図を知っている。確認の意味も込めて、全て白日の元に晒してしまおうじゃないか。
バカげたあいつらの計画を。
「貴様。まがりなりにもミレニア王国、国王を愚弄するか」
「元だよ。元。君は一つ大きな勘違いをしている。帝国の目的は、叛逆を起こし、不当にも王を僭称したヴィスコンティを降ろし、正統なる王ノヴァーラをということだろう? ヴィスコンティが脅しに屈せず、抵抗するなら帝国の力を持ってして討伐しようと?」
「いかにも。ちゃんと理解しているじゃないか」
偉そうに腕を組んでうむうむと頷く使者の男。
「さて、君の勘違いを正していくとしよう」
「どういう意味だ?」
「そのままだ。まず、俺はヴィスコンティではない。あいつも哀れな男だ。ノヴァーラの手の者に囁かれたのだろうよ。奴の統治で農民が飢え、民は怨嗟の声をあげているって。
そして、都合のいいことに『支援者』辺りから幾何かの献金を受けたのだろう? 『支援者』とやらは帝国か?」
「我が国はそのようなことは断じてせぬ」
「強者の余裕てやつかね。しかし、ヴィスコンティのことは否定しないのだな」
「スフォルツァ王から嘆願を受け、ミレニア王国を正統な王の元に帰す。障害となるならば、全て打ち滅ぼす」
いくらヴィスコンティにカリスマがあったとしても、彼の経済感覚じゃあ新たに兵を起こす資金をかき集めることは難しい。
彼の資金繰りに対するセンスの無さは、すでに証明済みである。
帝国としては、ヴィスコンティが居座り、そろそろ「理想の政治」を実行する頃合いだと見越してやってきたのだろう。
だが、少し遅かったな。
懐から取り出した羊皮紙を高々と掲げる。
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