第24話 可愛いからおまけもらったよ
「今まで通りメイドのように仕事をする、でいいんだな? 君は本来は侍女だから、今なら侍女としての役目を与えることだってできる」
「いえ。私はイル様のお世話をさせて頂きたいです! イ、イル様がお嫌でなければ」
ディアナことディアナ・デステは、れっきとした法服貴族の令嬢である。
デステ家の家格は男爵で、残った法服貴族の中では高い方になった。
男爵より階位が上の子爵が幾人か残っているが、それより上位貴族はあいつらと一緒にとんずらしたから、男爵でも低い位ではなくなったのだ。
いや、領土を持つ封建貴族の中には高位貴族も残っている。だけど、あいつらは領地から出てこない。
ある意味、封建貴族の領土は王国であって王国ではない地域となっている。全部が全部じゃあないけどね。
この辺も近くメスを入れる所存である。
わたわたするディアナに笑いかけ首を左右に振りながら言葉を返す。
「嫌なわけないだろ。君がそれでいいというのなら、是非もない。もし、変えたければいつでも侍女としての仕事に変更するから」
「そう言って頂けて嬉しいです!」
「一応、身分上はこれまで通り侍女にしておく。やる仕事はメイドのままで」
「もちろんです!」
彼女が力強く頷きを返す。
華が咲いたような満面の笑顔を見ていると、彼女が本心から望んでいることが分かる。
「分かった。俺はこれから街に出る。掃除やらは任せたぞ」
「はい! 行ってらっしゃいませ。イルマ様」
しっかり、名前まで女装時のものに変えていたディアナなのであった。
「桔梗。付き添いを頼む」
「畏まりました」
街娘姿の桔梗がかしずき、頭を下げる。
いやほら、一夜明けた街の様子を見てこようと思ってさ。それだけじゃなく、ネズミたちとも直接会話をしたい。
彼らの元に街の情報が集まっているはずだから。
イルの姿は王としてこれから世に広まって行く予定だ。なので、イルと別人としてふるまうために女装した姿――イルマを利用しようと思っている。
女装した姿はイルだと分からないことは、既に実証済みだからな。
◇◇◇
街の様子と言えば冷めたものだった。
冷めたというのは言い方が悪いか。普段と変わらぬ様子でお店は開いていたし、人々が行きかっている。
違いといえば、睨みを利かせていた三本ローズが一人もいなくなっていることくらいか。
警備兵は昨日と変わらず巡回しているし、深夜に起こったヴィスコンティ打倒など無かったかのようだ。
彼らにとって自分達に何等かの影響がなければ、普段通りに生活するってことに慣れてしまったのだろう。
そら、ま……ヴィスコンティが街へ入城し、彼の市街での演説、新税制の施行とごたごた続きだったものな。いちいち騒いでいては自分達の商業活動に害を及ぼす。
逞しいと言えばそうなのだけど、ある種、事件に麻痺していると言ってもいい。
特に情報統制をかけているわけではないから、いずれヴィスコンティが打倒され王がすげ変わったことを知る者も増えて行く。
ヴィスコンティと同じというつもりはないが、俺も近く街で演説をと思っているんだ。
街の者にこれから行うことを伝え、宣言したい。
といっても信を問うのかと言われれば疑問が残る。既に獣人、商人の支持を得ているから。
残るは職にあぶれた者や冒険者、職人たちとなるわけだが、職人たちは商人と意思を同じくしているし、冒険者は政治になんぞ関心がない。
彼らの生活を支えるギルドは商人たちのグループだから、特段反対することもない。
職にあぶれた貧困層は、救済される側なのでもろ手を挙げて俺の政策に賛成することは間違いないはず。
「お嬢さん、可愛いからおまけしておくよ」
「ありがとう」
露店で串に刺した肉を買うとおまけに小さなコロッケのようなものをつけてくれた。
コロッケのようなものというのは、中身がジャガイモではなく豆をつぶしたものが入っているからだ。
なかなかいけるんだよなこれ。
「よかったな。桔梗。でも、可愛いというより美しいって表現して欲しいもんだな」
「桔梗のことではなく、イルマ様のことでは……。桔梗など路傍の石にございます」
「そんなことないさ」
「不愛想ですし。イルマ様の微笑みは天使のようです」
自分の頬にペタリと手のひらをつけ、ピクリとも眉を動かさぬまま彼女が言葉を返す。
「俺は表情が変わらなくたって、桔梗が嬉しいとか悲しいとか困っているとか、ちゃんと分かっているから」
「イルマ様……」
ほいっと桔梗の分の食べ物を彼女に手渡す。
桔梗と九曜は暗い過去を持っている。獣人として生まれただけで、彼らは名も持たず、路地裏での生活を強要されてしまった。
その結果、桔梗は笑うことができなくなり、九曜は言葉を失ってしまう。
でも桔梗はちゃんと感情を持っているし、九曜だって伝えたい言葉を持っている。
「おいしいです。イルマ様」
「お、そうか」
無表情に肉をかじる桔梗の声色から、彼女の気持ちが伝わってくるんだ。
きっといつか、表情が戻らないにしてもそんなことを気にもせず生きて行ってくれるようになることを願っている。
日の当たる場所へ、共に行こう。三人で。
「熱!」
勢いよく肉をほおばったら。とんでもなく熱かったじゃねえかよ。
何とか、落とさずに踏ん張った俺を褒めて欲しいくらいだ。
「こちらです」
「セーフハウス三だっけか」
「はい。おっしゃる通りです」
てくてくと二人並んで商店街を抜け、しばらく来ることのないと思っていた幽霊屋敷へ向かう。
◇◇◇
「しかし何でまた、地下なんだ……」
「ネズミ殿が新たな段階がはじまる、とかで。ここが良いと」
商人の代表であるサンシーロが苦い顔で口元に手をあてる。
桔梗に案内されたのは、幽霊屋敷の地下だった。
わざわざこんなかび臭い場所で打ち合わせをしなくてもいいってのに。もうこそこそしなくてもいいわけだし……。
いや、機密を重視するのだったら、幽霊屋敷で会談はありだ。だけど、地下にしなくてもいい。
ネズミの拘りってのなら、否とまでは言わないが……。
「その割にあいつ来てないし……」
「彼は彼で動いています。私は誰かにあれほど入れ込むネズミ殿を見たことがありません。イル様のことに余程興味があるようですよ」
「それはありがたいことだ。あいつと俺は結構長い付き合いだからな。予定は少し変わってしまったけど、あいつと俺は理由こそ違え目的とするところが同じだった」
「辺境で暮らすでしたか?」
「うん。でも、ま。より良い形で昇華できたので大万歳だ。城内で改革を宣言してきた。特段反対するものもいない。王族や大物貴族らはもういないし、邪魔する奴もいないから何ら問題ないさ」
「領地にいる貴族らは?」
「あいつらはしばらく様子見だろうよ。俺はあいつらに対して、これまでと税率を変えるつもりはない。そこまで手が回らん。好きにすればいい」
「その物言いですと、いずれ。さすが、イル様。順序こそあれ、キッチリと王国内全域に自らの政策を実行されるおつもりですね」
「まあ、そのうちだ。俺からの報告はこんなもんだ。直接伝えるほどのものはなかった」
「では、私どもから――」
サンシーロは街の様子から商人、職人たちの俺に対する期待、行商人らを通じて知った周辺地域の情報を伝えてくれた。
彼の情報によると、一国の王がすげ変わり、元のスフォルツァ家に戻ったカウンタークーデターが起こったというのに特段、周囲に喧伝しようとする者は皆無らしい。
しかし、獣人の移動が始まると途端に話題の中心になることでしょうとも彼は言う。
ヴィスコンティの時もそうだったけど、実際に王国民に対し何かを実施するまでは、市中では噂にさえならない。それだけ、彼らは政治に無関心ってことだ。
「他に変わったことは?」
「ピケの領主が近くお会いしたいと」
「成功の暁には会おうと打診していたしな」
「もう一つ。双頭の鷲の紋章を肩にした騎士が乗った馬を見たとかの情報も入っております」
「ほう。なら、王城に戻らないとな。ヴィスコンティと彼の騎士たちを養う費用負担まで助かる。俺の資金はネズミに託しているから、それも使ってくれ」
「私たちは食糧の手配とお届けをしているだけですよ。全てイル様が準備した資金です」
「それ、原価だけだろ。人を動かすにも金が必要だ」
サンシーロと握手を交わし、幽霊屋敷の地下を後にする。
捕虜を養うにもお金がいる。商人たちが集めてくれた戦士達とアルゴバレーノら獣人の戦士達にも食事を提供しているんだ。
その分の資金もかかる。だけど、そう長い間でもないから、まだまだ資金に問題はない。
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