第27話 内政スタート

 帝国の使者が来てからもう一ヶ月が過ぎようとしている。

 この一ヶ月、馬車馬のように働いた……。寸暇を惜しんでとはまさにこのことかと言わんばかりに。

 ヴィスコンティ辺境伯領を帝国へ引き渡し、新王誕生のご祝儀として上々の資金を得ることができた。その額はミレニア王国国家予算の四ヶ月分ほどだ。

 これだけあれば、方々に手を広げることができ、新たに土地を得た王国民らに道具と家の修繕費まで渡すことができた。

 もちろん、街での演説も済ませている。

 街の者の反応は特筆すべきことはなかった。本当に実行できるのかと懐疑的な目で見る者の方が多かったくらいだ。しかし、いざ獣人や貧困層の移動が始まると彼らの反応も変わってきた。一般的な王国民の間でも俺を支持する風が吹いてきている。

 領内……といっても王領だけになるのだが、農村を護る体制もできあがり、実際に動き始めていた。

 

 王城の執務室で書類作業をこなしていたのだけど、ようやく最後の一枚にサインを終え……。

 コンコン。

 ま、またか。扉を叩く音にうんざりしながらも、扉越しに声をかける。

 

「入れ」

「ヴィスコンティです」

「よくぞ戻った。我らが守備隊長カピターノ


 カウチから立ち上がり、執務机越しではあるが両手を左右に広げふんわりとした笑顔を浮かべヴィスコンティを見やる。

 対する彼は軍人らしい敬礼を行い、両手を腰の後ろに動かした。

 彼の装いは以前のような甲冑ではない。移動しやすさを重視して、胸だけを覆うブレストプレートの下に鎖帷子を装着していた。

 腰回りは革製で、革手袋に革のブーツを履いている。

 肩を覆う鎧がなくなってしまった代わりに、胸に三本ローズが刻まれていた。

 

「索敵完了いたしました。その際、ブラッドスパイダーの群れを駆逐いたしました」

「さすが、我らが守備隊長カピターノ。サーチアンドデストロイはお手の物だな」

「サーチ……あんど?」

「あ、いや。威力偵察がお手のものだなと」

「私に判断をお任せいただけるとのことでしたので、ブラッドスパイダーの糸は全て持ち帰りました」

「お、おお! 素材になるか! そいつはありがたい。隊員全員に褒章を与えよう」

「ありがたき幸せ。できましたら、褒章として直接兵達を労っていただけましたらと愚考いたします」

「俺の言葉だけでよいと。おいしいご飯も付けよう」

「皆、あなた様に認めて頂きたく精進してまいりました。労いのお言葉こそ、一番の褒章です」


 実直で誠実。金銭より心意義を貴ぶ。絵に描いたような好かれるタイプの武人だ。

 これが本来のヴィスコンティなのだろう。

 彼の元来の気質は王にないと見ていたのだが、その通りだった。彼は主に仕える無骨で不器用な騎士であることをどこかで望んでいたのかもしれない。

 

「この調子で励んでくれ。君の働き次第で、いずれ元の地位に戻すことも検討しよう」

「王よ。あなた様は辺境伯領をいずれ取り戻すとおっしゃった。王ならば必ずや有言実行されると確信しております」

「俺一人じゃどうしようもないさ。国家一丸となり、一の力を十にすれば、自然と元辺境伯領は手に入る」


 使者との話を聞いたヴィスコンティは憔悴しきった様子だった。

 彼と拘束した三本ローズの騎士たちとは、使者が帰った後、約束通り、此度の沙汰を申し渡すべく一か所に集め俺が直接会いに行ったのだ。

 そこで、俺は宣言した。

 戦闘で死亡した者については哀悼を。郊外に墓を作り、弔うことを約束しようと。

 これに彼らは酷く驚いたようで、ぽかーんと口を開いたままになっていた。

 ヴィコンティから聞かれたよ。「叛逆者として全員処刑なのでは?」とさ。

 誰が処刑なんてするものか。

 これほど有能な兵を遊ばせておくなんて、愚の骨頂だ。

 罰は与える。所領没収に加え、辺境伯位ははく奪。三本ローズの騎士たちは爵位のある者については全て準騎士爵と最下位に落とした。

 ヴィスコンティには男爵位を与え、王領の安全を確保すべく新たに新設する「王国守備隊」の隊長に任ずると彼に告げる。

 呆気に取られていた彼だったが、元王に対し汚名をそそぐまではどのような役目であれ、ありがたく受けさせてもらうと二つ返事で了承してくれた。

 元々、辺境でモンスターとの戦いに明け暮れていたヴィスコンティならば、領域こそ広くなるとはいえ王領のぬるいモンスターなんて赤子の手をひねるようなものだろう。

 ちゃんと働いてくれるか心配だったけど、この分だと問題なさそうだ。

 

 何か言いたそうな目を向けている彼に向け、気にせず話せという意味を込め頷く。


「グリアーノ・ヴィスコンティは辺境伯の座を得ることを望んでいません。私には王のような統治の才がない。しかし、働きを認めてくださるのでしたら、一つ願いがあります」

「分かっている。言われなくても、君も連れて行く。周囲がどれだけ止めようが俺も出る。あいつらと決着をつけないとな」

「王よ。感謝いたします。私は道化のまま終わるわけにはいきません」

「俺もだよ。ヴィスコンティ」


 くすくすと子供ような声をあげて笑う。

 いつになるか分からぬが、帝国は必ず攻めて来る。その時、あいつらがいるのかどうかは分からない。

 だが、七割か八割の確率で王族の誰かは帝国兵と共に従軍してくると見ている。

 手引きなのか、道先案内なのか、あるいは騎士としてなのか、その辺はまあどうでもいい。

 その時、叩き斬る。

 いや、斬ったら勿体ないな。あいつらが持ち逃げした財宝の一部でも回収したい。捉えて身代金請求がベストか。

 と、悦に浸るにはまだ早い。


「小国が大国に勝つには生半可なやり方じゃあ無理だ。帝国にとって先兵に過ぎなくても、王国軍より多いだろうしな」

「富国強兵……でしたか」

「ヴィスコンティは守備隊長カピターノとして精進してくれ。それが、王国の繁栄に繋がる」

「はい。私は王国民が安心して眠れるよう、励みます!」

「頼んだぞ。守備隊長」

「はっ!」


 ヴィスコンティが敬礼し、部屋を辞す。


「よっし、そろそろ桔梗と九曜を呼んでお昼にでもするかな」


 ちょうど仕事が途切れたところで、部屋扉に手を伸ばしたら勝手に扉が開いた。

 そこにはフードを被った口髭を蓄えた中年の男が。サンシーロか。

 

「イル様。お出かけされるところでしたか」

「いや、サンシーロに伝言を頼もうと思っていたこともあったから、丁度いい。先に要件から聞こうか」

「本当に私でよろしかったのですか?」

「不服か?」

「いえ、とんでもありません。私が街の首長ドージェとは……貴族の方々を差し置いて」

 

 そんなことか。

 いや、サンシーロにとっては切実な問題なのだろう。

 ピケと異なり、ミレニアの街代表である首長ドージェは貴族である必要性がまるでない。

 ピケの場合はピケという街を領土にする貴族位みたいなものだけど、王国直下のミレニアでは様相が異なる。

 税制度も市政方針の決定権は王国にあり、首長にはない。

 ピケはある程度の自治権を保有しているが、ミレニアは異なる。

 じゃあ、首長なんて要らないんじゃないかと思うかもしれないけど、そんなことはないんだ。

 街の意見を取りまとめ、王宮にあげたり、警備兵と連携し街の治安維持も肝要だろう。他にも街の修繕やら、例をあげるときりがない。

 

「サンシーロ以上に街のことに詳しく、それぞれの利害を調整できる能力に長けた者はいない。いや、もう一人いるが、先に逃げやがったからな」

「承知しました。精一杯やらせていただきます」

「ありがとう。助かるよ。それで、俺からは伝言ですまないけど、ネズミと協力してブラッドスパイダーの糸を売りさばいてくれないかってことだ」

「『王の商隊』の初仕事ですね」

「うん。王自ら、商売人になり、利益をあげてやるのだ」


 これまで副業でやっていた商売を格上げし、広く公な「王の商隊」とリニューアルした。

 でも、これまでのように細かい指示を出して商売をするつもりはない。王の商隊のボスにネズミを無理やり据えたからな。

 彼の商才は本物だ。彼に任せておけば、がんがん稼いでくれることだろう。自分の商会もやりながらだけどね。

 

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