第62話:テリヤキ
「そのテリヤキスタって国のお姫様に届ければいいんですね?」
テリヤキ……という言葉に、ちょっと懐かしさを感じる。
その国のお姫様が、かれこれ一年ほど昏睡状態になっているらしい。
「一年も眠り続けるなんて……ただの病気とかじゃないわよね?」
ルーシェの言葉に王子は頷いた。
「実は……私の魔力を注入して作った眠り薬なのだ」
「えぇ!? お、王子が眠らせたんですか?」
俯いた王子が再び頷く。
ただここまで長く眠らせるつもりではなかったようだ。
ほんの一カ月程度眠らせ、そして──
「親交の証として、私が赴き姫を眠りから覚まさせる……というシナリオだったんだ」
「な、なんでそんなことを。だいたい眠らせたのが王子だってバレれば、相手のお姫様だってっ」
「これはアリエーチェの案なのだっ」
アリエーチェ。つまりテリヤキ王国のお姫様だ。
ってことは二人は旧知の中?
「わたしと彼女が出会ったのは、今から五年前。隣国テリヤキスタは現国王が王位に就いてから、我がルーンに幾度となく戦を仕掛けて来た」
あ、なんかヤバいお話になりそうだ。
ただ戦争と言っても、もっぱら国境沿いでの小競り合いで済んでいるらしい。
魔法王国ルーンには、豊かな鉱山資源がある。
テリヤキスタの狙いはそこだ。
その鉱山は国教に近い位置にある、そこさえ奪えればいいという考えなようだ。
面倒なのは国教の位置。
二百五十年前はテリヤキスタ領だったとかで、要は当時のルーンが軍事力で戦争に打ち勝ち、国境線を塗り替えてしまったと。
「だから彼らも、実力で奪い取ると言ってきてね……まぁご先祖がそうして奪ったのだから、文句はいえないんだよ」
「はぁ……」
「五年前にも国境線で小競り合いがあって……それで、前線の兵士を労うためにわたしが父の代理として赴いたのだ」
その時、向こうでも同じことが行われた。
あちらにも王子はいるが、大事な跡取りを危険な国境地帯に送りだせないから、代理として送り出されたのがアリエーチェ姫。
「アリエーチェは優しい人でね。国王が戦を仕掛けたことに胸を痛めていたのだ。それで──」
「それで?」
「それで、どうやって出会ったですぅ?」
食いついたのはルーシェとトーカだ。
高揚した感じで聞き入っていた。
「彼女は夜中に野営地を抜け出し、我が国に入って来たのだ。そしてわたしの寝るテントへ……」
「きゃぁーっ。テ、テントに忍び込んで来たのですか!?」
「大胆ですぅ。大胆で──ふがふがっ」
「す、すみません王子っ。二人とも静かにしろっ」
興奮する二人を後ろから押さえ黙らせる。
まったく、恋愛小説接読んでるんじゃないんだからなっ。
「こ、こほんっ。あぁー……ひ、姫は頭を下げに来たのだ。どうか父の愚かな行いを許して欲しいと」
「姫がですか!? ずいぶんしっかりした方なのですねぇ」
「そうなのだ! 姫は当時十二歳。わたしは十五だったが、一国の王女という身分でありながら、躊躇いもなく膝をつき、頭を下げる姿に感銘を受けたのだ!」
つまり一目惚れってやつでしょ?
そこからは王子のお姫様エピソードが延々と続いた。
そして当たり前のように懐から出す、姫からのラブレター。
二人が相思相愛になるのに、時間は掛からなかったようだ。
リア充かぁ。
三時間ぐらいずーっと聞かされただろうか。
ついには夕食の時間になって、豪華なディナーをご馳走になりながらまだまだ話を聞いた。
このあたりでようやく本題にないる。
「それで、一年前にわたしが和平の申し入れのためにテリヤキスタに行ったのだが……」
「そこで長時間眠る薬を?」
王子は頷く。
だがそのタイミングで眠れば、当然王子が怪しまれるのは必須。
だから一カ月後ぐらいに、姫が薬を飲む手はずだったのだ。
「じゃあ姫は待てずに飲んだと?」
「それは考えられないだろう。そんなことをすれば、和平どころか本格的な戦争になるのだから」
「まぁそうですよね……」
「それに、薬の調合は失敗していないのだ。部下で試したのだから!」
鬼な王子がいる……。
さすがに一カ月も眠らせたりはせず、三日間様子を見たようだ。
そして解毒用の魔法を唱え、目覚めるのも確認してある──と。
「わたしと姫の仲を知る侍女が来て、姫が目覚めないと言って来たのだ。花束に隠しておいた薬の瓶も無くなっていると」
「飲んだってことですよね?」
「かもしれないし、飲まされたのかもしれない……」
飲まされた……誰かが二人を貶めるために!?
そう思わずにはいられないのが、王子の解毒魔法が効かなかったことだ。
「部下の眠りは一発で解除できたのに、アリエーチェはまったく目覚めなかった」
「もしかして、その薬に別の作用が加えられた可能性がありかもしれないわね」
「ルーシェ? 別の作用って?」
「つまりね、別の薬剤を混ぜられたか、別の魔法が加わったとか……王子、魔力を注入したと仰っていましたが、その理由はもしかして、王子以外の者が解毒魔法を使っても、効果を無効化させるためですか?」
彼女の言葉に応じは頷いた。
他の者に、特にテリヤキ王国の人間に解毒されては、せっかくの二人の演技も台無しになってしまうからだ。
姫を救ったのは隣国の王子。
そして二人は恋に落ち、互いの平和を願って結ばれる。
こういうシナリオにならなきゃいけないから。
だから解毒はどうあっても王子が行わなければならない。
「だが出来なかった……」
「何者かがお二人の計画を知っていて、別の魔術師の魔力が注入された可能性がありますね」
「うむ。我々もそう思ったのだが、なんせあの薬が見つからないので……調べようもないのだ」
「証拠隠滅……あ、それで月光の微笑みなのですね」
「そうなのだ! 明日、さっそく国に帰ってポーションを錬成する。タクミ、面倒に巻き込んですまないが、改めて──」
王子は椅子から下り、俺に向かって頭を下げた。
「テリヤキスタ王国へと渡り、城で眠る姫にポーションを届けてはくれぬか?」
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