第57話:鉢植え

「いやぁお二人のおかげで、順調に進めましたよ。ありがとうございます」

「オイラを頭数に入れてないにゃっ」

「おっと、すまなかったねぇ。三人のおかげだよ」


 そう言って御者がミトの喉を撫でた。

 ミトは満足そうに喉を鳴らし、ついでに御者のオヤツなのだろう、ジャーキーのようなものを貰ってご満悦だ。


 コキットの町に到着したのは、迷宮都市グラスデンを出発して十一日目だった。

 御者は最初、十三か十四日掛かると言っていたので、少しだけ短縮されたな。


 というのも、後半はルーシェの戦闘スタイルが一新──というか以前に戻ったからってのもある。

 街道を走る馬車の中から、視界に映るモンスターを片っ端から駆逐していくルーシェは、数がいれば範囲魔法で一網打尽に。

 極めつけは俺の浮遊フロートとミトのテレポートだ。


 浮遊は直線距離の長い時に、テレポートは蛇行した道で何度か使った程度だが、これがかなり時間短縮に繋がった。

 同乗者の商人も大喜びで、困ったことがあったら声を掛けてくれと言って銀細工をくれた。

 それには商人の家紋というか、店のマークってのが掘られていて、彼の店に持って行けばいろいろ優遇されるよっていう印だそうだ。


 彼がコキットの町に消えてから御者が教えてくれた。


「あの人はケイウッドとミシュリクン、魔法王国ルーン、テリヤキスタの四カ国にいくつもの店舗を持つ大商人ですよ。いい人に気に入られましたねぇ」

「へぇ。いったいどんな物を取り扱っているんだろう?」

「なんでも……と答えた方が早いでしょうな。武器防具の店ももちろんありやすが、富裕層や貴族向けの高級衣類店もあれば食料品店も経営しているし」


 つまり売り買い出来るものならなんだって取り扱っている、だそうだ。

 ふぅん。今度買い物するときには、あの人の店に行ってみるから。割引してくれるかなぁ。


「タクミぃ。早く冒険者ギルド行くにゃ~」

「そうだな」

「本当に買うの?」


 と、ルーシェがどこか不安げに尋ねてくる。


 俺たちが出した結論は、


 ルーシェの呪いはこのままにしておく──だ。

 その方が俺のステータスポイントざっくざくで都合がいい。それにルーシェやミトとのレベル差も、彼女のレベルドレインで調整できるからだ。


 だた……


「ギルドに前金支払ってるし、花も売りに出されない様キープ状態だろ? 今さらいりませんって言っても、賞味期限っていうか、使用期限が迫り過ぎてるし」

「そ、そうよね……。ごめんね、タクミ。無駄にお金使わせることになっちゃって」

「いいさ。一応ポーションにして持っておこうと思う。どんな状態異常でも回復できるっていうなら、必要になる時もあるかもしれないし」


 解除することが困難なものだったり、どうしても今すぐ解除しないと命に係わる! というここぞという時に役立つかもしれない。

 まぁそういう場面が来ない方がいいんだけどさ。


 宿を取る前にまずは冒険者ギルドへと向かった。

 近くにダンジョンもあれば、山や森も近くて地上のモンスターも多いらしく、ギルドは随分賑わっている。


 順番待ちをしてようやくカウンターへと到着すると、迷宮都市のギルドで貰ったアイテム取り置き証明の書類を差し出した。


「あぁ、あの花ですね。少々お待ちください」


 ギルドの男性職員がぱたぱたどこかへ行き、暫くして戻って来ると小さな鉢植えを手にしていた。

 ほんのり薄紫色の花が一輪植えられていて、心なしか元気がない。


「なんとか魔法で枯れる速度を送らせてはいますが、ギリギリ間に合った感じですね」

「これをポーションにすれば、状態異常を回復するものになるんですよね?」

「鑑定ではそうなっていますが……」


 と、ここで職員が口を濁す。

 何分、このアイテムが出土したのは数十年ぶりで、前回は枯らしてしまったそうなのだ。


「その前はポーション錬成に失敗したようで……なんの効果もないクソマズな水になっただけだとか」

「えぇ……」

「錬成方法は分からないの?」

「いえ、それは分かっているのですが……まぁ普通のポーションと同じ方法なんですけどね、ただ火加減とか水の量とかがめちゃくちゃしびあなんですよ」


 僅かなミスも許されないってことか……。

 うぅん、これは困ったな。


 ひとまずお金を支払って鉢植えごと花を受け取る。

 それを持って、俺たちは町を出た。


「ダンジョンまで徒歩三十分か……結構遠いなぁ」

「でもマスターキーはダンジョンにしか挿せないんでしょ?」

「うん。そういう仕様みたいだ」


 早く体を休めたい。そう思うものの、宿に泊まるより自分の生成ダンジョンに行った方がいい。

 タダで泊まれるし、馬車移動の間はダンジョン牧場にも手を出していない。

 野菜も肉もきっと豊富に育っているはずだ。


 そんなことを考えていると、ちょっとだけ口元が緩んでしまう。


 コキットの町から徒歩三十分の位置にあるダンジョンは、森の中にあった。

 

「はぁ~……大木の根元に入口があるのか。なんか凄いな」

「それでここは『巨木の迷宮』って呼ばれているのね」

「でも木の中じゃないにゃよ。あそこから先はダンジョン空間にゃから」


 ミトは真顔でそう話す。夢も浪漫もなにもない。


 周囲には冒険者向けの屋台なんかもあって賑やかだ。

 俺たちは鉢植えを持ったまま、巨木の根元にぽっかりと空いた穴へと下りていく。下り階段がちゃんとあるんだな。

 階段を下りると、冒険者たちは正面の通路を真っ直ぐ進んでいく。

 今回は地図を買って来なかったけど、十中八九あの道が下の階に進むルートなんだろうな。


「じゃ、俺たちはあっちに進むますかね」

「そうね。人がいない所でマスターキーを使ってさっさと入っちゃいましょう」

「賛成にゃ。もう疲れたしお腹ぺこぺこにゃあ」






「ってことがあったんだ」

「……呪い解除をやめたですか!? えぇぇーっ!!」


 何日かぶりの我が家では、トーカと麿、うどんが出迎えてくれた。

 麿は新鮮野菜を採って来てくれ、うどんは脂の乗った鶏──のモンスターを一羽仕留めて持って来る。

 調理が面倒ってときには、香辛料をまぶして丸焼きだ。

 野菜スープは麿に任せ、焼き上がるまでこれまでのことをトーカに説明した。


 で、ルーシェの呪いは解かない。

 これまで通り、みんなでわいわいやっていく。


 そう話すと若干ご立腹なようで、それでいて「そうなると思ってましたですぅ」とか言っている。

 

「でもお花は買っちゃったんですねぇ」

「うん、まぁ予約してたしね。今らさ要らないとは言えないだろう?」

「そうですけど。これどうするんですかぁ?」

「それなんだよ……。なーんかポーションに錬成するのも難しいみたいでさぁ」

『うぽぽぉ~』


 なんともいい香りを漂わせながら、麿がお皿を持ってやってきた。

 うどんも窓から鶏の丸焼きを差し出してくる。


『ご』

「さんきゅー、うどん。はぁ、美味そうだ」

「オイラはもう我慢できないにゃ~っ」

「花のことは、食事のあとにでも考えましょう」

『んぽ?』


 薄紫色の花を見ながら、麿が白い体を傾ける。


「それが月光の微笑みっていう、どんな状態異常でも解除できるポーションの材料なんだ。まぁ錬成するのが難しいらしいんだけどな」

『うぽぉ』

「あむにゃむあむにゃむっ。麿が……栽培するかって、にぅうにゃむ、聞いてる、にゃ」


 栽培?

 いや、出来ない……だろ?


 え?


 出来るの?


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