第56話:素直な気持ち

「"氷のアイス・アロー"、"氷のアイス・アロー"、"氷のアイス・アロー"!」


 火属性モンスター相手に氷の矢を放つルーシェ。

 属性としては相性抜群だし、一撃でモンスターを葬り去っている。


 けど問題はだ……。


「ルーシェ……どうせなら範囲魔法で一網打尽にした方が……」

「嫌よ! いっぱいレベル下げて、いっぱいタクミのレベルを貰うんだからっ」

「な、なんで……いや、俺のレベルももう結構下がってるんだけど」

「えぇ!? タ、タクミっ、レベル上げて。ね? 早く上げて?」


 何をそんなに焦っているんだ彼女は。


 一昨日助けた馬車の一件依頼、ルーシェは低級魔法ばかり使うようになった。

 今夜はまた野宿ということもあって、夜中にこうして襲って来たモンスターを駆除しているんだけども。

 早く終わらせて眠りたいのに、一匹ずつ丁寧に倒して行くんだもんなぁ。


「タクミ、レベル上がった?」

「ん、あぁ。4つ上がったよ。今のでレベル89だ」

「じゃあまだ88は吸えるわね!」


 俺のレベルを1に戻す気ですか?

 いや、すぐ上がるからいいんだけどさ。


 そうして御者が他乗客に見えない茂みの中で、俺は彼女に右手を差し出す。

 その手を掴んで、ルーシェは軽く唇とつけた──と思ったけど、結構がっつり吸い付いた。

 だけど吸うのは一瞬だけ。それを何度も何度も繰り返す。


「ルーシェ。この前の時もそうだったけど、なんでそんな細かくドレインしているんだい?」

「……だって……」


 唇を離した彼女は、そのままじっと俺の掌を見つめる。


「だって……呪いが解けてしまったら、もう出来ないもん……」

「レベルドレインが? まぁ……そうだろうね。呪いとセットで得たスキルなんだし」


 そして同時に彼女との別れ……。

 呪いが解ければ俺と一緒にいる必要もなくなる。ルーシェはきっと学園に戻るだろう。

 俺は……この世界でひとりになってしまうんだ。


「呪いが解けてしまえば……」

「あぁ。呪いが解けたら」


 俺とルーシェの視線が合う。


「呪いが解けたら、私との契約も消えちゃうものね。タクミを縛り付ける物もなくなってしまうわ」

「縛り付けるだなんて、俺はそんな風に思ってないさ。君がいてくれたから、右も左も分からないこの世界で寂しい思いをせずに済んだんだ」


 ルーシェはそんな風に思っていたのか。

 俺としては彼女のあの時の申し出は凄く有難かったんだけどな。

 この世界のことなんて何も知らなかったし、ひとりだとあの島を抜け出すことも出来なかったかもしれない。

 今だってルーシェがいるおかげで、毎日楽しい日々を送れている。


 彼女の呪いが解けて、彼女が自分の国に帰ってしまったら……。

 きっと寂しいだろうな。


「でもタクミだって自由に生きたいでしょ? 私にレベルを吸われるだけの生活なんて、きっと……」

「いや、レベルを吸われていいことずくめなんだけど?」

「え?」

「いやだって、レベルドレインのおかげで何度もレベルを上げられるんだ。その分ステータスポイントも貰えるしさ」


 もしレベルドレインがなかったら、まぁ今頃レベルはカンストしているかもしれない。

 いや、してないな。


「俺のレベルは一匹モンスターを倒せば上がる。だけど適正か、それ以上のレベルのモンスターでないと経験値は入らないだろう?」

「え、ええ、そうね。弱いモンスターから経験値が入れば、誰でも世界最強になれちゃうもの。この世界の創造主はそれをよしとしなかったんでしょうね」

「だろうね。でも悪いことじゃないと思うんだ。でさ、この世界の人は、次のレベルが上がるまでの行動によってステータスが増えるだろう?」


 頷くルーシェ。そして何かに気づいたようだ。


 そう。

 俺はレベルアップがあまりにも早すぎる。そのせいで次のレベルアップまでの「行動」によるステータスの上昇がない。

 だからレベルアップ時のポイントでしか、ステータスを伸ばせないんだ。しかもそれはたったの1だけ。

 単純に、レベル1からカンストまでの999に上げられたとして、貰えるポイントは998だ。

 これを6つのステータスに振り分けて……まぁ一部に特化させた方が無難だろうけど、正直そこまで強くなれる気がしない。

 しかもカンストした時点での話で合って、その途中のステータスは正直強いとは言い切れないだろうな。


「ヘタしたらさ、レベル200のモンスターと対等に渡り合えるステータスに育ってなかったかもしれないじゃん」

「今はタクミの適正レベルのモンスターじゃ、雑魚扱いされるぐらい差が出ちゃってるけどね」

「そ。でもそれはさ、君にレベルドレインして貰っていたおかげなんだよ。何度も何度もレベルの上げ直しが出来て、ポイントはそのまま持越しできる。たくさんポイントを貰えて、それを自由に振り分けられるんだ。有難い以外、なにものでもないだろう?」


 だから感謝しているし、これからも……


 いや。


 ステータスポイントのことだけじゃない。


 ひとりは……寂しいよ。


 だけどルーシェだって故郷に帰りたいだろうし、それを止める権利は俺にはない。


「ルーシェ……ありがとう」

「私のほうこそ……タクミに出会えてよかった。ふふ、そう言えば私、漂流してたのよね」

「お、そういやそうだ。はは、君を助けられてよかったよ。おかげで俺が助かったんだし」

「お互い様だったわけね」

「そ、お互い様だ」


 お互い笑い合って、それから。


「タクミとこうしていられるのも、あと少しなんだと思ったら……寂しい」

「あぁ、俺も寂しいよ。だけど君は故郷に戻って、また学園生活が始まるんだろう? しっかり頑張るんだぞ」

「え? 戻らないわよ、私」

「え?」

「だって私が悪い訳じゃないのに、禁書を開いたお前が悪いの一点張りで私を陥れようとした奴を調べようともしない学園よ! 戻る訳ないじゃない」


 戻らない……故郷には?


「ご、ご家族は?」

「……いない……早くに亡くしてるから」

「そ、そうなのか。ごめんっ」

「いいの。タクミこそ、元の世界に家族がいるんでしょ?」


 いる。だけど俺はあっちの世界ではもう死んだことになってるし。戻ったりなんかしたら、それこそ大変だろうな。


「じゃあ、呪いが解けたら、君はどうするんだい?」

「んー……魔法の研究というか、新しい魔法の発見をするのが好きだし。このまま冒険者として迷宮探査を続けるわ」

「そ……か。でもひとりで?」


 ひとりは危険だ。ルーシェは魔術師タイプで、前衛には向かない。魔法アタッカーは打たれ弱いってのが常識だし、ルーシェも体力があるかと言えばそうでもない。

 誰か護衛が必要だ。


「誰かと一緒にってのも悪くないなって……タクミと一緒にいて思うようになったわ。でも──」

「でも?」

「みんながみんな、あなたみたいなお人好しじゃないってこと。はぁ、どこかに女の子ばっかりのパーティーとかあればなぁ」


 あぁ、なんとなく察した。

 パーティーを組んだ男が、彼女を仲間としてみるか、女としてみるか。そういうことなんだろう。

 はなっから如何わしいことをする目的で近づく奴らだっているはずだ。

 それだけルーシェは魅力的だし。


「い、いや! 俺はそんな如何わしいことがしたくて一緒にいるわけじゃない。断じてな──あ。今の聞こえた?」


 心の声のつもりだったものが、つい口からポロリしてしまった。


 終わった。


 これは確実に終わったな。


 絶対呆れられる。ヘタしたらここでお別れなんてこともあり得るかも?


 頬を真っ赤に染めたルーシェは、その頬を隠すように手で覆う。


「タ、タクミのことは信じてる。信じてるけど……でも……ちょっと……残念……かな」

「え……残念……て?」


 どういう意味なんだ、それは!?

 ちょっと気になるんだけど!?


 ぐっ。心臓が口から出てきそうだ。


「まだちゅっちゅしてるのかにゃーっ」

「うわあぁぁっ」「きゃあぁぁぁっ」


 ガサゴソと現れたのはミト。


「もう寝るにゃよぉっ」

「お、おう……」

「そ、そうね……」


 渋々と茂みから出て行く俺たちに、御者がいやらしい目で見てくる。

 な、何もしてないから!


 何もしてないんだけど、ルーシェの手が指先に触れる。


「この先もずっとタクミといたい」


 というルーシェのか細い声が聞こえた。


「俺もっ」


 思わず答えてしまう。でも本音だ。


「契約とか、関係なしにさ。この世界で初めて出会えた君と、もっと世界を旅してまわりたい」


 意外なほど素直に口から出た言葉に、俺自身が少し驚いてしまった。

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