第53話:コキットへ

「野宿なんて久しぶりだなぁ」

「そうにゃねぇ~」


 迷宮都市を出発して二日目の夜。

 早馬専用乗合馬車でコキットへと向かっている俺たちは、この日、本当に久しぶりの野宿をした。


 トーカは流石に生成ダンジョンから離れすぎるからと、麿たちと留守番だ。

 昨日は街道沿いの共同休憩所に泊れたが、今夜は井戸と竈があるだけ。

 御者は三人で、彼らが交代で見張りをしてくれる。

 もちろん、何かあれば全員が起きて──


「じゃあ冒険者さん、何かあった時はよろしくお願いしますね」

「お任せください!」


 ──となる。


 ちなみに冒険者は俺たちだけ。他はちょっとお金持ちの商人とかで、商談のために急ぎたいから早馬の乗合馬車を利用しているのだとか。

 冒険者が誰もいなければ護衛を雇うそうだ。

 だけど俺たちがいるから、護衛は雇わず、代りに俺たちの乗車賃は半額になった。


「じゃあ何かないうちに寝るか」

「にゃ~」


 ……ルーシェの返事がない。

 迷宮都市を出てからずっとそうだ。

 なんだか元気がないように思えるんだけど、大丈夫かなぁ?


「ルーシェ。どこか具合でも悪いのかい?」

「……え?」

「口数も少ないし、元気もなさそうだし」

「ご、ごめんなさい。ちょっと考え事をしてて」


 考え事にしても、一昨日からずっとだしなぁ。

 呪いを解く花が手に入るってのに、どうしたんだろう。

 もしかして──


「花が偽物かもと、そう思っているのかい?」

「え? あ……それは考えてもみなかったわね。そ、そうね! もしかすると別の花かもしれないものねっ」


 ん?

 何故か急に元気になったな。


「でも鑑定結果て、どんな状態異常でも回復させる薬の素材って出てるにゃろ? 違う花ってことは、ないと思うにゃけどにゃぁ」

「そ……そう、よね……。やっぱり月光の微笑み……よね」

「にゃ~」


 また急に元気がなくなった。

 いったいどうしたっていうんだ?






「はぁ……」

「ルーシェ、本当に大丈夫かい?」

「え、ええっ。大丈夫よ」


 昨夜は何事もなく、無事に朝を迎えてコキットへ出発。

 そしてやっぱりルーシェの元気がない。

 朝からずっとため息ばかりだ。


「ルーシェ、悩みごとがあるようなら俺が──」


 俺が聞くよと言いかけた時、急に馬車が停止した。

 進行方向に背を向ける形で座っていたので飛び出すことはなかったけど、代りに向かい側に座っていたルーシェが飛んで来た。ついでにミトも。

 あとどうでもいいほどついでに、隣に座っていた恰幅のいい商人のおっちゃんに抱き着かれた。本当にやめて欲しい。


「だ、大丈夫か?」

「ビックリしたにゃ~」

「ビックリしましたねぇ。あ、すみません、支えて貰って」

「え、ええ。出来れば離して頂けるとありがたいのですが」

「あ、どうもどうも。ぽっ」


 そこ、頬赤らめなくていいから!


「しかし何事ですかねぇ?」


 商人のおっちゃんがそう口にすると、馬車の扉がバンっと音を立てて開いた。


「冒険者さん! お、お願いしますっ」

「え?」


 慌てた様子の御者に言われて外に出ると、馬車の進行方向、少し先にモンスターの姿が見えた。

 そのモンスターと戦っている人の姿も見えるが、圧倒的に数が違う。


「街道なのにこんなにモンスターが?」

「たぶん、一月前に森が火事になったんですけどね、それが原因だと思うんですよ。とにかくこのままじゃこっちまで危ない」


 森が火事になって、住む場所を追われたモンスターが出てきたってことか。

 確かに戦闘中の一行も、疲労困憊でギリギリそうだ。


「ルーシェ、ミト! 行こうっ」

「にゃにゃにゃ~。"大気を切り裂け、風の刃──旋風斬エアリアル・ブレード"にゃっ」


 瞬発力が高いミトが真っ先に駆け出し、そのまま呪文を詠唱する。

 放たれた風の刃が交戦中の人物らに襲い掛かろうとしていたモンスターを切り刻んだ。


「にゃっにゃ~」

「"炎の矢ファイア・アロー"、"炎の矢ファイア・アロー"、"炎の矢ファイア・アロー"」

「え? ル、ルーシェ?」


 なんでそんな、下級魔法を連発?

 下級だろうが中級だろうが上級だろうが、一回使えばレベルは1下がる。

 効率で考えたら、ここは範囲魔法で一気に薙ぎ倒す方がいいに決まっているのに。


 交戦中の人を巻き込まないように?

 だけどモンスターの数は圧倒的で、後ろの方にまだ追加モンスターだって控えているんだ。そこに範囲魔法ぶっ放すのが効率良いと思うんだけど。


「"炎の矢ファイア・アロー"、"炎の矢ファイア・アロー"」

「な、なんで単体攻撃魔法を?」

「……レ、レベルドレイン……した……な、なんでもないわっ。"炎の矢ファイア・アロー"」


 レベルドレインした……死体?

 いや、分かんないし。


 だけどルーシェのこの怒涛の勢いで、モンスターの数は着実に減っている。

 仕方ない。好きなようにさせてやろう。

 代わりに俺が──っと。


「"浮遊フロート"!」


 落ちていた少し大きめの石を掴んで浮かせ、そこに渾身の力を込めて「"キック"!」する。

 今回は真っ直ぐ蹴るのではなく、コーナーキックのように浮かせるようにした。


 弧を描きながら石がぐんぐんと大きくなり、後ろに控えている予備軍に向かって飛んでいく。

 着弾する頃には直径2メートルほどになった。

 直撃を食らったモンスターはもちろんのこと、着弾時の衝撃はで吹っ飛ぶモンスターもいる。


 けど……


「うぅん。やっぱり勢いよく真っ直ぐ蹴ったほうが、威力はありそうだなぁ」


 真っ直ぐ蹴れば、直線状に並ぶ奴らもまとめて吹っ飛ばせる。うまくいけば十匹位ぐらい倒せることだってある。

 よし、真っ直ぐ蹴ろう。


「"浮遊フロート"、"キック"! "浮遊フロート"、"キック"! "浮遊フロート"、"キック"!」


 ちょっとサイズダウンしてしまうけど、いつも持ち歩いている小石を蹴りに蹴りまくる。

 モンスターが群れている位置だけを確認して、倒せたかどうかはもう見ない。見なくても悲鳴が聞こえてくるのでだいたい結果は分かるし。


 あれよあれよと悲鳴も聞こえなくなり、残りは交戦中のモンスターだけになった。


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