第40話:年齢
何日かすると、うどんは遂に家造りを開始した。
家の大きさやイメージは伝えてある。地面に絵をちょこっと描いたりもして。
完成までまだ暫く宿屋暮らしが続くけど、楽しみだなぁ。
「さぁて、それじゃあこっちはそろそろ、最下層目指して頑張りますか」
「最下層の適正レベルは200よ。私のレベルはまだ185のままだし、ミトはやっと160。しっかりレベルを上げて行かなきゃね」
「ルーシェのレベルは、まだ185から上がってないのか」
「元のレベルで見ると、格下相手にするほうが多かったもの。仕方ないわ」
自分のレベルより10低いモンスター相手からだと、経験値は入らない。俺の転移ボーナスもこの法則には従っており、ゼロが1になることはなかった。
ルーシェの場合、レベルドレインで俺から吸収しても、彼女の本来のレベルである185を超えて吸い取ることは出来ない。
その先はレベルドレインではなく、正規のやり方でしかレベルが上がらないんだろうなという結論だ。
「じゃあひとまず九十階から攻めていくか。エレベーターもあることだし」
「エレベーター?」
「にゃ~?」
「それってなんですかマスター」
あ、うん。転送魔法陣のことだったんだけど、エレベーターなんて言葉はこの世界にはないもんな。
改めて言い直すと、三人は「あぁ~」と納得して笑みを浮かべる。
準備を整えていざ出発!
昼食も夕食も野宿も、生成ダンジョンに移動するので特に荷物の準備も必要ない。
まぁ怪我の治療用にポーションの類は持っていっているけれど。
「トーカ、経験値二倍恩恵はよろしく」
「は~い」
「複数いた場合は、一番経験値の多い奴にだけ使ってくれ」
「ラジャーッ」
トーカの経験値二倍恩恵は、同時に複数のモンスター相手に使えなかった。
ダンジョンは下に行けば行くほど、複数セットで徘徊していることが多い。
残念仕様だけど、こればっかりは仕方ない。
トーカにも経験値を数字化することは出来ないが、それでもどっちが多いかってのは本能的に分かるんだとか。
なので判断は全てトーカに任せ、俺たちは普段通りモンスターを狩ることにする。
「九十階だとネームドが出る可能性もあるんだよな?」
「そうね。ここのダンジョンでは十階層ごとにネームドモンスターが出現するって、ギルドでも言っていたわ」
「でも出ないにゃよきっと」
「ん? ミトには分かるのか?」
出ないと言ったミトは首を振る。
「冒険者があんまり多くないにゃ。ネームドモンスターは倒されると一定期間復活しないにゃが、それを過ぎてから数日以内に出てくるにゃ~」
「あぁ、前回倒されてから今は、復活しない期間なのか」
「にゃ~」
復活しない期間っていうのは、ネームドモンスターによってまちまち。
ただ最低でも三日間は復活しないそうだ。
長い年月をかけ、その一定期間も把握されているダンジョンは多い。
「んー、ここのネームドモンスターはぁ……最低でも十日は復活しないみたい」
ルーシェがノートを見ながらそう話す。
ギルドで得た情報を自分でまとめているノートだ。
「残念だなぁ。ネームドを倒してスキルカードでもっていう期待もあったんだけど」
「まず遭遇するのが難しいわよ。ネームドが出るかもって時期になると、普段の何倍も冒険者が集まって来るんだから」
「そんでいざネームドが出たら、取り巻き雑魚も大量だったろ? 階層が冒険者とモンスターで埋め尽くされたりして」
そう言って笑うと、ルーシェが真顔で「そうよ」なんて返してくる。
本当にそうなるのか……正月初売りのデパートみたいな光景なんだろうなぁ。
「あ、モンスターですぅ。真ん中のソイルラットは皮膚が石のように硬いですがぁ、水に弱いですぅ」
「分かった。ミト、水付与頼む」
「にゃ~。"大地を潤す命の雫を纏いて、水の力を授からん──
付与するのは俺が握る石ころにだ。
ぽぉっと水色に光る小石を地面に置き、それを「キック!」の掛け声の後に蹴る。
小さな小石は大きく膨れ上がり、ちょい小型の土色ネズミに匹敵する大きさになって──ネズミが吹っ飛んだ。
いや、吹っ飛んでいるのか、石から溢れ出た水流の呑み込まれているのかちょっと分からない。
分からないけどまぁ倒せたようだ。
「次、左の奴!」
「はーい」
左の奴を倒すから経験値二倍頼む、という意味だ。
今回はモンスター三匹。
それを倒し終わるとルーシェは歓声を上げた。
「レベルが上がったわ!」
「え? 本当に??」
「ぽかぽかしたもの。でも今確認するわね」
そう言ってステータス画面を開く動作をする。してから再び歓声が。
「やっぱり上がってた! あぁん、レベルアップなんて十年ぶりかしら!」
「十年!? え、ルーシェの呪いって学生時代だよね?」
「そうだけど?」
彼女の外見は十七、八歳だろうか。ちょっと幼く見えるだけで二十歳ぐらいでも、まぁなんとか行けるだろう。
その十年前ってことは、十歳。学生と言えなくもない年齢ではあるけど、十歳で学校を退学させられるっていうのは、義務教育な世界で育った俺にはピンとこない。
しかも十歳で彼女は冒険者になったってことになるんだろうし、尚更だ。
「ははーん。マスターってば魔族の年齢のこと、ご存じないのですねぇ」
「ん? どういう意味だトーカ」
「はいはい。魔族というのはですねぇ~」
「ちょ、ちょっとトーカ!?」
ん? ん?
魔族の年齢について?
にんまり笑うトーカの口を、ルーシェが塞ごうとしている。そのルーシェから逃れようと、トーカはにやにや笑いながら駆け回った。
「魔族は人間の三倍の寿命にゃよ。年齢で言えばタクミよりルーシェのほうがずっと上にゃねぇ」
「三倍……じゃあ十七、八歳に見えるけど、年齢で言うと五十を超えているかもって?」
「そういうことにゃ~」
ミトがそう話すと、ルーシェの動きがピタリと止まった。
「うそぉぉ! ミトがバラしちゃったぁ」
「バラすってぇ、真実じゃないですかぁ。隠す必要、あるんですかぁ?」
「お、乙女心じゃない! 察してよっ」
「オイラは雄にゃからぁ、乙女心は分からないにゃよぉ」
ってことは、やっぱり五十代?
俺の両親より、もしかして年上……。
いや、でも人間の三倍の寿命だっていうんだし、魔族基準で見れば若いんだろうな。
「に、人間とは年の取り方が違うから、あなたからしたら私おばさんだろうけど……」
ルーシェは年齢のことを気にしているようだ。女の子なら仕方ないだろう。
「種族によって平均的な寿命が異なる世界じゃ、年齢なんてただの数字さ。外見で判断すればいいんだろう?」
「そ、そう思ってくれると嬉しいわ……あの、何歳に見える?」
「んー、俺と同じか少し下って感じなんだけど……ちなみに俺は十八。もうすぐ十九になるところだったんだけどね」
そういえば溺死している俺って、この先、ちゃんと年取れるんだろうか?
「じ、じゃあ、人間年齢に換算すれば、タクミより少し下かしら」
「少しって、濁してるですぅ。ハッキリ言えばいいんじゃないですかぁ」
「う、うるさいわね! そういうあんたは何歳なのよっ」
「あ。精霊にそれ聞きます? 年齢なんてあってないようなものですからねぇ」
「ちなみにオイラは四百五十九歳にゃ~」
え……。ミトってめちゃくちゃおじーちゃん猫だったのか。
猫又とかのレベルじゃないな。
ミトの年齢には流石にルーシェも驚いていたが、俺はしっかりと聞いてしまった。
ぼそりと呟くトーカの「あ、年下ですぅ」という言葉を。
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