第20話:ここから

「本当にありがとうございます。あの、これお礼に──」

「お、悪いねぇ。いやぁしかし、運が良かったなぁ。いい潮の流れに乗れてよぉ」


 声を掛けてきたのは船乗りで、そして大きな商船だった。

 俺たちが見た灯りはこの船だったのかと思ったけれど、そうじゃない。

 進行方向だった北に大陸があって、灯りは港町だったのだ。


 その港町に入港しようとしていた商船に、俺たちは救助された。

 船乗りには「乗っていた船が沈没してしまった。二日掛けてここまでたどり着いた」と話してある。


 小島のダンジョンでドロップした金の粒をいくつかお礼に渡し、ミトを背負って船から下りた。


「まずは宿を探しましょう」

「そうしよう。さすがにお尻が痛い」

「ふふ、私も」


 暗くなって随分経ったのもあるけれど、それでも町の通りには人の姿が見える。

 まぁこの時間なので酔っぱらいの方が多いけれど。

 

 絡まれないようやり過ごしながら、ベッドの絵が描かれた看板を掲げる建物へと入った。


「とりあえず一泊。あと食事とお風呂もお願い」


 カウンターに立つ男に、ルーシェが手早く要件を伝える。彼は俺たちを見て、一瞬「二人」と言ったが、直ぐに背伸びをしてこちらを見た。

 ミトのことかな?

 そう思って背を向けると、


「従魔かい?」


 ──と。


「えぇ。大丈夫かしら?」


 ペット不可とか、そういう宿だろうか?

 宿の主人がカウンター台の下でごそごそしている。そこから籠を取り出し、カウンターの上に置いた。

 その籠とミトとを見比べ、にんまりと笑う。


「これ使いな」

「あ、これミト用のベッド?」

「一泊35Gだ。猫も飯はいるのか? いるなら同じ料金になる」

「も、もちろん」


 お金を取り出そうとインベントリを開いてまごまごしていると、その前にルーシェが三人分のお金を払ってしまった。

 まだお金の取り出し方を知らないんだった。あとで返さなきゃな。


 部屋の鍵を宿の主人から受け取り──え。


「か、鍵が一個?」

「ん? 一個じゃマズいのか?」


 ま、まずいというか。マズいでしょう?


「いいの。さ、行きましょうタクミ」

「え、いや、でも、相部屋?」


 部屋は三階にあって、疲れた足腰にずいぶんと堪える。

 そして入った部屋にはベッドが二つ。

 ツインだ。


「同じ部屋って……」

「個室だと宿泊代高いわよ。はぁー……おなかも空いたけど、ちょっとだけ休みましょう」


 値段の問題じゃないんだけどなぁ。






「にゃあぁ~」

「あぁ、米だ。米がある……」

「にゃあぁ~」

「生の野菜もある。サラダだ。サラダ凄いな」

「二人ともやめてよ、恥ずかしいじゃない!」


 宿の一階が食堂になっていた。

 そこにあったメニュー表が読めずにルーシェに翻訳して貰い、米料理と聞いて注文せずにはいられなかった。

 チキンライス的なそれは、日本のお米というよりは海外産のパエリアとかに向いたお米だったけど大満足。


 シャキシャキ野菜のサラダと、野菜ごろごろのシチューも美味しい。


「ミトは野菜を食べないのか?」

「うんにゃ~。食べれるけど、肉のほうが好きにゃねぇ。あと食べるとお腹が痛くなるのもあるから、なるべく食べないにゃ」


 それ絶対タマネギだな。


 久しぶりに「残りの食材」を気にせず食べることが出来たなぁ。


 食後は宿に併設された風呂にも入れ、何日かぶりに汗を洗い流せた。

 体をこすりながらふと、もしかして俺って汗臭かったんじゃないかと心配に。


 男同士ならそこまで気にしないけど、さすがに女の子の前で汗臭いのはなぁ。

 そういえばルーシェは……潮の香りがしてたっけか。

 まぁ漂流していたんだから当たり前なんだけどさ。


 何日かぶりの風呂だったのもあって、石鹸をたくさん使ってしまった。

 でもおかげでスッキリ。


 部屋にはまだルーシェは戻って来ていなかった。


「ミト、留守番ご苦労さま」

「にゃあ~」


 部屋のドアを開けた真正面に座っていたミトは、返事をすると自分専用のベッドへと向かった。

 丸い籠の底にはクッションが敷いてある。

 愛玩動物なノリで小型の動物型モンスターを連れて歩く召喚士テイマーは少なくないらしい。それでこんなベッドまで用意している宿屋もあるとのこと。


 ミトはベッドの中で綺麗に丸くなると、直ぐに寝息を立て始めた。

 ずっと転移しっぱなしだったもんな。

 ありがとう、ミト。


 眠ったミトを撫でてから、俺もベッドに横になった。


 ルーシェはまだ戻ってこない。女の子って、風呂が長いよなぁ。

 先に寝てしまったら悪いような気がする……けど……。


 ・

 ・

 ・


「ふぁっ──」


 いつの間にか寝てた。

 あ、あれ?

 部屋の明かりが……ランタンの火が消されてる。


 隣のベッドにはルーシェの寝姿があった。

 そして俺の体には毛布が。


 掛けて寝たつもりはないし、ルーシェかな?


「ありがとう、ルーシェ」


 小さな声でそう言ったつもりだった。


「だって風呂上がりにあんな恰好じゃ、風邪引くじゃない」


 隣のベッドからそんな声がした。


「ごめん、起こした?」

「ううん、いいの。私の方こそ、ボート漕ぐの手伝えなくてごめんなさい。凄く疲れてたんでしょ?」


 ルーシェが横になったままこちらを見る。


「いや、漕いでいる最中は疲れたって気はしてなかったんだ。まぁ横になってすぐ寝たっていうのは、疲れていたんだろうけどさ」

「精神的な疲れもあったのよ。だってタクミ、こっちの世界に来て初めてでしょ? ベッドなんて」

「あ……言われてみればそうだ。あぁ、それもあったのかもなぁ」


 久しぶりのベッド。モンスターを気にせず眠れる環境。

 思った以上に小島ダンジョンでの暮らしは、精神的に堪えていたのかもしれない。

 

「さ、寝ましょう。明日はこの大陸がどこなのか、この町はなんていう町なのか。そこから調べなきゃ」

「確かに。じゃあ、おやすみ」

「おやすみなさい」


 異世界……俺の二度目の人生、ここからが本当の再スタートだな。




***************************************************************************

たぶんここで1章なのかなぁ~という区切り。

はい。

章単位で今回執筆しなかったもので、どこで区切ろうか悩んでまして。


いっそ何も区切らず更新していくか!?


とりあえず錬金BOXの教訓として

mobキャラを増やし過ぎないこと!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る