第19話:脱出

 島の浅瀬でボートを取り出して乗り込む。


「じゃあね、トーカちゃん」

「ぷぅーっ!」

「大陸が見つかって落ち着いたら、ダンション生成するからさ」

「やっぱり途中まで一緒にぃ~」


 トーカはダンジョンの精霊だ。生成ダンジョンから離れると、精霊力が失われていくらしい。それがゼロになれば、自動的に生成ダンジョンに戻って回復を待たなければならない。

 なら最初からダンジョンに残れば? というルーシェの言葉と、

 人数が多いと消費する魔力量が増えるにゃ~、というミトの言葉で、トーカには留守番をして貰うことになった。


「トーカ、ごめんな。でもミトに負担を掛けると、今日中に大陸にたどり着けないかもしれないだろ?」

「うぅぅ」

「このボートで夜の海を漂うのは、さすがに怖いわよ」

「オイラ泳げないので沈没は困るにゃぁ」


 トーカは唇を尖らせ不満そうにしながらも、ここに残ることを決めてくれた。

 

「トーカ。大陸で新しくダンジョンを生成すると、つまり生成ダンジョンが二つになるってことだよね?」

「いえ、違いますぅ」

「違うのか?」


 トーカは頷き、同時生成は不可能なのだと説明してくれた。


「複数生成が可能になると、世界はダンジョンだらけになってしまうますからぁ」

「ふぅん。この世界のダンジョンって、そんなに多くない感じ?」


 ルーシェに視線を向けて尋ねると、「結構あるわよ」という返答が。


「私が暮らしていた大陸だって、両手で数えられない程度にはあったもの」

「……多いね」

「その中に生成スキルで造られたものが混ざるのですよぉ。スキルの所有者ひとりに対して、いくつも作れたらどうなると思いますぅ?」


 確かにダンジョンだらけになりそうだ。

 じゃあ生成ダンジョンは一つ作れば終わりなのか。


 それは否。


「この島にダンジョンを生成しましたがぁ、別の所でスキルを使うとここのが消えるんですぅ」

「なるほど……ん? もし別の場所でスキルを使って、こっちが消えるって時に中に人がいたらどうなるんだい?」

「一緒に新しいダンジョンに転送されますぅ」


 よかった……。


「でもですね、例えば消える側のダンジョンが十階層あったとしますぅ。新しく生成するダンジョンは、はじめはオプションゼロの一階層デフォルト設定でオープンするです」

「うんうん」

「元のダンジョンの十階全ての人、モンスターがぜーんぶ転送されますのでぇ、再生成時にはご注意くださいぃ」


 うわぁ。トーカが言った例だと、新しくダンジョンを生成した直後、一階フロアに大量の人とモンスターが転送されることになるのか。

 人為的に作るモンスターハウスだね。


 まぁ生成したダンジョンを解放する気はないし、別にいいんだけどさ。


「それじゃあ、行ってくるよ」

「うぅ、お気をつけて行ってらっしゃい、マスター」

「ミト、頼むよ」

「おっまかせーにゃ。進路、北に向けてー……"目視転移サーチ・テレポート"」


 ミトが魔法を唱えた瞬間、視界から島がなくなった。

 パシャンっと水の音がして、周りを海に囲まれていることに気づく。


 ボートごと転移、成功!


「続きまして第二発目──"テレポート"!」






 早朝に出発してから、そろそろ西の水平線に太陽が近づこうとしていた。

 さすがにミトの魔力も無限ではないので、途中で休憩をしてからは、三回転移したら30分休憩の繰り返しだ。


「ミト、大丈夫か?」

「ふにゃぁ、ふにゃぁ……ごめんにゃ~二人とも。オイラの魔力が少ないばっかりに」

「いいのよミト。少し休みましょう」

「じゃあ少し俺がボートを漕ぐよ」


 せっかくオールもあるのだし、休憩時間も有効活用しなきゃな。

 陽が暮れる前に……と思ったけれど、そう上手くはいかなさそうだ。


 ミトの魔力がチャージされる頃には、太陽は水平線にかかる位置まで下りて来ていた。


「く、暗くなってしまうと、転移が使いづらくなるにゃ」

「位置を目視しなきゃならないから?」

「にゃあ。オイラは夜目があるから少しは見えるにゃけど、それでもたぶん、一度に数百メートルしか進めなくなるにゃ」


 だからまだ見えている今、限界ギリギリまで転移を連続使用するという。


「魔力がゼロになったら気を失ってしまうにゃから、よろしくにゃ」

「そこまでしなくても──」

「"転移"」


 それからミトは、五回連続転移をした。


「ふぅー、ふぅー、あ、あと……あと一回……」

「ミトもうよせ! ゆっくり休んで、回復したら短い距離でもこつこつ進めばいいじゃないか。俺も漕ぐから」

「て……てん……」

「待ってミト! 灯りよ、灯りが見えるわ!!」

「「え?」」


 俺はボートを漕ぐために、北を背にして座っている。

 そんな俺の脇から顔を出して、前方の転移位置を確認していたミトも、今は精神力の限界を迎えて蹲っていた。

 だから俺たち二人は見えなかったのだ。


 ミトの五回目の転移後、北の方角に灯りがあったことに。


「やったぞミト! あとはボートで漕いでいくから、お前は休んでいいぞ」

「も、もうちょっとにゃあ」

「だけどいきなりボートが転移してきたら、ビックリするだろう? だからここからはボートを漕いで行く方がいい」

「そうよミト。それに船が見えるわ。ぶつかったら大変だもの」


 俺の目にはそんなものは見えないけれど、もしかするとミトを安心させるために付いた嘘なのかもしれない。

 ミトは耳を伏せて申し訳なさそうにしていたが、やがて諦めてルーシェの傍へと行った。


「じゃあ……オイラ寝るにゃね」

「あぁ、おやすみ」

「ありがとうミト。ゆっくり休んでね」

「にゃあ~」


 最後は満足そうに鳴くと、ルーシェの足元で丸くなって眠りについた。

 人の膝の上で丸くなるには、ミトは大きすぎる。身長は1メートル弱ぐらいだろう。

 大きくても、綺麗に丸くなって眠る姿はやっぱりただの猫だ。


「さぁて、じゃあ頑張って漕ぎますか」

「頑張って、タクミ」


 オールを目いっぱい漕いで、漕いで、漕いで。

 辺りはすっかり暗くなってしまったけれど、ルーシェが光の魔法で辺りを照らしてくれる。


 その光が目印になったのだろうか。


「おーい、君たちそんな小さなボートで、どこに行こうとしているんだ?」


 と、暗闇にぽつんと浮かぶ灯りの方角から声がした。


 

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