第18話:ガンガン

「主の人生は波乱万丈なのにゃぁ」


 ケットシーには俺の話をしておいた。

 もともとは別世界の住人で、そっちでは溺死したこと。神様の計らいで生き返った状態での転移をしたこと。

 そして一緒に転移するはずだった奴の暴走で、俺だけダンジョンの中だったことを。

 ついでにルーシェとトーカも紹介した。


「オイラは呼ばれた気がしてモンスターエッグの中に入ったにゃ」

「入る? ドロップした瞬間に、入っているモンスターが決まっている訳じゃない?」


 ケットシーが首を振ると、そこにトーカが割り込んで来た。


「モンスターエッグは、孵化する瞬間に出現モンスターが決まりますですぅ。持ち主が純粋に必要とするモンスターが生まれると言われているですよ」

「うん、そうなんにゃ。まぁたいていの人間は邪な欲望を抱くから、オイラみたいなレアは引き当てられないんにゃよ」

「ケットシーはレア?」

「結構レアですぅ」

「凄くレアにゃ~」


 へぇ。当たりを引いたのか。


 ケットシーが得意な空間転移。

 残念なことに記憶している場所にしか転移できないそうだ。


「この世界のどこか、記憶している場所はないのか?」

「この世界に来たのは初めてにゃ」


 と、胸を張って言う。

 島からの脱出は、早くも頓挫してしまった。


「でも安心するにゃ主。時空魔法には短距離用の転移魔法もあるにゃ」

「短距離用?」

「にゃ~。目視できる範囲に、瞬間移動できる魔法にゃよ。それなら方角さえ決めて貰って連続使用すれば──」


 そうか。短時間で長距離の移動も可能になるんだな。

 だけど転移した先は確実に海だ。落下前に次の魔法を唱えるにしても、一度も海に落ちずにいけるのだろうか?


「ケットシー。例えばだけど、俺たちが船に乗って、その船ごと転移は可能なのかい?」

「にゃ~。大きさにもよりけりにゃねぇ。大きくても3メートル以内にゃよ」

「ボート並か……。トーカ、ボートは──」

「ありますけどぉ、生成したダンジョン内でないと出せませんよぉ」


 インベントリに入るなら持ち運べそうだけど……どうかな?






「あ、入った」


 DP1,000と交換したオブジェのボート。草原にぽつんと置かれたソレを、インベントリを開いた状態で触れればシュルんっと中に入った。


「入りましたです」

「入ったにゃあ。うん、あの大きさなら一緒に飛ばせるにゃよ」

「そっか。じゃあルーシェにも「マスター! 今日はここでお休みになられませんかぁ?」」


 ……ほんっと、なんでこんなに仲が悪いのか。

 トーカの言葉を無視して生成ダンジョンを出る。階段を上った所で食事の支度をしていたルーシェと合流し、船の件を話した。


「じゃあ船に乗って、ケットシーの転移魔法で島を脱出するのね?」

「出来ると思うんだ。ただ闇雲に転移しても仕方ないし、方角を決めようと思う」


 ルーシェが載っていた船が、どこに向かおうとしていたのか。東西南北さえ分かればそれでいい。

 太陽が沈んだ方角も分かっている。この世界の夜空に星座があってルーシェが知っているなら、そこからもっと細かい方角も決められるだろう。


「そうね。目指すはまっすぐ北でいいと思うわ。私が乗っていたというボートが、どの方角に流されたかにもよるけど。でも船は北の大陸を目指していたから」

「よし、北だね。じゃあ明日、さっそく北を目指そう。いいかい、ケットシー?」

「にゃにゃん。まっかせるにゃ~よ」

「サンキュー、ケットシ……うぅん、ケットシーっていうのは種族の名前なんだろう? 君の個人的な名前はないのかい?」


 ケットシーは首を傾げ「にゃい」と短く答えた。

 名前がない。それが当たり前なんだとか。


「うぅん。ケットシーは種族の名前なんだろう? もしこの先他のケットシーに出会った時、どう呼び分ければいいのか……」

「難しいこと考えるのね、タクミは。だったらタクミが何か名前を付けてあげれば? あなたが孵化させたのだし」

「俺が? うぅん、そうだな。名前、考えてみてもいいか?」


 ケットシーは青い瞳を輝かせ、何度もこくこくと頷いた。

 どうやら期待されているようだ。ちょっとプレッシャーを感じる。


 三毛猫。ミケは安直だし、何より雌猫の名前っぽいい。

 三毛、ケットシー……ミ……ミ……。


「ミト……。三毛の『ミ』と、ケットシーの『ト』でミトはどうだ?」

「おぉ、いいにゃ~ねぇ。オイラはケットシー族のミト!」


 ミトと名付けたケットシーが高々に宣言すると、彼の体が輝き始めた。

 その光が収束して衣装になった。


「はぅん。か、かわいぃっ」


 ルーシェが真っ赤な顔してミトを見つめる。

 まぁ気持ちは分からなくもないけどね。


 ミトは真っ青なベストを着て、その上から同じく真っ青なマントを羽織った姿になっていた。


「ミト、これからよろしく」

「よろしくにゃ、主ぃ」

「主っていうのは照れるから、タクミって呼んでくれよ」

「にゃ~。じゃあタクミぃ」


 食事の後、明日に備えてゆっくり休むため、生成ダンジョンに入った。

 召喚しなければモンスターのいないダンジョンだもんな。安全といえば安全だ。


「トーカは眠らないのか?」

「はい。トーカは精霊ですから、眠りません。精霊力を使い過ぎたら、普通の精霊は精霊界に戻ります。でもトーカはダンジョン精霊なので、帰る場所はここなのですぅ」

「ここにいれば精霊力は無限?」

「そういう訳じゃないのですがぁ。まぁ姿を具現化できなくなって、見えなくなっちゃうぐらいですねぇ」


 見えない間は精霊力を消費するような行動は出来ない。そうトーカは言った。

 ちなみにケットシーの方は──


「ケットシーは精霊に近しい存在であり、モンスターにも近しい存在にゃー」

「じゃあなんなんだい?」

「ケットシーにゃ」


 ……難しく考えるのはよそう。


「オイラは眠くなれば寝るし、お腹が空けばご飯を食べるにゃよ」

「さっきも肉を食べていたもんな」

「にゃ~。なかなか美味しかったにゃ。ふにゃぁ~。オイラは先に寝るにゃぁ。初めて外の世界に出て来て、疲れたにゃお」


 ミトはそう言って丸くなって、すぐに寝息を立て始めた。

 こうしてみると本当にただの猫だな。


「じゃあ俺たちも寝るか」

「そうね。おやすみなさい、タクミ」

「おやすみ、ルーシェ」


 そう言って目を閉じた。

 目を閉じて……なのに視線を感じる。後ろから。


「お、おやすみ、トーカ」

「んふぅ~。おやすみなさいですマスター。寝ずの番はこのトーカがしっかり務めてみせますですぅ!」


 だからって俺に視線をガンガン飛ばさなくていいから……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る