第17話:卵の中から

「つまり、マスターは異世界人。死因は溺死」

「いや、そこまで言わなくていいから」

「そっちの女は船が沈没して溺死できず島に流れ着いたと」

「その言い方はなんなのよ。まるで溺死して欲しかったみたいね」

「当たり前ですぅ」


 俺の事情、ルーシェの事情をトーカに話して、その結果が今のこの状況なのだと説明した。

 

「と言う訳で、この島でダンジョン生活をする訳にもいかないんだよね」

「あの……生活……」

「本当にダンジョンに住むつもりなので、タクミは……」

「まぁ住む住まないどちらにしろ、この小さな島から脱出しないとなぁ」


 そろそろ陽が沈む。西の水平線が真っ赤に染まっていた。

 大きな夕日を見つめながら、俺たち三人は途方に暮れる。


 どうやったらこの大海原を渡ることができるのか……。


「切り株倒しまくって、イカダ……いや沈没確定だよね」

「当たり前じゃない。気持ちは分かるけど」

「船が通るのを待つしかないですねぇ」 


 船なんて通るのかなぁ。

 その日は地上に焚火を置くことにした。星の明かり以外、光源のない海の上なら焚火の火は目立つはず。

 きっと誰かが見たらすぐに気づいてくれる──と思う。


「ただずっと船を待っている訳にもいかない。食糧の問題もあるしね」


 インベントリを開いて確認する。俺が持っているのはもう肉だけだ。

 肉だけで何日か過ごすのはいいけれど、何十日ともなると辛い。


「そうね。私のほうも食料は少ないし」

「トーカは持ってませぇーん。精霊は食事を必要としないですからぁ」

「羨ましいやつ……と言う訳で、自力で脱出する方法も考えないとなぁ。トーカ、ダンジョンオブジェに船はなかったか?」

「え、ありますけどぉ……誰が動かすんですかぁ?」


 ……そうだった。ボートなら俺も漕げるけど、イカダより少しマシ程度。沈没コースまっしぐらじゃないか。

 船乗り召喚とか出来ないのかなぁ。


「いっそこのモンスターエッグの中身が、水棲モンスターだったらなぁ」

「え? モンスターエッグをお持ちなのですかマスター?」

「あぁ。そこのダンジョンの最下層で手に入れたんだ」


 取り出した卵はダチョウのそれより少し小さいぐらい。赤茶色と白のブチ模様だ。

 それを膝に抱いて軽く撫でてやった。


「なぁお前。俺たちを人の住む大陸まで運んでくれないか?」


 なんて卵にお願いしても仕方ないんだけど、それほどに困っているのも事実。

 ほんと、誰でもいいからこの島から脱出させてくれないかな。


「食事の支度にしましょうか──タクミ! た、卵撫でてる!?」

「え、あぁー、うん。こいつが俺たちを島から脱出させてくれたりしないかなーなんて思ってさ」


 その時、パキパキと音がして。

 膝に抱いた卵にヒビが入っていた。


 そのヒビから光が漏れ、突然大きくなり始める。

 その途中で穴が空き、茶色い……動物の尻尾──いや猫の尻尾のようなものが飛び出した。


 卵は50センチほどまで膨らむと、そこからブルブルと震え出した。


「ル、ルーシェ!?」

「うそ、孵化が始まっちゃった」

「あら、この子は──」


 これから生まれようとしているモンスターを、トーカは知っている?


 パッカン。


 そんな間の抜けた音がして、卵が上下に割れた。

 卵の中から出てきたのは……


「三毛……猫?」


 卵の上半分をバンザイポーズで持ち上げた三毛猫が、立って・・・いた。


「にゃ~。オイラはケットシーにゃ。求めに応じて、こっちの世界に来たにゃ~よ」

「こ、こっちの世界?」

「にゃ~。オイラはこの世界と精霊界の狭間にある、幻想世界の住人にゃ」


 モンスターじゃないってことか?

 ルーシェを見ると、彼女は頬を染め、瞳を潤ませ三毛猫を見ていた。


「かわっ──」


 と言ったっきり、両手で頬を覆って悶えているように見える。

 萌え死ってやつかな?


 しかし……希望していた水棲モンスターではなかった。むしろ水は嫌っていそう。

 それに。


「ルーシェごめん……売る前に孵化してしまったよ」

「う、売る!? オイラを売るにゃん?」


 三毛猫はうるうると瞳を潤ませ、卵の中に座り込んでしまった。

 上半分を被るようにして、まるで卵に捨てられた猫状態に。


「い、いや。孵化したんじゃ売るつもりはないさ。大丈夫」

「にゃ~」


 目を細めて三毛猫が立ち上がる。

 

「ところでケットシー。君は三毛猫だけど……雄、なのかい?」

「当然にゃよ。オイラがレディーに見えるにゃか? 見えるにゃね? 三毛にゃしねぇ。でも──」


 ここで三毛猫──ケットシーは卵から飛び出し、シャキーンっとポーズを決める。


「オイラは超レアな毛並みのケットシーにゃ!」


 そう言って、ドヤァみたいな顔でこちらを見た。 






「オイラは所謂、魔法剣士スタイルにゃ」


 陽が暮れて、焚火の明かりだけが小島を照らす。

 ダンジョン内は日中ほどではないものの、結構明るい。だけどその明かりも外までは届かなかった。


 ルーシェが食事の支度をしてくれている間に、ケットシーのことをいろいろ尋ねた。

 ケットシーは魔法も剣術も得意だという。


「魔法は時空魔法と補助魔法が得意にゃねぇ」

「時空魔法?」

「有名なのだと、空間転移や隕石召喚とかにゃねぇ」


 空間転移……テレポートかな?


 ……つまり島から脱出できるかも!?

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